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勘はわりと鋭い方だ。
江川さん。いや、江川結衣。こいつ、絶対僕のことを嫌ってやがる。
江川は視線を彼女に戻すや否やにこやかになっていた。後頭部を向けているけどわかる。頬の辺りが盛り上がって見えたし、彼女の表情が変わらない様子を見れば一目瞭然だ。その上、彼女が僕にも入れそうな話題を持ち出すと「そういえば」と、自分達にしか知らない話へ持っていく。
すげぇ性格が悪い。
苛つく気持ちをぐっと抑え、僕は話に入ることを諦めた。だからといって、ここから出ていくつもりなんてない。今まで聞くことがほとんどなかった可愛らしい声をずっと聞いていたいし、はしゃく姿を眺めていたい。図書室に居続けていい理由のために、僕は本を選ぶふりをすることにした。
彼女はそんな僕に気を遣って、江川を連れて図書室から出ていこうとする。慌てて僕は「気にしないでいいよ」と止めた。彼女がいなければ、ここにいる意味なんてないんだから。
ふたりで話しに盛り上がること一時間。
江川が何かに気がついたように腕時計に目をやった。
「聖愛、もう時間じゃない?」
彼女はその言葉にきょとんとした。江川が自分の腕時計の文字盤を彼女に向ける。彼女は目を見開くと、たちまち慌て出した。
「どうしよう、どうしよう」
急いで帰り支度を始めるあたり、すっかり時間を忘れていたようだ。
「ねぇ、結衣」
「なに?」
彼女は手を止め、江川をまっすぐ見つめた。
「今日、一緒に帰らない?」
「いいわよ。そうだ、久しぶりに聖愛の家でお茶したいな。いい?」
「もちろんよ! いつぶり? ママも結衣に会いたがってたから、すごく喜ぶわ。そうだ、帰りにケーキ屋さんに寄ってもらいましょ。そうと決まったら、先に連絡してくるね!」
彼女は鞄の中からスマホを取り出すと、軽い足取りで図書室から出ていった。
残ったのは彼女の荷物と僕と、そして江川。
江川は彼女が出ていった引き戸をじっと見つめていたが、彼女の足音が聞こえなくなったのを見計らって僕に振り返った。
「ねぇ。あなたはどうしてここにいるの?」
冷めた声に顔がひきつった。彼女がいなければ取り繕う気もないらしい。
「友達だからだよ」
お前だけだと思うな。ちゃんと話をしたことがあるわけじゃないし、彼女とお前が過ごした時間よりずっと短い時間しか一緒にいたことがないけど、それでも友達と認めあった仲なんだよ。
「本当に? なら、あの子のおかれてる状況を知っているの?」
彼女の事情は自分だけが知っている、そんな目つきで睨んでくる。
「彼女の口からは聞いてないけど、分かるだろ!? そんなこと」
胸くそ悪い。前向きに学校へ来ているかもしれないのに、わざわざカミングアウトさせて、嫌な気持ちにさせる? そんなことさせるわけないじゃないか!
江川は疑いの目を向けたまま僕を観察した。
「まあ、いいわ。聖愛があなたを友達だって言ってたし、私が彼女の交友関係をとやかく言える立場でもないし」
なんだ。意外なセリフに肩の力が抜けた。自分だけが彼女のオンリーワン的なことを言うと思ってたのに。
「なによ?」
「いや」
相変わらず目つきが悪いが、嫌悪感はだいぶ薄れたような感じがした。
引き戸が開き、江川も僕も入り口に目を向けた。彼女が驚いた顔をしている。
「えっ、なになに?」
「なんでもないよ」
江川は優しい声で首を振った。
「ママ、もう着いてるって」
「じゃあ、急がなくちゃ」
二人はふざけ合いながら荷物をまとめ終えると「またね」と手を振った。
「うん、また明日」
僕は二人の背中を見送った。




