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君の余白を  作者: ここのか 葉月


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7/7

「帰るよ!」

 江川さんは彼女の手からパンを奪うと半ば無理矢理立たせた。

「な、なにを……」

 江川さんはあわてふためく僕に奪ったパンを押し付けると、鬼気迫る感じで「最悪!」と言い放った。

 呆気に取られてしまった僕は助けを求めるように彼女に視線を移す。彼女の唇が「ごめんなさい」と動いた。

「行くよ!」

 江川さんは彼女の荷物をまとめ終えると再び彼女の手を引いた。彼女は江川さんを拒否することも、咎めるようなこともしなかった。江川さんのやることを容認している。そんな感じだ。それに『仕方がない』そんな印象を受けた。けれども彼女は江川さんの様子を伺いながらポケットに手を突っ込むと、僕に向けて紙を一枚落とした。

 閉まる図書室の引き戸。残された一枚の紙。

 拾いあげると、アルファベットや数字がランダムに並んでいた。どう見てもメールアドレス。

「彼女の、だよな?」

 半信半疑になりつつも、きっとそうだと思い込む。だって彼女は誰かのメールアドレスを教えてしまうような人ではないはずだから。きっと今日は連絡先の交換をしようと考えていたのかもしれない。紙に書いておいて「図書室以外でもやりとりしましょう」って渡してくれるつもりだったのかもしれない。

 帰り道、僕の心の中は複雑で大声で叫びたいくらいだった。彼女のメールアドレスを知れて嬉しかったのはもちろんだけど、江川さんの行動にどう対応すれば良かったのか悔いが残った。もちろん彼女にメールを早く送りたい気持ちがある。彼女のことだけを思ってメールを打ちたい。なのにモヤモヤした気持ちがしつこく蔓延っていて。そんな状態でメールをしたくなかった。だけどせっかくくれたメールアドレスの存在をなかったことにして明日を迎えるのは違う気がした。彼女の気持ちも僕の気持ちもなかったことになってしまうから。

 そう思った僕は、スマホを握り締めて机に向かった。

 彼女のメールアドレスを時間をかけ、何度も見直しながら入力する。そこから更なる問題が生まれた。何もメッセージの内容が思い浮かばないのだ。

『どうしよう』

 心から漏れ出る言葉の綴りは一緒なのに発音が違うものだった。テンション高めのと溜め息混じりのもの。今の僕の『どうしよう』は圧倒的に後者で、気持ちがついてこない。時計はすでに二十三時を過ぎていて、こんな時間に送るのも非常識かと思いスマホを手放した。

 いや、駄目だ。今日を逃してはいけない。

 再びスマホを手に取ると、夜分に申し訳ないと謝る文面と何かあったら連絡をくださいとだけ打ち込んで送信した。

 これでいい。最低限の繋がりは保てたのだから。

 スマホを充電器に繋げ、ベッドに横たわると小さな音が鳴ったような気がした。まさかまさかと思いつつも、慌ててスマホを手に取った。画面には彼女の名前。メールを開くと夜分云々のほかに『今日はごめんね』と書いてあった。

『ごめんなさい』じゃなくて、『ごめんね』なんだ。

 いつもの口調とは違う言葉遣いに笑みがこぼれてしまう。

『結衣があんなに怒るだなんて思わなかったんだ。私にならともかく、大庭くんに責任があるような感じになっちゃって。本当にごめんね』

『気にしないでください。僕もあんなに怒るとは思っていませんでした。確かに悪いことはしましたので、坂井さんたちが帰った後にちゃんと掃除をさせていただきましたのでご安心を』

 そう、あの後ちゃんと掃除をして、先生に鍵のことをお願いした。やり残したことはないはずだ。放課後、図書室でのやり取りをひとつひとつ思い返していると、突然顔がぶわっと熱くなった。そうだ、僕は彼女の口元に指を伸ばして……

 居たたまれない気持ちのまま送信を押す。江川さんの迫力に違うと判断したけれど、やっぱり彼女に触れたことで怒ったのかもしれない。

 間もなくして彼女から返信が届いた。

『ありがとう! やっぱり隠れてメロンパンは悪いことだよねー。でもね、一生に一度の高校生活だから、いろんなことをしたいの!』

 そっち!?

 彼女らしい。それにやっぱり我慢していることが多いのかもしれない。お昼を忘れても購買に行くこともできない。放課後は迎えが来るまでひっそり図書室で過ごす。出来るだけ他人と関わらないようにしている時点で制限が多いに決まっている。ほかの人と関わった時に自分の身体と心がどう反応するのか怖いのだろう。過去の罪滅ぼしではないけれど、彼女を図書室だけに閉じ込めておくべきじゃないはずだ。怖いなら一緒に立ち向かって、支えてあげたい。

『僕に何か手伝えることはある? やってみたいことが出来るように付き合うよ!』

 本心だ。だけど、恋のライバルが増えてしまうことだけは勘弁して欲しい。

『ホントに! じゃあまずはやってみたいことリストを作ってみるね。それからしばらく図書室には行けそうにないから、メールでやり取りしましょ! こんな時間までごめんね。おやすみなさい』

『うん、今日はありがとう。おやすみなさい』

 スマホが突然静かになってしまった。寂しい気持ちはあるけれど、高揚感はあって。

 もうすぐ日付が変わろうとしている。明日も学校があるというのに、今夜はあまり寝れそうな感じがしなかった。

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