私を虐げた悪徳家族に前世の『ブラック業務』を叩き込もうと思います
王女様はみんなから大切に扱われ、守られながら幸せに暮らす。
——そんな風に思っていた時期が私にもありました。
異世界転生した私を待っていたのは、かなり過酷な世界だった。
第五子とはいえ王女に生まれた私は、勝ち組うぃーい! みたいな感覚だったのだけど、五歳のときに運命が決まった。
この世界には『ギフト』という特殊な能力が存在するんだけど、王族は必ずそれを有する。
しかも優秀であることがほとんど。
当然、私も相当に期待されていた。
ところが判定の紙に出た文字は——
エリル・ホシュマン
『無』
当時、集まった誰もが固まっていた。
空気読みの国ジャパンからの転生者である私は、当然重すぎる空気を理解していた。
でも五歳児を演じて「お父様ぁ? これってなぁにぃ?」と可愛らしく(自己評価)小首を傾げたところ、豪快に投げ飛ばされた。
視界の回転以上に、父親の変貌ぶりにビビった。
「このクズめが……! なんという恥さらしだ! このような者、余の子供ではないわ!」
いままで優しかった父が、顔中しわだらけにして怒るのだ。
「ペッ! あんたなんて生まなければ良かった!」
唾を吐きかけながら、聖母のようだった母が告げてきた。
その後も、優しかった兄と姉たちが一斉に私を侮蔑し始める。
よく日本人は裏表が激しいなんていうけど、彼らはそんなレベルじゃなかった!
もう天使と悪魔、純愛と不倫くらい違う。
もっと言えば、王族にとってギフトはそれほど重要だということ。
ギフトのない王族など顔に泥を塗る分、その辺の平民より格下なのかもしれない。
……今世、終わった。
願わくば神様、次の人生は日本のお金持ちの子供でお願いします。
お父さんとお母さんは美形で、ルッキズム全開の世界でも軽くマウント取れる容姿で、頭もハーバードにトップ入学できるくらいには優秀で、身体能力はオリンピック出られるくらいでお願いしますね……。
☆
あれから十三年の時が過ぎ——
私はまだ生きてまーす!
死にたいと思ったこともあったが、やはり生きるしかないと開き直った。
理不尽に負けてたまるかっ!
なめられて、たまるかっ(イシバ風)。
いやしかし、五歳からの人生は酷いものだったね。
離れのオンボロ小部屋に引っ越しさせられ、一日に部屋を出ていいのは一時間だけ。
読書できないときは、ひたすら瞑想したりする。
昔読んだマンガ、アニメのシーンを頭の中で蘇らせることも多い。
食べ物だって、だいぶ質素だ。
城の中を歩いてみても、メイドたちは挨拶すらしてこない。
それどころか、冷たい眼差しを向けてくる。
王女として扱うな。
そう父から命令されているのだ。
母なんて顔を見た瞬間、シッシッと追い払う仕草をする。
もっと酷いのは兄姉たちだ。
いつしか、私をいじめの対象とし始めた。
今日もまた、そう。
廊下を歩いていたら兄のルイゴーズに中庭に連れていかれた。
「俺の炎を三分間避けてみせろ」
そう言って、私に炎の玉を飛ばしてくる。
炎のギフトを持つ彼は、こうやって私をいじめることが多い。
ジュッ……と炎玉で毛先が焼けた。
あまりにもムカつくので、隙を見て石を拾って投げつける。
「痛ッ……!?」
あいつの耳をかすった。
やったね。
三分なんて待たずに、髪を焦がしながら城に戻ると、今度は姉のホリーナに捕まった。
彼女は部屋に私を連れ込むと、ボロボロの服を着させてくる。
自分は最高に着飾り、目の前に何人もの男の執事たちと鏡を置く。
ホリーナは私の隣に立って言うのだ。
「わたくしとこの子、どっちが魅力的かしら〜?」
承認欲求の化け物は、異世界にも普通に生息しているらしい。
髪もボサボサでボロ服を着せた妹相手に、こんなことをする。
でも面白いのは、鏡に映った二人を見比べると、客観的に見ても私の方がスタイルも顔も良い。
服装が逆だったら圧勝では?
そう思った私はセクシーポーズを取り始める。
女なので、グラビアとかはよく知らない。
でも日本にいた頃、多少は目にしたことがある。
それを思い出して、ポーズを次々と決めていく。
すると男性たちの目が、私に釘付けとなった。
「……は? ちょ、貴方たち!? なんでこの子のことばかり見るの!? わたくしより魅力的だとでもいうの!」
「い、いえ、そんなことは!?」
鼻の下を伸ばした男性たちが必死に姉のご機嫌を取り出す。
隙を見て、私は自分の服を取り返して部屋から出ていく。
もう部屋に戻ろうと思ったらもう一人の兄であるグリーズが、背後から私に抱きついてきた。
「むふぅ、こんなとこでなにしてんだぁ?」
「ぐ……」
グリーズはかなりのデブということもあり、支えている私の足が折れそうになる。
「僕の部屋で一緒に遊ばない? ぶーふー」
荒い鼻息が頬を撫でた瞬間、私の中の戦闘スイッチが入った。
まずグリーズの腕を思い切りつねって、痛みで離させる。
すかさず、体落としという柔道技を決める。
体格差はあったが、小学校の時に道場に通っていたことがあるので綺麗に決まった。
「ぐげぇ!?」
蛙の死に際か? と思うような鳴き声を漏らしてくれた。
その悲鳴をおかずにご飯一杯くらいならいけそうね。
「お兄様、これ以上汗臭い体をこすりつけてくるなら、襲われそうになったとあちこちで言いふらします」
「お前の言い分なんか、誰が信じるものか!?」
「お兄様のやばい性癖は結構有名なので、意外と信じてもらえると思います!」
「……ぐぅ」
「それでは、ごきげんよう」
これ以上関わりたくないのでダッシュでウサギ小屋みたいな狭い部屋に帰った。
「あら、エリルお嬢様。お戻りになったのですね」
室内を掃除してくれていた唯一の侍女が視界に入ると、私の目頭が熱くなる。
安堵と安らぎのウリネ。
数少ない私の味方だ。
もう七十半ばになるベテランの侍女で、私にとってはおばあちゃんのように親しみ深い。
「ウリネ、聞いてよ〜!」
私は泣きながら、いかに酷い目に遭ったかを愚痴る。
すると、ウリネは私の背中を優しく擦りながら話を聞いてくれた。
ひとしきり泣くと、すっきりした。
そのタイミングで、ウリネがクッキーを出してくれる。
「お嬢様の好きなクッキー、また焼いたんですよ」
「ありがとう〜! でも腰痛いんでしょ? 大丈夫だった?」
「ええ、休んでばかりでも体は弱りますからねぇ」
そうは言うけど、体を大切にして欲しい。
ウリネは紅茶まで淹れてくれた。
「いただきます」
私は手を合わせて、美味しくクッキーをいただく。
その様子を見た彼女が、不思議そうにこちらを見る。
「お嬢様のその習慣、小さな頃からやりますね。どこで習ったんでしょう?」
あ、まずい。
いただきます、の手合わせはこちらではやらないのだ。
体は変わっても前世を引きずるのはよくある。
「なんか、気づいたらやっちゃうんだよねー」
「わたしは好きですよ。お上品な感じがして」
「嬉しい。これからも続けるね」
「そうだ。今度、新作を作ってみようと思うんですよ」
「食べたい! ウリネの新作とか絶対美味しいもんね!」
「ふふ、楽しみにしてくださいねぇ」
正直、ウリネがいなかったら今世は完全に諦めていた。
いつも優しく励ましてくれるから、どうにかここまで頑張ってこれた。
……とはいえ、私は今後どうなるのだろう。
一生、このウサギ小屋で過ごすのだろうか。
☆
変化は唐突に訪れた。
父に呼ばれて嫌々王の間にいくと、兄姉や大臣などが集まっていた。
今回は、私が話の中心らしい。
中央に呼びだされ、父が話を切り出す。
「最近、隣国のロスタニア王国が急に力をつけてきている。我が国を支配下に置く計画を立てているかもしれぬ」
それは私の耳にも時折入っていた。
ウリネも話していたし、城の侍女たちもよく話題にしている。
単純に武力が優れているだけではなく、経済力も凄いことになっているらしい。
他の国にはない商品を次々と打ち出し、外国でも手広く商売を展開中とか。
「これを見よ。なんとも不思議な飲み物と容器じゃ」
そう言って、父は黒い液体の入ったペットボトルを出した。
私だけはそれがなにか明確にわかる。
コーラだ。
どう見ても。
ラベルレスのタイプだから飲まないとわからないが、色でわかる。
「試しに飲んでみるか、エリルよ」
うわ、十三年ぶりじゃないですか?
私の名前を呼んだのは。
妙に柔らかい表情の父に、私は警戒心を高める。
「そう怪訝な顔をするな。毒など入っておらん。ほら」
父はペットボトルを一口飲んで、毒味してから私に差し出す。
え……?
ちょっと、あなたが口つけた物とか飲みたくないのですが。
「……新しいそれ、ありますか? 潔癖症なもので」
「おお、そうだったな。もってこい!」
そうだったな?
別に潔癖症ではないし、なにより私の言葉に迎合する態度が気になりすぎる。
いつもなら『いいから黙って飲まんか、この出来損ないめが!』とか言い出すのに。
……やっぱり、おかしくない?
新しいペットボトルがきたので、それを開けて飲んでみる。
「──ジュワジュワしゅるぅぅ!」
しまった!?
十八年ぶり以上のコーラに、馬鹿みたいな本音が漏れてしまった!?
どこの世界に、ジュワジュワしゅるなんて恥ずかしいこと吐く大人がいるのよ。
周囲からも笑いが漏れまくった。
「そうか、満足したようでよかった! それは全部、飲んでよいぞ。もっとあるからな」
私に微笑みかけたその顔を見て、確信した。
この掌返し、急遽、私が必要になったに違いない。
とりあえず、コーラをグビグビやりながら父の話を聞く。
「この商品も含め、不思議な品はあちらの王子が作り出しているらしいのだ」
「……作り出す?」
「詳しいことはわからん。ただ王子のギフトが関係しているようだ」
なるほど……。
色んな製品を作り出す、または取り寄せたりするギフトだろうか?
もしかして、地球人なのかもしれない。
それならこのコーラの味とペットボトルも納得がいく。
父が困ったように眉を下げる。
「奴らが、侵略されたくなければ、エリルをロスタニアに渡せと申し出てきた」
「私を?」
「うむ。正確には名前ではなく容姿を含めた特徴を書いてきた。それは、どう考えてもお前だ。どうやら、遠方を監視するギフトを持つ者が、あちらにはいるらしくてな」
話を整理しよう。
ロスタニアの誰かが、ギフトでうちの城を監視中に私を見つけて、なにかが引っかかった。
うちに戦争を仕掛けてでも私が欲しい……と。
「政略結婚とか、そういうことでしょうか?」
「なにも聞いておらん。ただ、彼女をこちらの国に渡せ。彼女は選ばれし者であり最重要人物として扱う、と」
えー。
嬉しいけど……謎すぎる。
私が首を傾げると、父は慌てたように言う。
「もちろん、お前のことは守りたかった! だが、奴らの力はあまりにも強大……。どうか、ここは国のために、あちらに渡ってはくれないだろうか……」
どうして父は、ここまで下手に出るのだろう?
別に、もう用なしだから出ていけ、といつものように冷たく伝えればいいのでは?
そう考えていると、今度は母までやってきた。
「ああ、エリル……。あなたが行ってしまうのは、本当に寂しい。わたしは、母親らしいことをなにもできませんでした」
本当だよ。
それどころか実の娘に唾吐いてたよね?
酷い母親だけど、いまは私に嫌われたくなくて必死らしい。
「どうか、貴方を送り出すわたしたちを許してほしい。本当にごめんなさい……」
そういうことね!
この人たちは、復讐されるのが怖いのだ。
万が一、あちらの王子が私を気に入って嫁に迎えたとして。
そのとき、あちらの戦力で復讐されると考えている。
だからこそ、口には出さないけど和解を求めてきている。
つまりこれは——————
立場逆転きたぁぁあああああ——!
「エリル、俺たちからも話がある」
炎のルイゴーズ長男が、神妙な顔つきで私の前に立つ。
「お前がいなくなると寂しくなるな……。いつも練習に付き合ってくれてありがとうな」
別人のように静かに話し、手を差し出してきた。
私は反射的に、その手をひっぱたいた。
「なにをする!?」
「いじめた側は、いじっていたつもりかもしれませんが、やられた側は違うんですよ」
「いじめたって、お前いつもやり返してきたじゃねえか!」
「あ、いいんですか? そんな態度取っちゃって?」
こんな挑戦的な態度を取ってみても、誰も私をいさめようとはしない。
これは相当にロスタニア王国が強いとみた。
私はニコニコしながら玉座に深々と座った。
父が目を丸くしていたが、動揺するだけで止めにはこない。
「ところで、イリアナお姉様はどこですか?」
兄姉の中でも唯一、私を妹として扱ってくれたのがイリアナ姉さんだ。
「イリアナは、現在国を出ている。戻るのは一ヶ月後になる」
「そうですか……。王国の人も、本当はイリアナお姉様を招致したかったのでしょう。ですが、さすがに反発される。そこでお姉様の次に美しい私を選んだのでしょう。間違ってもホリーナ姉さんはいらないでしょうし」
次女のホリーナを一瞥すると、悔しそうに歯ぎしりしている。
今日は言い返してこないんですね。
「もう茶番はやめましょう。なぜ、私を虐げてきたあなた方が、ここまで私に媚びるのか。簡単です。私があちらの妃となったとき、報復されるのが怖いのでしょう?」
「ッ!?」
全員が言葉に詰まった。
図星らしい。
なんてわかりやすい人たちなの。
私は腕を組み、一人一人の顔を順々に眺める。
この十三年間の想い出——主にやられたことをじっくりと思い出していく。
「私があちらに行かなければ、我が国は戦争で負け、少なくとも王族は粛正。逆に私があちらにいっても、その心次第では王族は滅ぶかもしれない」
全員が生唾を飲み込む。
私は立ち上がって拳を振り上げる。
「つまり出発するまでは、私が王です!」
この世界にネットがあって生中継されていたら、私はイキり陰キャ王女と呼ばれているだろう。
上等です。
これはやり返すチャンスだからね。
ドン引きしている父に尋ねる。
「出発まで、猶予はどのくらいですか」
「さ、三週間ほどだ」
「わかりました。では三週間で、城内の改善をしていきます。それが終わったとき、私の復讐心は消えるでしょう」
「そしたら嫁いでも、報復はしないのだな?」
食い気味の父に、私は深く頷く。
「その代わり、改善の権限をください。私が去った後も、それを続けてください。それが条件です」
「……仕方あるまい。呑もう」
「正気ですか父上!?」
焦った兄姉たちが声を上げるが、父の考えは変わらなかった。
滅ぼされるよりはマシだと考えたのだろう。
「ところでこれ、もう一本あります?」
私は飲み干したコーラを持ち上げる。
「暗黒水か。まだあるぞ」
「アンコクスイ──ぶふっ!?」
思い切り噴き出してしまった。
確かに知らない人が見たら、そういうネームはあるのかもしれない……いやないでしょ!
☆
丸一日、私はこの国の毎年の予算、支出などの資料に細かく目を通した。
そして、翌日には動き出す。
まず王の間に、城中の次女や使用人を集めた。
そこで宣言する。
「本日から、完全週休二日制を導入します。また残業代の全額支給を導入します!」
一同、ぽかんと大きな口を開けている。
父もそんな顔をしていた。
「それって、週に二日もお休みをいただけるということでしょうか?」
尋ねてきた侍女に私は答える。
「そうです。よほどの事情がない限り、週五日までの勤務とします。破った雇用主はロスタニア王国の恨みを買うでしょう」
横にいる父を見つめながら話す。
日本では普通のことだが、この城ではまるで違う。
誰もが奴隷のように働いているのだ。
使用人たちは私に冷たくしてきたが、それは父の命令のせいだけじゃない。
疲れすぎて、人に優しくする心も持てない状態だったんだと思う。
「しかしだな、エリル。それでは城が回らん!」
「いいえお父様。きちんとシフトを組めば、成り立ちます。むしろ、疲弊した状態で十二時間働くよりも、万全で働く六時間の方が遥かに良いのです」
そもそも脳の高集中時間は5、6時間と言われる。
そういった意味でも長くダラダラよりは、短くテキパキの方がいいと私は考える。
「よろしいですね、お父様?」
クワッと目を見開いて圧力をかけると、父も観念したようだ。
「……本日より、エリルの話した制度を取り入れる」
実感が沸かなかった彼らも、そろそろ現実のものと受け入れたようだ。
「ありがとうございます……! 残業に給料が出るなんて、信じられないっ」
「これで休日に子供と遊んであげられます! エリル様、感謝いたします!」
「──ただし、私に冷たくした人は一応謝っておこうね」
「「「申し訳ありませんでしたー!!」」」
ほぼ全員じゃないですか!?
どんだけ私、冷たくされてたのよ。
そうされるのに慣れすぎて麻痺していたのかもしれない。
ともあれ、これで少なくとも仕組み上はホワイト化したんじゃないかな。
「次は個別指導です」
私は長男のルイゴーズの元へ急ぐ。
「お兄様の力が必要です。遊んでないでついてきてください」
有無を言わせず城の地下のボイラー室に連れていく。
カビと埃のにおいが鼻をつくボイラー室に入る。
「うっ、くせぇ……。エリル、ここはなんだよ!?」
「ここは給湯や城の厨房の熱源などを管理する場所です。ここに薪や魔石などをくべて、炎を作り出します。その燃料費、年間どのくらいかご存じですか?」
「まったく知らん」
「国家予算の数パーセントを使っています。超絶無駄です」
「……で、それがなんなんだ?」
「お兄様はいつも魔法の無駄撃ちしていますが、それをここでやってください」
「は? 嫌だよ」
「じゃあ、私があちらの妃になれた日には、お兄様を全力で仕留めにきますね」
殺意の微笑を振りまいてみると、さすがにルイゴーズも恐怖を覚えたらしい。
根負けした様子で言う。
「う……。わかったよ。なにをすりゃいい?」
私は金属製の貯水タンクと、その下にある巨大なかまどを指さす。
「俺の炎を三分避けてみろ、みたいなノリであそこに魔法を撃ってください」
「マジかよ……」
「マジです。お兄様は口や態度は悪いですが、魔法の精度は驚くほど良いです」
何度も身をもって経験したから、そこは保証できる。
ルイゴーズならまともにやれば、かまどを外すことなんてまずない。
「仮にも俺は王子だぞ!」
「だからですよ。この国を強く立派にしたくないのですか? こういった無駄の積み重ねの結果、ロスタニアに大きく水をあけられたのです。次の王になったとき、強い王国になっていて欲しいですね?」
ルイゴーズはこれで打算的なところがある。
かなりやる気を出したようだ。
私は一日のうち、炎を撃つ時間などをメモした紙を渡す。
「毎日、この時間に行ってください」
「キツすぎるだろ……!?」
「いままで遊んでいたツケです。みんなお兄様を陰でなんと呼んでいるかご存じですか? 『放火魔の馬鹿王子』です。ムカつくでしょう?」
「くっそ……」
「心を燃やして頑張ってください。妹の髪の毛燃やして喜んでいる場合じゃないですよ!」
「クソがあああ──」
怒りにまかせて炎魔法を撃っていく。
やはり炎のギフトは素晴らしい。
神様は与える相手を間違ったのかもね。
しばらく経つと、さすがに息が上がってきたようだ。
「せめて、休ませてくれ……」
「交代要員はいませんよ。あとは任せました。サボったら地獄行きだと思ってください」
これぞまさにブラック企業のワンオペ業務だ。
私は社長の気分で、ボイラー室を出ていく。
直後、彼の断末魔みたいな叫び声が響いてきた。
私、ブラック社長だから助けないよ?
☆
エコ給湯器を完成させた後に、今度はホリーナを連れて城の正門前に設置された小屋に向かう。
中を見たホリーナは文句をたれる。
「なんて美しくない部屋なのかしら」
「ごちゃごちゃ言わないで、これに着替えてください。じゃないと将来酷い目にあいますよ」
「わ、わかったわ。仕方ないわね」
私は装飾などないグレーの事務服を渡す。
ホリーナが着替えると、意外にも似合っていた。
地味な方が絶対好感度高いね、この人。
「お姉様は週五日、ここで城下町の人たちの相談サポートをやってもらいます」
「なんですって!?」
「いまの王族は国民からの評判が非常に悪い。当然です。お姉様みたいに無駄に贅沢なことばかりやって、人の役には一ミリも立たないからです」
「いくら妹でも、侮辱は許しませんことよ!」
「ロスタニアの王子様、戦争好きかなぁ」
ニヤッと悪どい笑みをしてみせると、ホリーナは下を向いて静かになった。
もしこれで私がロスタニアで重要人物扱いされなかったら、相当恥ずかしいよね。
「お姉様のギフト、異性魅了は優秀です。苦情や怒ってる男性に自分を素敵だと思わせて、怒りを和らげてください」
「女はどうするのよ?」
「違う方に頼みます。お姉様は女から見るとマジで嫌な女なので、むしろ関わらないでください」
「クゥ……」
悔しがってるけど、本当にそうだからね。
承認欲求の塊のマウント女なんて、どこの世界でも好かれませんことよ。
「お姉様は色んな人の価値観に触れ、もう少し性格をまともにしてください。それも任命理由の一つです。血反吐を吐いても頑張ってください」
私はお姉様の高級な服を回収すると、そのまま相談室を出ていく。
最初は難しいだろうけど、異性限定ならどうにかなるだろう。
お次は巨体で息づかいの荒いグリーズのところにいき、中庭の巨大井戸まで移動させる。
そこでは急造させた木製人力回転車が存在感を放つ。
おどおどするグリーズを車輪の中へ押し込み、その仕組みを説明する。
「この巨大な車輪から伸びている太い車軸がありますよね。あれが井戸の真上に設置された歯車と繋がっています」
その巨大な歯車には、等間隔でいくつもの木製バケツが取り付けられた太いロープが巻かれている。
そのロープは輪っかのようにつながり、井戸の底まで垂れ下がっている。
「お兄様がこの車輪で歩く。すると、車軸が連動して歯車が動き、底に沈んだロープが引き上げられます。水を汲んだバケツが頂上を超えると、傾いて水が流れます。そこに水路に続く受け皿を設置しています」
「その水路から城に流れると……」
「はい」
バケットエレベーター方式だ。
これで大事なのが、当然歩く人物になる。
それが自分だと理解したグリーズは首を大きく横に振った。
「嫌だ! ぶーぶー、こんなの下民にやらせればいい!」
「いえ、下民未満のあなたがやるべです」
「ぼ、僕が下民未満だって……!?」
「変態キモ王子。腹スイカ性欲王子。エロ豚王子。肉の塊。これがなにか、わかりますよね?」
心当たりないといった感じに首を傾げるグリーズ。
……嘘でしょ?
こんなわかりやすいこと、ないでしょ?
「お兄様のあだ名ですよ。誰も裏ではグリーズ王子など呼びません。お兄様は運動して、有り余った情欲を発散するべきです。その上、ダイエットにもなる」
「……僕はやりたくない、ぶーふー」
ほっぺたの肉をぶるんぶるん揺らしながら、グリーズは首を激しく振った。
私は紙を取り出してメモをしていく。
「怠け者の反逆者あり、と」
「待て待て!? なにをメモしてるんだ!? それをあっちの奴らに渡すつもりなのか!」
「私はありのままを伝えるだけです。本物に肉の塊になりたくないなら——歩きなさい!」
バチン!
私はグリーズの尻を思い切り叩く。
触りたくはなかったが、これがエンジンを動かす儀式だと思って我慢した。
尻に火がつき、ようやくグリーズも動き出した。
五分もしないうちにヒーヒーと泣き言を漏らす。
「もう無理だぁ。もういいだろ、エリル」
「全然足りませんよ。平日は毎日働いてもらいますからね。城の女性に手を出したくなったら、ここに来て歩いてください」
「ぶーふぅ、ふーふぅ」
もう返事もできないくらいに呼吸が上がっている。
いくらなんでも運動不足すぎじゃないかな。
私はしばらく汗だくのグリーズを見守ってから、城に戻る。
すると廊下でばったりとウリネに出くわした。
「お嬢様、ここにいたんですねぇ」
「ウリネ〜! もしかしてそれ、新作のクッキー?」
いつもクッキーを入れる容器を手にしてたのだ。
「一緒に食べましょうねぇ」
「食べよ〜!」
いつもの慣れたウサギ部屋に戻ってクッキーを食べる。
別の部屋でも良かったけど、長年そうしてきたここがしっくりとくる。
「めちゃくちゃ美味しいっ」
「ふふふ」
がっつく私を眺め、ウリネが幸せそうな顔をする。
「あ、そうだ。ウリネのお給料増やして、階級も最高にするようにお父様に言っておいたからね」
「そんな……わたしなんていいんですよ」
「よくないよ! ウリネは働き者なんだから、もっと貰ってもいいくらい」
心情的には、国家予算の一部をまるまるウリネ用にしたいくらいだ。
それはそうと、ウリネが少し迷っている感じだ。
長年一緒にいたから表情ですぐにわかる。
「なにかあったの?」
「……わたしも、お嬢様と一緒にロスタニアに付いていこうと思ってましてねぇ」
「でも、家族とかいるでしょ」
「それでも、お嬢様を一人で行かせるわけには、いかないですから。旅の準備もしておきます」
「ウリネ……ありがと。考えておくね」
正直、すごく嬉しかった。
おそらく歓迎される? とはいえ、一人で他国に行くのは心細かったからだ。
☆
クッキーでお腹を満たしたので、最後は母と面会する。
場所は窓一つない薄暗い部屋の中だ。
長机には、天井に届きそうなほど紙の束が積んである。
そこに呼び出された母は入ってくるなり興奮して叫ぶ。
「ねえエリル! わたくしのドレス代とお茶会の予算が廃止されているわ! どういうこと!?」
「いりませんから、そんなもの。我が国の財政は酷いです。どんぶり勘定ってやつです。中でも王族の使い道……特にお母様が異常です」
「わたくしは妃よ! 当然の権利だわ」
この人が一番、危ない人だよね。
さすがあの三人の母親なだけある。
そう考えると、イリアナお姉様は奇跡なんだな。
もう会えそうにないのが残念すぎる。
私は静かに立ち上がる。
それだけで、母は肩を小さく跳ねさせた。
「使途不明金だらけのお母様には、経理長をやっていただきます」
「けいり? わたくしが、そんな下々のやることを……」
「お母様はその性悪ぶりで隠れていますが、実はかなり頭が良いと聞いています」
「母親に向かって失礼よ!」
「娘に向かって唾を吐くのはどうなんですかあああっ!」
相手を超えるほど怒声を張って言い返す。
するとばつが悪いのか、母は顔を横に向けて目を合わせようとしない。
人の恨みは百年続くと覚えておいてほしい。
さて、いがみ合うのが目的じゃない。
私は資料を手に取って母に渡す。
「複式簿記という計算メソッドを伝授します。借方と貸方にきっちりと分け、城の支出を1ルーン単位で洗い出してもらいます」
「かりかた……かしかた……?」
長年数字など気にしたことがないであろう母親には、これはかなりの苦痛を伴うだろう。
聖母を意識した微笑みで、私は迫撃の宣告を行う。
「1ルーンでも帳簿の計算が合わなければ、夕食は抜きです。死ぬ気で計算を覚えてもらいますよ」
「ひぃぃ……っ!」
母上は膝から床に崩れ落ちた。
————数日後。
深夜の経理室をそっと開ける。
そこは異様な光景が広がっていた。
髪をボサボサに振り乱し、真っ黒なクマを目の下に作ったお母様がいる。
紙とペンを手に、鬼気迫る形相で計算している。
「かりかたと……かしかた……合わない! そもそも誰が、こんな無駄使いを……!」
いや、大部分はあなたです。
私はそっと近づき、母の作ったそれを確認していく。
ダメなところはペン入れをする。
正直、私より地頭は絶対にいい。
これだけの頭脳を持ちながら、なぜああなっていたのか不思議だ。
ただ、さすがにまだ間違いも多い。
「何カ所か間違ってます。やり直しです」
「そんなぁ……」
「あと月末締めはしっかりお願いしますね。1ルーンのズレが、やがて国のズレとなります」
「ぐぅぉおおお……」
熊のようなうめき声を出しながら、母は計算式を紙に走らせていく。
まさに妖怪・ブラック経理ウーマンの誕生だね。
☆
さあ、最後はこの国のボスに痛い目にあってもらいましょうか。
父の働く執務室にいくと、書類の山を前にして、機械のようにハンコを押していた。
王の印章が描かれたもので、あれが押されれば書類の内容は許可されたことになる。
それを、大して中身も読まずにバンバン押している。
「お父様は大して精査もせず、テキトーに押しすぎです」
私はハンコを父から取り上げた。
「エリル!? いまは、平民の生活に関する決裁を……」
「中身を読んでいないじゃないですか。いえ、理解できないから流すのでしょう」
父に平民の生活など理解できようはずがない。
そこで私はハンコを部屋の隅に投げ捨てる。
「ちょまっ!? 王の印章であるぞ!」
目をひん剥く父だが、私は無視してバンッと机を強く叩いた。
すると、明らかにビビっていた。
「国民の生活について、お父様は理解すべきです。手始めに、この城で『最底辺の生活研修』をしていただきます」
「なんだ、その恐ろしい響きは……」
「ご案内いたします」
私は父を連れて、最底辺の暮らす部屋に案内する。
「ここは、私の部屋とほぼ同じ間取りです。今日からここに住んでもらいます」
「……っ……!」
父はあまりの狭さに絶句している。
私の部屋を貸すのはさすがに嫌だったので、似た部屋にした。
掃除が行き届いていない分、こちらの方が埃などが酷い。
「お、王たる余が、こんなボロ部屋に住めというのか!?」
「私は五歳から十三年も、このような部屋にいます。王女の住まいです。王が住んでも生活はできるはずですよ」
「そ、れは……」
「いまからルールを書いた紙をお渡しします」
さらさらっと紙に書いていく。
外出は一日一時間、王の部屋には近寄ってもいけない。
他にも王族や使用人には、自分から話しかけてはいけない。
それを読んだ父の顔が絶望に染まる。
「大げさですよ、お父様。五歳の私でも耐えられたことですからね〜。ルールを破ったら重たい罰が下されるのでお気をつけて」
私は満面の笑みで部屋を出ていく。
それから数日が過ぎたが、一応は父はルールを破ってはいないようだ。
相当に、私の報復を恐れているのが感じ取れた。
昼食を、ウサギ小屋に運んでいく。
最近、寒い日が続くので早足になってしまう。
「お父様〜、エサの……お食事の時間ですよ」
「お、おぉ……エリルルル……」
ガタガタを体を震わせ、顎を鳴らす父の姿があった。
薄汚なくて薄い毛布を体にかけ、寒さを必死に凌いでいるようだ。
服もボロいし、大した暖房設備もないので、どうしてもそうなってしまう。
「今日は冷えますが、この部屋は廊下よりは暖かくていいですね」
「……エリルよ、お前は子供の頃からこんな寒くて寂しい部屋で……」
身をもって体験したことで、私の十三年をようやく理解し始めたらしい。
こんなの、まだほんの入り口なんだけどね。
「お食事を持ってきましたよ」
私は酸っぱくて硬いライ麦黒パンと、冷え切った超薄味のスープを出す。
今日は特別にしなびたパサパサのサラダもお付けしている。
「今日はだいぶ豪華ですね。さあ、召し上がって」
「がぎぃ……がたい……」
普段、柔らかいものばかり口にしている父なので、黒パンは中々苦労するようだ。
「顎を鍛えるトレーニングだと思えば、なんでもありません」
「このスープは、本当に味がついているのか……?」
「だいぶ濃い方ですよ。水と比べてみてくださいな」
「ハゥ……」
まずくはあるが、食わねば死んでしまう。
そんな状況なので父も必死だ。
食べ終わると、父が鼻水と涙をごちゃ混ぜにしながら謝ってくる。
「すまなかったぁぁぁ……! エリルの苦しみは理解したっ。だから許してくれぇ……!」
頭を下げて懇願してくる父を見て、一瞬許してもいいかなと思ったが、そこは厳しくいこうと考え直す。
無言で立ち上がり、食器を運ぶ。
「謝っても私の十三年は返ってきませんよ。少なくとも私が出ていくまでは、ここで暮らしてもらいます。明日は庶民の厳しい労働を体験会です」
「うひぃぃ…………!」
ドアを閉めて廊下に出ると、室内からむせび泣くような声が聞こえてきた。
さすがに豪快に投げ飛ばすのだけは、勘弁してあげようか。
……これで、家族全員の業務改善は完了かな。
☆
時は流れ、とうとう出発の日がやってきた。
愛着の湧いたウサギ小屋に一礼して、私は荷物を手に廊下を歩く。
二週間前とは、打って変わった綺麗な城内。
清潔感がまるで違う。
使用人たちのパフォーマンスが目に見えてよくなったおかげだ。
すれ違う誰もが私に頭を下げ、別れを名残惜しむ。
城の外に出ると、げっそりとした家族と荷物を持ったウリネが馬車の前で待っていた。
「おぉエリルよ……これでお別れなのだな。なんと寂しいことか!」
「お父様、すごく嬉しそうですね」
「そ、そんなことはないぞ!」
「あちらには城を監視できるギフト持ちがいるのでしょう。私はその人に頼んで、毎日城の様子をチェックしますからね?」
にこりと笑顔で伝えると、五人の顔が激しく歪んだ。絶望って感じに。
私がいなくなったらすべて元通り。それだけは絶対に阻止する。
私は手紙を懐から取り出して父に渡す。
「これをイリアナお姉様に。感謝の気持ちを込めた手紙です。ウリネとお姉様だけが、私をエリルとして認めてくれた」
「わかった。間違いなく渡しておこう」
これで、やり残したことはなくなった。
馬車の近くにいるウリネが、重たそうに軽いはずの荷物を持ち上げる。
それを見た瞬間、私の心は完璧に決まった。
「ではいきましょうか、お嬢様」
「……ううん。ウリネとは行かない」
「え?」
「ウリネはここに残って。私は一人で行く」
そう伝えると、ウリネが少し悲しそうな顔をした。
それでも私の意志が変わることはない。
「ウリネには、ここに家族も仕事もあるでしょう? だからここに残って。私はもう大丈夫。一人でいける」
まっすぐに彼女の目を見つめる。
悲しそうな姿は一瞬たりとも見せない。
弱さを見せれば、きっとウリネはまた私を守ろうとするからだ。
ウリネは、静かに語り出す。
「……先ほどの話です。わたしはお嬢様のことをエリル様ではなく、どこか自分の孫と重ねていました。……ごめんなさいねぇ」
その孫の話は、一度だけ聞いたことがある。
まだ幼い子だったが、ウリネと一緒にいるときに、賊に襲われて殺されてしまったのだ。
ウリネは大切な孫を守れなかったことを酷く後悔していた。
泣きながら、自分が代わりになればよかったと話してくれたことは絶対に忘れられない。
「いいんだよ、ウリネ。どうであっても、私にしてくれたことは忘れないよ。いままで、ありがとうね」
「お嬢様ぁ……っ……」
顔をしわくちゃにして泣き出すウリネの手を私はそっと握る。
すごく細くて弱々しくて、震えていた。
そんな体なのに、いつも私のことを気遣ってくれていた想い出が巡ってきて、胸の奥が熱くなる。
必死に耐えようとしてみたが、その熱は伝播していき、やがて目頭までやってきた。
「ウリネェ……! 離れたくないよぉ!」
気づけば、私もまた泣き崩れていた。
視界も悪く、声も嗚咽でままならない。
二人で座り込み、ずっと抱きしめ合った。
☆
「——じゃあ、いってくるね」
「お嬢様、これを持っていってください」
別れ際、ウリネがクッキーがたくさん入った袋を手渡してくれた。
「嬉しいっ! 大切に食べるよ!」
「また作って、待ってますからねぇ」
「またいつか、帰ってくるからね」
最後にウリネともう一度だけ抱擁して、私は馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出してから、窓から顔を出して手を振る。
「バイバイ!」
姿がとうとう見えなくなると、私は馬車の中で小さく息を吐いた。
一人になると不安が少しだけ大きくなった。
私、受け入れられる前提だったけど、本当にそうなのかな?
あっちの王子がヤバい人だったらどうしよう……。
座席に座って、ウリネの作ってくれたクッキーを一枚だけ取り出す。
小さくかじっただけなのに、優しい味が口いっぱいに広がっていく。
……なんか大丈夫な気がしてきた!
きっと、どんな世界でもやっていける。
「まっ、最悪ダメでも、暗黒水が飲み放題ならいっか!」
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