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03:初手から査定

 キャンディが別室へ追いやられた事で、ギデオンの調子はすっかり元に戻った。


 だが同時に、胸の奥でじわりと苛立ちが膨らんでいた。

 あの恐ろしい犬を連れてきた上に、リネアはギデオンを前にして頬を染めるどころか、涼しい顔で落ち着いている。

 ギデオンとしては、彼女が自分を一目見た瞬間に息を呑み、視線の置き場に困るくらい動揺するものと信じていたのだ。

 その期待が外れた今、腹立たしさが募らないはずがない。


 とはいえ、ここで感情を露わにするのは、自分の品位にそぐわない。内心を必死に押し込め、何食わぬ顔で館の案内を続けることにした。

 

 ギデオンは歩きながら、壁にかかった絵や磨き上げられた床をひとつひとつ指先で示し、「これらは全部、僕の財力と家柄の成果だよ」と言わんばかりに誇らしげに語ってみせた。

 リネアはというと、淡々と頷くだけで、羨望も感嘆も浮かべない。それがまたギデオンの神経を、じわりと逆撫でした。彼女の歩調に合わせる気もなく、ずんずん歩きながら、肩越しに振り返る。


「ところでリネア。君のルヴェル家って、どんな家なの? 紹介状には古い家としか書いてなかったけど……」

「ええ、歴史だけはあるわ。家財はだいぶ手放したから、ほとんど残っていないけど」

「ほとんど残っていない?」


 ギデオンは片眉を上げ、わざとらしく笑った。


「へぇ……。つまり君、没落貴族ってやつか」

「そうね」


 リネアは涼しい顔で頷いた。あまりの平然ぶりに、ギデオンは内心で頭を抱えたくなる。

 家が傾いた話など、本来なら恥じらって然るべきだろう。普通なら、頬を赤くするなり、俯くなりするものだ。


 わざとらしく一つ、息を吐いてみせる。


 廊下に響くほど大げさな溜息だったが、リネアはそれにも反応しない。

 美男の嘆息にも微動だにしないとは、この娘、貧乏どころか情緒まで削ぎ落として生きてきたんじゃないかと、ギデオンの苛立ちは更に積み上がった。


「じゃあさ、今日のその服も質素だよね。うちのメイドの予備服より地味だよ。それもお金がなかったから?」

「ええ、そうなの」

「そんなにあっさり認める?」

「隠しても仕方ないもの」

「だったら、僕の所に来たのも、所詮は財布目当てってわけだろう」

「そうよ。……でも、それだけじゃないわ」


 リネアは歩みを止め、ひとつ息を整えてから、ふわりと微笑んだ。


「あなたに会いたかったから」

「……へ?」


 ギデオンの背筋がわずかに伸びた。


「それ、どういう意味?」

「文字どおりよ」


 リネアの微笑みに、ギデオンはなるほど、と口元を緩めた。


(……ああ、やっぱり。僕の噂、耳に入ってたんだね)


 美貌。社交界の華。天から授かりし、女泣かせの華やかな魔性。目が合うだけで孕むとまで囁かれる、艶をもつ男。

 そういった評判が、リネアのような没落貴族の家にまで届いていたという事か。


「そうか、よく分かったよ。僕の噂を聞いて、嫁ぎたくなったって訳か。やっぱり僕の美しさやら才能やら、そのあたりは相当聞いているんだろうね」

「いえ、評判は知らないわ」


 想定と違う言葉に、ギデオンは目を瞬いたが、長くは気に留めなかった。


「まあいいや。君が僕に焦がれる気持ちはよく分かったから」


 調子を完全に取り戻したギデオンは、すっとリネアの隣へ寄った。そのまま胸元へ視線を落とし、真剣極まりない顔で、じっと観察する。


(結婚した相手の大きさは、最初に確認しておくべきだろう)


 そんな義務感にかられて、ギデオンの手は流れるようにリネアの胸元へ伸ばされる。

 そして驚くほど堂々と、まるで風でも払うような気軽さで、彼女の胸を掴んだ。


「……うーん、思ってたより控えめだね。残念ながら僕の理想には及ばない」


 触れている指先は、図々しく、言葉の方はさらに遠慮がない。

 対するリネアは瞬きすらしなかった。

 恥じらうでも、怒るでもなく、ただ相手の無神経さを確認するように一度だけ視線を落とした。


 そして何の前触れもなく、リネアの手が、まっすぐに伸びてギデオンの股間を掴んだ。


「……ッ!?」


 ギデオンは喉の奥で変な声を呑み込んだ。

 リネアの手に容赦はなく、むしろ「品定めは正確に行います」という強い意志を感じる握り方だった。

 そもそもギデオンにとって、女性が自分に手を伸ばす場面とは、抗えない欲情に背中を押され、鼓動をこらえながら震える指先で、そっと触れてくるものだった。

 だがリネアには愛想も飾りもなく、表情は限りなく平坦で恋情の影すらない。


 きゅ、と力が加わるたび、ギデオンの自尊心が削れ、同時に心臓は意味もなく早鐘を打ち始める。


「ちょっ……ちょ、ちょっと……!」 


 息を乱して戸惑うギデオンから手を離すと、リネアは唇の端を持ち上げた。


「なるほど。そちらも、想像より控えめなのね」

「っ、な……っ……!」


 ギデオンは目を白黒させ、口は釣られた魚のように、ぱくぱくとする。

 ようやく呼吸を取り戻したかと思えば、前髪へ手を伸ばし、いつもの美男の決め角度を作ろうとするが、思うようにいかない。

 胸の奥に流れ込むのは、ギデオンがもっとも遠ざけて生きてきた恥という感情だった。


 ついさっきまで没落貴族、貧乏、犬連れの娘と格下扱いしていた相手に、よりにもよって男の大事な部分を迷いなく握られ、その上「控えめ」と診断までくだされたのだ。

 リネアはそんな彼の内心など一切振り返らず、鼻歌でも出そうな軽やかさで歩き出す。


「……案内の続き、いいかしら?」


 ギデオンは半歩遅れてついていきながら、股間のあたりに手を当てた。

 まだ、じんわりと握られた感覚が残っている。

 その余韻が、彼の中の何かを、妙にざわつかせていた。

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