迷いと決断
報告書を受け取った瞬間、
青年王ファウストの心臓は痛いほど脈を打った。
『理念破壊の企図──至急、王の判断を仰ぐ』
マサヒトの筆跡は、
いつもの軽薄さを一切含んでいなかった。
机の上に置かれた文束は
市場の物流、制度の歪み、噂と見え隠れする影、実際の舞台、街道……。
四つの視点が一度に噛み合った“初めての危険”を示していた。一見ばらばらの異変が、一本の矢として自分に向けられている
ファウストは読み進むにつれ、
胸の奥にじわりと冷たいものが広がるのを感じた。
◆迷いと葛藤、そして決断
「治安悪化を…俺の責任に見せるため……
クーサンは、民の恐怖さえ利用したというのか」
彼は拳を握り、ゆっくりと息を吐く。
「……これは、本当に“戦い”なのか?」
ファウストは報告書を読み進めるにつれ、
喉が乾くのを感じた。
クーサンが火種。
噂の流れが異常。
制度の歪みが裏で補強されている。
そして裏に見える他の敵対勢力まで観察を始めている状況──。
どれも単独なら、王国の中ではよくある騒ぎだ。
だが四方向が同時に揃った事象は、明確に“意思を持った攻撃”だった。
理念政治──
それは甘い夢ではない。安心を取り戻す為の
“信頼”という最も壊れやすいものを土台にする政治。
だからこそ、
最も狙われやすいのは理念。
最も壊れやすいのも理念。
「……最初から、“理念”そのものが狙われた。
信頼を軸にした政治を選んだ以上、
俺が失敗するのを望んでいる勢力がいる……」
胸に重く沈む。
自分はまだ若い。
先代王ゼロのような経験もない。
「……わかっていたつもりだったが……
実際に攻撃された時の痛みは……こんなに重いのか」
そして、こういう時に限って
コマもマサヒトも“王の判断”を尊重して口を挟まない。
「……俺が決断するしかないのか」
王冠の重みが、ようやく現実として肩に落ちた。
紙を握る手がわずかに震えた。
しかし、その震えを見ていた者はいない。
王として最初に下す判断は、
迷いながらも“逃げない選択”であるべきだと、彼は本能で理解していた。
◆ファウスト、最初の判断──王として立つ
王執務室。
ファウストが覚悟を決めて立つ。ここで立ち止まるわけにはいかない。
ファウストは静かに鐘を鳴らし、
自らの側近三名──コマ・ワルター・アーサーン、そして前王時代の重鎮四名の緊急召集を命じた。




