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27:無能宣言

「なるほど。完成していない方が良い、か。……我々にはない発想です」

「そうねえ」


 父が、小さく頷く。その横で、母が、くすりと笑う。


「でも確かにこの子は、まだ直せるところが山ほどあるわ。完成品と言うには、穴だらけすぎるもの」


 それが性格の話なのか、構造上の欠陥なのかは、いまいち判然としなかった。いずれにしても、修繕前提で見られていることに変わりはない。


「とは言え……」


 父は、そこで表情を少し引き締めた。長い指でワイングラスの脚を軽く弾き、控えめな音を立てる。


「今まで、我々が甘やかしすぎたのも事実です。せめて今からでも、リネアさんのお手を煩わせるだけにならぬよう、こちらも躾け直すつもりです。……ギデオン」


 唐突に名を呼ばれ、ギデオンは思わず姿勢を正す。


「お前には、領主としての役目を、これまで以上にきちんと果たしてもらう」

「領主としての仕事なら、ちゃんとやってる」


 もちろん、責任感などという高尚な動機ではなく、単にリネアに褒めてもらいたいと言う、まったくもって不本意な理由からである。今日は頭が痛いからという理由で全部放り出すような真似は控えているし、自分なりに、進歩はあるつもりだった。


「領主として、だけではない。騎士としての務めも、そろそろ果たしてもらおう」

「…………は?」


 聞き間違いであってほしい。ギデオンは、思わず耳を疑った。


「いや、あの、父上。僕は、これまで一度も戦場になど出たことがないんですが。ご記憶にないとは言わせませんよ」

「知っている。だからこそ、そろそろ行かねばならないのだ」


 テーブルの上に、緊張が戻る。さっきまで温かな空気を作っていたリネアも、わずかに背筋を伸ばした。クロードとノエルは、互いに視線を交わす。父はワインを一口飲み、言葉を続けた。


「メルローズ家が統括する南の境で、土地争いが起きかけている。隣の領主が、勝手に領界を広げようとしている」


 重たい話題のわりに、口調は淡々としている。それがかえって、事態の深刻さを際立たせた。


「ここしばらく、境界の村から我が領へ訴えが届いていた。隣領の者による土地の侵犯だ。まずは穏便に済ませようと、向こうの領主にも何度か申し入れたのだが、聞く耳を持たなかった。それでもしばらくは静観していたが、つい先日、向こうが武装した私兵を村へ送り込んだ、との報告が上がってきてな」

「武力行使……」


 クロードが小さく呟く。ノエルの瞳が、ひっそりと鋭さを帯びた。


「領界の石碑を勝手に動かし、境界線を踏みにじる真似までしているそうだ。放置しておけば、じわじわとこちらの土地を奪われる。そろそろ、きっちりと釘を刺さなければならない」


 父の言葉は、穏やかだが冷ややかだった。領主としての顔が、不意に前面に出る。


「……それで、僕に行けと? 兄さんたちが行けばいいじゃないか。二人とも騎士としての経験が豊富だろう?」


 ギデオンは、声が裏返らないよう必死に抑えながら問う。クロードは苦い笑みを浮かべた。


「残念ながら、王宮からの召集がかかっていてね。ノエルと一緒に、しばらく都のほうへ出張だ。別件の調停がある」

「俺たちは当面、城都を離れられない」


 ノエルが淡々と補足する。


「だから、今回は……」


 そこで言葉を濁し、視線だけで「お前の番だ」と告げた。


「……僕が? いやいやいや、待ってくれ。僕は、見ての通り、交戦地に向いていないっ! 刺されるかもしれないし、斬られるかもしれないし、汚れるし、汗をかくし、日焼けもするし……」

「最後の二つは、騎士として非常に些末な懸念だな」

「お前も騎士である以上、務めから逃げることは許されない。ギデオン、お前も訓練は受けてきただろう」

「訓練と本番は違う!」


 ギデオンは即座に反論した。


「訓練では、誰も本気で僕を刺そうとしない。あれはあくまで形だ。だが実践では、本当に刺してくるじゃないか。刺されたら痛いし、場合によっては死ぬ。僕に何かあったら、メルローズ家としても打撃だと思うね」

「ええ、でも……。そこまで大きな打撃にはならないでしょう?」


 母はおっとりと小首をかしげ、父のほうを見やった。父は少しだけ考えるそぶりを見せてから、うん、と頷く。


「そうだな。せいぜい、ちょっと惜しい程度だ」

「せめて、だいぶ惜しいって言ってほしいな! それにもし、領地を奪われたらどうするんだい?」


 ギデオンは、最後の足掻きのように言葉を投げる。


「どうせ行ったところで、僕では何の役にも立たない。むしろ足を引っ張る。だったら最初から行かないほうが被害が少ないと思うんだ。向こうに攻め込まれて、あっさり領土を取られてしまうだけだよ」


 それは、本人いわく、戦場に立たないための卑下作戦だった。普段は自尊心の塊のような男が、自分をここまで低く見積もるのは異例中の異例である。しかし、父は一歩も引かなかった。


「もし領地を奪われたなら、メルローズ家の威光は地に落ちる。代々守ってきた地を易々と手放したとなれば、世間も貴族も黙ってはいない。一度、攻めれば奪えるという前例を作れば、他の領主たちが同じ手を使おうとするだろう」

「だったら尚更、そんな大事な役目を僕なんかに任せるのおかしいだろう! そんな大事な局面で、よりによって出来の悪い三男坊に白羽の矢を立てるなんて、正気を疑うよ。いいですか、父上。僕は絶対に失敗するよ!」


 生まれて初めて、ギデオンは己の評価を誰よりも的確に把握して言い放つ。全力で、自信満々に、自分の無能っぷりを宣言したのである。しかし家族は揺るがない。


「私たちだって、最初から戦場に慣れていたわけじゃない。怖いと思ったことくらい、何度もあるさ。でも剣を持って立つのは、兵ばかりじゃない。前に立つ者が怖じると、後ろも崩れる。……お前の口はよく回る。どうせなら、その口を兵たちのために使え」


 クロードがなだめるように言った。ギデオンは、頭を抱えたい衝動を必死で押さえ込んだ。父の厳しさと、兄たちの淡々とした現実感が、じわじわと逃げ道を塞いでくる。

 ふと、隣から視線を感じた。リネアが、静かにこちらを見ている。ギデオンと目が合うと、彼女は唇の端をもちあげて微笑んだ。


「……大丈夫です。ギデオンさんは、ただ怖がって立ちすくむ方ではありません」

「いや、僕は十分、立ちすくんでいるし、何なら怖さのあまり、もう倒れそうだね!」

「彼なら大丈夫です」


 何がどう大丈夫なのか、さっぱり分からないが、きっぱりと断ち切られた。


「自分のことを卑下されるのは、きっと今日に限っての作戦です。だっていつもはあれ程、自信満々なのだから」


 思えば、自信と尊大さで生き延びてきた人生だった。

 それなのに、どういう風の吹き回しか、今日に限ってそれが仇になったらしい。普段の「自信家ギデオン」像が、いまや「逆に本気を出せばできるはず」と周囲に思い込ませている。

 いや、リネアのことだ。全部承知の上で、あえて焚きつけてきたに違いない。


「違うんだ、これはただの虚勢なんだ。僕は本当に、見栄っ張りなだけで、能力はないんだってば!」

「彼が、ここまで自分を下げてまで避けようとしているということは、それだけ今回のことを重大だと理解しておられる、ということでしょう?」


 リネアは、言葉の継ぎ目に息を入れる間も与えず、すっと重ねてくる。

 まるで、取り乱した姿すら理論の一端に組み込まれたようで、ギデオンは思わず呻いた。


 怖い。行きたくない。


 今ここで天井がきしみ、音を立てて崩れ落ちてくれたらどれほど良かったか。そうすれば議題も未来も、ひとまず土の下だ……などと、現実逃避をするが何の解決にもならない。

 テーブルの向こうで、父はまっすぐにこちらを見ている。 兄たちもまた、弟の決断を値踏みするでもなく、ただ静かに構えていた。 そして隣には、なぜか双眸に楽しげな色を浮かべたリネアがいる。


(……どうして、そこで微笑む余裕があるんだ)


 どこか愛らしいその笑みを横目に、ギデオンは黙って手を引いた。椅子の脚が、石床にかすかな音を立てる。

 不本意きわまりないが、どうやらまた一歩、引き返せない地点まで踏み込んでしまったらしい。そうして踏み出すたびに、減っていくのは選択肢で、増えていくのは、責任というもののようだった。

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