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君の余白を  作者: ここのか 葉月


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 江川結衣は、単なるお節介なやつかもしれない。どうやら彼女の家で、僕について自分の知っている限りの情報を提供したようだ。

 二人きりの図書室で何を言っていたのか訊ねてみたが、彼女は「内緒」と微笑むばかりで教えてくれる気はなさそうだ。情報の内容が気になるところだけど、彼女の態度が気さくになったので良しとすることにした。加え、江川という共通の話題が出来たので、ふたりきりでも会話が続くようになったことが大きい。

 お互いに本を選びながら、ちょっとした会話のやり取りをする。今までみたいなよそよそしさがなくなって、頬が緩んだ。

「え、ここの鍵って江川さんが借りて来てるの?」

「ええ、そうなの」

 選んだ本を胸に抱き、彼女は困ったように微笑む。

「ほとんど利用してないのに、私たちと同じ施設費を払っているなんて勿体ないって」

「そうかもしれないけど」

 体育館や音楽室、家庭科室に理科室。機材なども含めて言っているのだろう。確かに使っていないのは勿体ない。だけど僕たちが利用している第二図書室は、第一図書室と違って利用届けを出さないと出入りできない。入学当初は開かずの間なのかと大して気にしていなかったが、掃除当番がまわるようになって初めてそういう仕様なのだと知った。

 なんで開いているんだろうとは思っていたけれど、そこまでして元を取ろうとしているとは。思わず笑ってしまった。同い年とは思えないしっかり具合。

「じゃあ、帰りの戸締まりは?」

 貸し出しカウンターの上に鍵は置いてないし、僕より先に帰ってしまう彼女から鍵を預かったこともない。そうなると、用務員さんや先生が戸締まりに廻ってくれることになっているのだろう。ところがだ。

「結衣がね、部活が終わってから室内を一通り確認して、それから鍵を返すから気にしないでって言ったの」

 僕の予想を裏切った答えが彼女の口から紡ぎだされた。利用届けに代表として名前を書いているからなのか、責任感からなのか。もし僕に鍵を預けてくれれば、施錠して返しに行ってもいいのに。利用しているのは僕らなのだから。

 ふと思った。

 僕がこの図書室にたまたま入ることが出来て、彼女とたまたま出会うことが出来たのは、江川のお陰なのかもしれない。出会いの場を提供してくれたのだから。つまり江川様様なのだ。今さらだけど、これは近い内にお礼をした方が良いのかもしれない。

「どうしたの?」

 彼女が首を傾げて、僕の顔を覗き込む。上目遣いが可愛らしくて、胸の奥を掴まれた。

「なんでもないよ」

 心臓に悪いから不意打ちはやめて、なんて言えるはずもなく、何事もなかったように答える。

 彼女にとっての僕は、第二図書室に通う同士。下心を持って毎日来ていただなんて知られたら、友達という関係があっという間に消えてしまいそうだ。それに二度と顔を見せてくれないかもしれない。

「そう?」

 彼女は納得してなさそうだったが、僕に背中を向け閲覧用のテーブルに歩み出した。僕は胸に手を置きほっとする。

 ん?

 手に固い物が触れた。そうだ、と内ポケットに手を入れる。

「あのさ、これ貰ってくれない?」

 振り返った彼女に、昨日渡し損ねたメモ帳を差し出した。

「え?」

「この間のと同じシリーズの見つけて、思わず買っちゃったんだ。で、後悔。学校でもだけど、家で使うのもなんか恥ずかしいな、って」

 彼女は身動きひとつせず、メモ帳をじっと見つめている。

 前に彼女へ渡した時は『妹に貰ったけど使い道がないから』なんて言ったような気がする。それなのに一度放棄した物を再び手持ちに入れてしまっただなんてどうかしている。プレゼントしたいのが本音だけど、彼女からしたら不要な物を押し付けられている感じかもしれない。

 彼女は黙りこんだまま、どう対応しようか悩んでいるようだ。気軽に受け取ってくれるようなタイプじゃないって分かっていたはずなのに、困らせてしまっている。

「あ、ああ…… それか江川さんとか使ってくれないかな。鍵のお礼? いや、ダメか。それならもっとちゃんとした物を」

 そうだよ! 彼女にもちゃんとした物を贈るべきなんだよ。頭が痛くなる。

 そんな僕の様子を見ていたのか彼女はクスクス笑い始めた。

「今まで使っていたあのメモ帳ね、結衣からのプレゼントなの。失くしたと思ってたら、あの日は家に忘れてきただけだったよ。ずっと言わずにいてごめんね。それになんか嬉しい。同じシリーズのメモ帳をそれぞれがプレゼントしてくれるって、なかなか無いことじゃない? 運命を感じるっていうか。だけど私、こんなにメモ帳を貰って使いきれるかどうか自信がないな……。友達からのプレゼントだもの『書いて終わり』じゃなくて、ずっと手元に置いて見返したりするような使い方をしたいから」

 貰ってもらえるだけでいい、と考えていた僕に罰を与えてください。ちゃんと使おうとしてくれている彼女に敬意を表したい。

 僕だって、彼女から貰ったメモ帳を使い捨てるような使い方にしたくない。現に勉強机の棚に表紙が見えるようにして立て掛けている。あのメモ帳は一生使うつもりはないし、毎日「聖愛ちゃん」と声を掛けていたい。彼女の感覚とは違うけど、大事にしたいという気持ちは一緒だ。

「なら、ひとこと日記みたいに使ってみたら?」

「ひとこと日記?」

 うん、と僕は頷く。

「日記って、ちゃんと書かなくちゃならない気がするし、読み返すのってなんだか恥ずかしいじゃん? だから、ちょっとしたことを書いておくんだ。ほら、見て」

 僕は天井を指差した。あの蜘蛛の糸が今日も棚引いている。

「『今日も蜘蛛の糸が切れずに揺れてた』みたいな。その日を思い出すようなことを書いておくんだ」

「なんか難しそう」

「そんなことないよ。絶対、聖愛ちゃんなら出来るって」

 彼女が大きな目をぱちくりさせた。

 無言の時間。汗が背中を伝っていく。

 僕、今、名前を言った?

 せめて坂井さんだろ!

 思わず頭を抱えた僕に、彼女が大きな声で笑った。意外だ。彼女は「名前で呼んでくれて嬉しいよ」と目に浮かんだ涙を拭く。本当に名前で呼んで良かったんだろうか。答えはわからない。

「さっそく、今のことを書くね!」

「えっ!?」

 今日の彼女はちょっとイジワルだ。

 僕の手からメモ帳を受け取ると、椅子に座ってページを開く。

「あ、可愛い! 今までのと違う」

 なんのことだろう?

 彼女の開くページを覗き込むと、片隅にキャラクターが印刷されているだけでなく、キャラクターがあたかもしゃべっているように吹き出しの中がメモする場所になっていた。

「まるで、ひとこと日記を書いて欲しいって言ってるみたい」

 彼女はカバンからペンを取り出すと僕から見えないようにして書き出した。見ないでね! ってことなんだろう。どんな風に書いているか気になるけれど、「ふふふん」と鼻歌を交えながら書いている彼女が楽しそうで何よりだった。

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