11:昼酒と義兄弟
双子は、まっすぐギデオンの席へ歩み寄ってきた。
彼らのこめかみには、怒りの筋が立っていて、ただならぬ気配を察した娼婦たちは、気まずそうに肩を寄せ合った。
「……どういうつもりだ?」
「昼間から女性を連れて、酒場でいい気になって……」
ギデオンは言われた意味が分からず、グラスを手にしたまま片眉を上げる。
「どういうつもりって、楽しく飲んでるだけだよ? そんな事より君らは誰なんだい? 僕に用なら後にしてくれないかな。こっちは忙しいんだ」
実の所、ギデオンの言う忙しいとは、今ちょうどいい具合に褒められて、気分が最高潮なので邪魔されたくないという意味に過ぎない。にも関わらず、小うるさい虫を払うかのように、鬱陶しげに手をしっしっと振ってみせる。
双子の一人がテーブルに手をつき、ギデオンを睨みつける。
「ギデオン・メルローズ。よく聞け、俺の名はセシル・ルヴェルだ」
「俺はルシル・ルヴェル」
「……舌が絡みそうな名前だね、二人とも」
反射的に突っ込むギデオンに、双子は、うっと言葉を失い、しかし否定はせず「まあ、よく言われる」と、渋々ながら認めた。そこで一度だけ小さく息を整え、乱れたペースを取り戻そうとするかのように、眦をキッと吊り上げて言葉を続ける。
「そんな事はどうでもいいんだ。俺たちの苗字を知らないとは言わせないからな、義弟殿」
「はいはい、分かったよ。リネアの兄なんだろ? 双子だとは初めて知ったけどさ」
ギデオンは、心底うんざりした顔を作ってみせた。作ってみせた、というより、もう隠す気もなく自然に滲んだという方が近い。
(……やっぱり血筋か。髪も目も、リネアと同じ色なんだよな)
そう思うと同時に、胸の奥で面倒くささが膨れる。
リネアから逃げ出してここにいるというのに、よりによって彼女の兄と遭遇してしまうとは、不運なことこの上ない。不貞腐れるギデオンに、しかし双子は許す気ゼロの気配をまとって、当然のように席に収まった。
「……リネアは、お前に嫁いだんだぞ。それなのに、こんな昼から女性を連れて酒場で呑んだくれるなんて、良い身分だな」
「まったく、どういう神経をしてるんだ、お前は」
揃いも揃って整った同じ顔が向けられるのを見て、ギデオンは溜息を吐き出した。
「君たち、家計が苦しいんだろ? 金の心配ばかりしてると視野が狭くなるのも分かるけど、これは普通なんだよ。僕くらい余裕のある暮らしをしている男なら、昼から飲むのは当たり前さ。貧乏には分からないだろうけど、悔しかったら、それなりに稼ぎなよ」
胸を張って言い切るギデオンの稼ぎが、彼自身の手柄ではないことを、娼婦たちは分かっていたが口に出さなかった。指摘すれば厄介なだけだ。
「お前っ、うちが貧乏だってバカにして」
言い返すセシルに、ギデオンは見下すようにニヤリと嗤う。
「いや、事実を言っただけだろ。貧乏なんだろ?」
「……二度と口にするな」
「じゃあ三度言うよ。貧乏」
「喧嘩売ってんのか!?」
「買える財力ないだろ?」
応酬の内容は、「バカと言う方がバカ」というようなレベルにまで薄まり、気づけば子どもの喧嘩そのものだった。ギデオンもギデオンだが、双子も双子で、似たような次元で噛みつき合っている。
一対二で、ガルガルと犬のように、いがみ合う中でルシルが不意にテーブルのワインへ手を伸ばした。そのままボトルを掴み上げると、ためらいもなく喉へ流し込む。
「おい、待て……! それ、高いんだぞ!?」
ギデオンが椅子から跳ね上がりかける。ルシルは唇の端を腕で拭い、平然とセシルへボトルを渡す。セシルも受け取るなり、同じ勢いで一気に煽る。
「……うまっ」
「ああ、こんなの飲んだことない」
双子の声は、喧嘩腰の最中とは思えぬほど素直で、その一言に染みついた貧乏性が透けて見えた。そんな彼らに向かい、ギデオンは心底、嘲りの笑みを浮かべる。
「可哀想だな。こんなのも飲んだことないのか?」
ギデオンの声音は軽い。だが、その奥には、相手の頬を指先で小突くような意地悪さをまとっていた。
双子はムッとした表情を浮かべながらも、ワインの余韻を噛みしめるように黙り込む。その沈黙が、ギデオンの優越感をさらに煽った。
「まあ仕方ないよな。君たちの家じゃ、こういう味を知る機会なんてないんだろうし」
そこまで言って、わざと肩を竦め、余裕を見せつけるようにワイングラスを揺らした。
「だったら、教えてやるよ。君たちの収入じゃ、一生辿り着けない類のやつをさ」
双子は僅かに目を細め、次には穏やかな笑みに変えた。その切り替えの早さに、何か企んでいる気配が滲んだが、ギデオンが気付く筈もない。
「……そんなに余裕あるんだ」
「金持ちは違うな。尊敬するよ、ギデオン。ところで、あれ飲んでみたいんだ」
双子は、心底から尊敬している風を装いながら、さりげなく棚を指さす。ギデオンの視線が向いた先には、店の奥でひっそりと鎮座する一本があった。
深い瑠璃色のガラスに金の封蝋、埃ひとつ許されぬ丁寧な扱われ方。値札は、読ませないという強気の配置で、要するに客に値段を知らせる気がない。
無言で「高いぞ」と主張してくる存在感のボトルを、双子は妙に澄んだ目で眺めていた。その眼差しは、純粋そうでいて、どこかが純粋すぎる輝きだった。
ギデオンは眉をひそめかけたが、同時に胸奥の見栄がむくりと起き上がる。
(……まあ、金はある。あれくらい余裕だ)
「いいだろう。君らに本物を教えてやるよ」
「すごいな。やっぱり、金と度胸、両方そろってる男は違う」
「マスター、急いでグラスを……。いや、ボトルでお願いします!!! ついでに、その隣のやつも!」
その一声を合図にしたかのように、様子を窺っていた娼婦たちが、そろって身を乗り出した。
「高いワインには、それに見合うおつまみが欲しくなるのよね。ギデオン様、お願い。フォアグラのパテ。一度でいいから味わってみたいの」
「私は、青いチーズ。すごく高いって聞いたわ。あ、あと雉の燻製もあったわよね。あれ、頼んでみてもいいかしら?」
「おっ、いいね。俺達も食べてみたい」
妙な流れを察して、ギデオンは一瞬だけ表情を強張らせる。
だが、この場で「そんなに頼むな」と言えば、自らの太っ腹を否定することになる。
見栄と自尊心が、退くという選択肢を押し流してしまう。
ギデオンは、椅子の背にもたれたまま、ゆるりと顎を上げた。
双子の探るような視線、娼婦たちの期待と、店主の計算高い笑み。そのすべてを、まるで掌に収めたかのように見渡す。
そして、わざとらしい静寂を一拍置いてから、堂々と宣言する。
「……いいだろう。好きなものを存分に頼むといい。今日くらい、僕がこの店の格を上げてやるさ」
その一言に、娼婦たちは歓声をあげ、双子は喜色を浮かべ、店主はほとんど口笛でも吹き出しそうな顔をした。ギデオンは椅子にふんぞり返りながらも、胸奥で小さな不安が芽を出すのを感じた。
だが注文が膨れ上がるほど、その不安は「今さら引けるか」という、取るに足らない見栄に押しつぶされていった。




