道化の青年と、悪魔の末裔の友達計画
道化って書くと格好良いですよね。ピエロってかくと三枚目臭がすごいですけど。異論は認めます。
君たちは地獄を知っているかい? 真の地獄を知っている者はね、その見た地獄のことを自ずから地獄とは呼ばないんだよ。そりゃそうだ、その眼に焼きついた光景を地獄として語ることは、その光景を思い出すことに他ならない。そんなものを自ら進んで思い出すものなんて、よっぽど倒錯した性癖を持つ者しか、いないに決まってるだろう?
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「ああ、どうも、これからお世話になります。前田光形です。これから一年間限定ですが、関わり合う事があったら、どうぞよろしくお願いします」
壇上から、何人いるのか考えるのも馬鹿らしくなるほどのグレーと紺色のブレザーの集団を見下ろす。因みに灰色ではなくグレーと表現したことに他意はない。
というか豊饒高校の入学式に、編入生の挨拶があるなんて聞いてないんだよ。だからお前ら、そんな詰まらなそうな顔をするのをやめろ。確かに他にも十数名いた編入生の自己紹介はすごかったよ? 超能力者もいれば、魔術師もいる。森エルフもいれば砂漠エルフも数は少ないけれどいるし。獣人も亜人も結構わかりやすく存在する。妖怪だっているし、妖精だってわかる。
だからってなあ、だからってなあ、全員が全員、人外魔境だと思うなよ? 妖怪とかでも何も出来ないやつ多いだろ? 例えばうわんとか、座敷童子とか。家にも一匹いたけどな。童子って言葉に喧嘩売ってるナイスボディのお姉さんだったが。あれと酒呑童子とかの鬼さんがたは童子詐欺だよね。
「私の名はメアリー・カミオと言います。悪魔の末裔です。先祖の血筋なのか、黒魔術が得意です。よ、よろしくお願いします」
お、どうやら、俺以外にも何の特技も見せられない子がいたようである。しかし俺のときとは違い、全員が納得の色を示しているが。まあ、これも当然と言えば当然のことだろう。黒魔術はこの国における呪術と同義、生贄を対価として使う魔術だ。生贄を使うという事で誓約が厳しい上に、ものすごく魔女っぽいし悪魔の技術と言う理由で、中世の魔女狩りに遭って、かなり激減したと聞いてはいたが、まだ生き残りがいたようである。
幼馴染に報告すると、解剖したいとか言い出しそうだ。この間、悪魔の体を解剖したいとか怖いことをつぶやいていたし。是非今度出す手紙に記しておこう。
その後も数人自己紹介が続き、始業式の編入生紹介は終了した。俺たち編入生勢は、壇上に上がる前に座っていた席に戻った。各クラスの担任紹介が行われるが、俺たち編入生は、自分がどのクラスに入れられるのかも聞いていないために、このイベントに正直関係ない。
「…………あの」
後ろから、誰かに話しかけられた。声からして、女性のようだ。
当然幼馴染とその親戚の女性一同によって、女性の扱いを叩き込まれた俺に、死角はない。
「――――何だよ、嬢ちゃん」
「同い年です!!」
よし、掴みはオーケーだ。
因みにこれはわざとではなく、幼馴染の父親の二人称が移ったためである。これがほんとの口(癖)移し。
「うええっ」
「人の顔見て蒼褪めて吐くジェスチャーをするとか酷いです!!」
安心してくれ、俺もそう思う。
何故そんなことをしてしまったかと言えば、おっさんとの口移しを実際想像してしまったからだ。
「…………それより! 聞きたいことがあるんですけど!!」
「…………うん、なんだい、口直しに接吻してくれたら答えてあげる」
何の口直しかと問われれば、勿論おっさんとの以下略。
因みに俺はいまだに背後にいる少女に対して前を向いたままなため、彼女の顔を知らない。正直、接吻の提案を受け入れられて、もしも不細工だったらどうしようとか悩んでみる。まあ、そういう時は「冗談ですよ、まさか本気にするなんて、思いもしませんでした」と言う魔術の言葉で誤魔化すとしよう。俺なら大丈夫、この口八丁だけで幾多の修羅場を乗り越えてきた幼馴染の従兄弟を知っているから。
因みにその従兄弟の職業はヒモと言うらしい。どういう意味かは知らない、少なくとも俺は。
「うーん、うーん。どうしましょうか…………、先祖的に、契約は絶対なので、うーん、うーん」
しまった。この子、悪魔とか転生した神様とか、ゲッシュを掛けられた加護持ちの子だったのか。これはますます困った。不細工だったとき、絶対拒否できないじゃないか。
仕方ない、誤魔化すか、違う話題で。
「…………まあ、それはおいといて、一体何のようだい、お嬢ちゃん?」
「だから同い年です!!」
よし、うまい具合に誤魔化せそうだ。ナイス小父さん、尊敬するよ!
「えっと、それとなんで話しかけているのにこっち向かないんですか?」
入学式の途中で後ろを振り向くことによって、教師陣に目をつけられるのを防ぐためです。
だが正直に答えるのは余りにも詰まらない。そんなのだから俺は壇上に立ったときに失笑をかう派目(被害妄想)になるんだ。
「――――俺は人生を振り返らない主義なんだ」
「格好いい!?」
驚愕の声で返された。ちなみにその発言は間違っていると個人的には思っていたりする。
正解は、呆れた声で「そんなこと言って恥ずかしくないんですか…………」だ。因みに幼馴染の妹がよく俺に対して言っていた台詞でもある。呆れた顔ではなく、真っ赤な顔だったが。
よし、ここはさらに幼馴染のおじいちゃんの口調で笑いの追い討ちを掛けてやろう。笑っていないけども。
「俺の背後に控えし女よ。その忠義心を認め、天上天下において森羅万象の王たる己が、己の前に平伏することを名誉として褒賞に与えよう。何、気にすることはない。これも王たる己のすべきことのひとつだが故に…………!」
「上から目線がとどまるところを知らない…………!」
慄くように猩々が言う。おっと、変換ミスだぜ★ 正しくは少女だ、間違っても処女ではない。悪いがこっちは幼馴染主催の「デュラハンでもわかる都会の倫理観講座」で予習はばっちりだからな。都会の女が処女である訳がない。都会に生息する女はすべてが淫売だ、気をつけろと言ってたからな。何故田舎から出たことがないはずのあいつがそんなことを知っているのかは知らないが、おそらく従兄弟あたりから聞いたのだろう。
どうでもいいが幼馴染よ。デュラハンにないのは首だけで、頭はあるから別に馬鹿と言うわけじゃないと思うぞ。と言うか実際にこの学校にいるかもな、デュラハン。妖精もいるわけだし。
「えっと、さすがに入学式中に、席を立つと、目立つと思うので、止めておきますね。…………それで、前田くん、私と一緒のクラスなので、できれば友達になってくれると嬉しいのですけど…………」
「…………」
なんでこの背後の少女は俺と同じく編入生の癖に、俺と同じクラスだと言い切れるのか疑問に思ってしまった人は、まだこの学園都市についての理解が浅い人物だ。ここは摩訶不思議が集まり、歌い、騒ぎ、宴会すると評判の第十三学園都市、そんなもの、魔術で覗く、超能力で教師辺りの心や記憶を読めばわかる話だ。
「…………あ、あの、駄目ですか? 私なんかが友達なんておこがましいですか? …………そうですよね、私みたいな悪魔の末裔の陰気な黒魔術の使い手が、友達なんか作れるわけないですよね…………」
「…………」
どうしよう背後の女の子、いろいろと考え事をしているうちに、いつの間にか思考の渦に囚われているんだけど。
…………ん、と言うか悪魔の末裔で黒魔術師? さっきの編入生紹介で確かそんなのいたような気がする。
うーん、悪魔の末裔か、流石にそんなのと関わり合いたくはないな。よし、ここは幼馴染に教わった、悪魔の祓い方を実践してみようじゃないか。
「…………悪魔がどうとかはともかく、名前も知らないやつと、友達になんかなれないな」
「ずーん…………っは! わ、私の名前はメアリー、メアリー・カミオでしゅ! か、かんじゃった…………と言うか自己紹介のとき、聞いてなかったんですか?」
しめしめ、悪魔祓いの出だしとも知らず、暢気なものよ…………ふぇっふぇっふぇ。
「顔を見てないのに、誰だかわかるか。わかる人は声だけでわかるだろうが、俺にそんな記憶力を期待するな」
うっそでーす、ただ単に聞いてないことに対する言い訳でーす。
「ああ、名前はわかった。だけど、流石にそれだけで友達になろうとは思わんな。そうだ、お前の弱点も教えてもらおう、何、心配する事はない、ただの保険だよ。俺はこう見えて、結構用心深い性格なんだ」
「そうですか!! 教えます教えます! 私の弱点は甘い物「とりゃあ!!」ですよ!!」
即行で、鼈甲飴(口裂け女対策用。用法・囮)を投げつけた。
よし、これでやつを倒せる…………!!
いや、倒してどうする。しまった変な勢いに乗せられて、つい悪魔祓いを敢行してしまった。
俺は慌てて振り返ると、そこには無残に半身が鼈甲飴に溶かされ、ちびくろさんぼのようになったメアリーの姿が…………!!
…………と思ったが、そこにいたのはしてやったりの笑顔を浮かべる非常に悪魔の末裔らしい、見るからにお淑やかそうな女の子だった。
ただの女の子ではない、控えめに言って美少女、普通に言って絶世の美少女、大げさに言って傾国の美少女だ。どうでもいいけど傾国の美女と言われる玉藻の前、平安時代の女なので、いまいち期待できないんだよな。
「うふふ、伊達に悪魔の末裔を名乗っているわけではありませんふぉ…………? 私たち悪魔だって学習ひます。そう何度も同じ手に引っふぁふぁると思ふたら大間違いです! といふか、こんな単純な手に何度も引っふぁふぁったご先祖様たちが情けないでふ…………」
ところどころ聞き取りづらいのは、鼈甲飴を嘗めているせいか。
「ふっふっふ、勉強が足りませんでしたね光形さん。甘いものが嫌いな女子なんてこの地球上には存在してはいけないんですよ…………?」
もしもそんな女子がいたら宇宙にでも放り出せと言うのだろうか、それとも地下か。
まあ、そんなことより。
「なるほど、お前が俺に嘘を教えたって言うことは、お前と俺は赤の他人のままでいいと、ふむ、そういうことだな。ああ、仕方がない。せっかく友達になってやろうかと思ったのに、誠意を嘘で返されたら仕方ないよな? 友達なんかいらないと思われても」「わー!! 嘘です嘘です御免なさい御免なさい!! 私調子に乗ってました! 弱点は黒光りする足の速い頭文字Gのあいつです!!」
「…………」
いや、ここで正直に言えば、友達になってやろうかと思ってはいたんだが、俺だって編入生で、友達とかいないから、有難いし。
残念ながら、弱点のそれが何を指すのかわからなかったのだった。
――――ゴキブリのことよ。
そのとき俺に、天の声がそれがなにか教えてくれた。この天からの声の受信が、俺が第十三学園都市に編入を余儀なくされた、最大の理由である。
それにしても、ゴキブリねえ。あれの何が怖いのかわからん。そこらの森に行けばいっぱいいるじゃないか。ほら、腐った木とかひっくり返すと。
俺の幼馴染など、ゴキブリを集めて、村の小さい子供たちに、「カブト虫の雌だよ」といって売ることにより、金を騙し取っていたと言うのに。その後小母さんにばれて、従兄弟により木の枝からロープで逆さにぶら下げられていたりしたが。それを心配になって見に来た俺に対して「忍術! そう! これは忍術の練習なの!!」と言って誤魔化そうとしていたのが懐かしい。
因みに従兄弟にそのロープの結び方が格好良かったので後になって聞いたら、凄い悪そうな笑みと共に教えてくれた。おそらく俺が幼馴染に掛けるとでも思ったのだろう。残念ながら、俺は度が過ぎた悪いことをしない限りそんなことをするつもりはなかったが。
俺が正直に言って校長の話に飽きて、そのときのことをメアリーに話すと。苦笑いとともに、この学校でもそうするの?ときかれた。まあ、身近な人が悪いことをしたらそうするだろうな、と適当に答えておく。
まあ、そこまで身近な人が出来たらの話だが。
「――――と、まあ、まだまだ話し足りないところではありますが、この場はこれにて、終わらせて頂きます」
どうやらようやく校長の話が終わったようだ。見咎められないように前を向く。
思わず、口から欠伸が漏れた。話のほとんどは聞き流したが、それはそれで退屈だった。村では学校に行かず、と言うか学校がなく、仕方なく様々なことを村人の皆に教わっていたが、教師の話はどれもこれも長いのだろうか、だったら俺学校辞めるぞ、本気で。
俺は密かに決意を固めつつ、教師の言うことを聞かずにばらばらに大講堂から退場し始めた生徒たちに見習って、メアリーと共に席を立ったのだった。
頑張って一週間筒の登校を目指そう。うん、飽きやすい私には、それが精一杯だ。三日坊主にだけはならないように…………!!