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教室に入れない理由ってやっぱり。
一晩中、考えた。どんなに考えても答えはソレにしか繋がらない。ソレを認めたことで、不安が津波のように押し寄せた。忘れられない過去。友人のすがる姿から目を逸らしたあの日。今でも自分が選択した過ちに胸の奥がえぐられる。
「おまえもアイツを無視しろ! さもないと」
かつて言い渡された言葉が耳元に響く。ここに当事者たちはいないのに。
あの頃は無力だった。だけど今は小さな子供じゃない。周りに合わせてないと生きていけない、小さな世界に閉じ込められているわけじゃない。
彼女だって同じだ。
「なんとかしてあげなくちゃ……」
ベッド脇のカーテンを開けた。空がうっすら青白んできている。夜明けだ。どこからとなく小鳥のさえずりが聞こえてきて、応援されている感じがした。
それに微笑んだ彼女は想像以上に可愛いかった。細めた目は潤んでいて、頬はほのかに朱に染まっていた。彼女の笑顔を壊さないようにしてあげたい。
まずは友達になろう。
嬉しいことに敵認定されていない。何なら昨日のことで、株は上がっているはずだ。
友達になって、寄り添ってあげられる人になって。いや、盾になってあげるくらいの気持ちで。彼女にとって、頼れる存在になれるように。
昨日まで長く感じていた放課後までの時間が、今日は短く感じる。どうやら柄にもなく緊張していたようだ。友人の話も上の空で心配されたぐらいなのだから。
第二図書室の前に立って、気合い注入とばかりに両手で頬を叩いた。
よし。
引き戸を開ける。彼女はいつものように本から視線をあげると、瞳を大きくし立ち上がった。
「昨日はありがとうございました」
「あ、うん」
呆気に取られたからといって、そんな返事の仕方なんてあるものか。すかさず何事もなかったように喉の調子を整えた。
「時間、大丈夫だった?」
「え? ええ」
彼女の不思議そうな表情に冷や汗が流れる。まるでいつも行動を監視しているみたいな発言をしてしまった。実際そうなんだけど、警戒されたくない。「ほ、ほら」と口をもごもごさせていると、彼女は「くすくす」笑った。
「ほとんど二人で利用してる図書室ですものね。相手の行動が気になるの、わかります」
ちょっと違うのだけど、警戒されずに済んでほっとする。
「それでですね」
彼女は鞄の中から小さな紙袋を取り出し、僕に差し出す。
「昨日のメモ帳のお返しです」
思いもよらない贈り物に驚きを隠せない。中身はシンプルなメモ帳で、どこにでも売っている物だった。けれど彼女からという価値に、胸が熱くなった。
「気を遣わなくて良かったのに」
跳び跳ねたいのを我慢して冷静を装う。それでも顔はニヤニヤしていたらしい。
「私、センスがないので心配してたのですが、喜んでもらえて嬉しいです」
「いや、僕の方こそ! セン……」まで言いかけて止めた。彼女が使っていたメモ帳と同じ物を渡しておいて、センスの悪いなんて口が裂けても言ってはならない。
「おっしゃりたいことはわかります。懐かしいキャラクターのメモ帳でしたものね。昔、友達からいただいた物で」
どこか懐かしそうな表情に、その友達とは疎遠になったのかもしれないと思うと胸が苦しくなった。
「僕と友達になりませんか?」
今度は彼女の方が呆気に取られたような顔をしていた。
またやってしまったことに気がつく。どうも上手くいかない。もっと違う距離の縮め方があったはずなのに。最初で最後のアプローチは失敗に終わるのが目に見えていた。
「私なんかでも?」
予想外の言葉に、大きく息を吸った。私なんかでも、って言った。言ったよな? 自問自答を繰り返し確証を得る。
「もちろん」と声が大きくなった。私なんかでも、という言い方が気になるのけど今は後回しだ。
「僕、大庭秋人」
「私は坂井聖愛っていいます」
友達にもなれたし、名前も知れた。失敗の多い日でもあったけれど、今日のことは、この先もずっと忘れることがないだろう。




