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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
8/24

最初の牙─街道撹乱事件

 青年王ファウストの演説から三日後。

地方領主クーサンによる“最初の牙”が動き出す。


フェルシア西街道で、

荷馬車が横倒しにされ、商人たちが怯えた声を上げていた。


「ち、違うんだ……!

あれは盗賊なんかじゃない……あれは、クーサン領の私兵……!」


被害者が震えながら証言する。



───少し前。


クーサンは剣を手にしながら言い放った。


「王が新法を出す前に、

“治安悪化”の責任を押し付けねばなるまい。」


私兵が不安げに問う。


「領主様……本当にやるのですか?」


「愚か者め。

王政が迷走していると思わせれば、王の権威は落ちる。


『王が変わってから治安が悪くなった』という噂を流せ。

我らは“自衛のために動いただけ”という形にする!」


 彼は確信していた。民は混乱を憎む。


 理解度の低い民共に混乱の原因は“新王にある”と見せればいい。


自分の私兵を使い、

街道で小規模な破壊を起こさせ、それを「治安の悪化」として噂の操作する。


これがファウストに降りかかる“最初の牙”。


───だが彼は知らない。


影、その中で観察している者がいた事を。


商人、ギルドが数字の異変を察知している事を。


制度、中央記録室で、記録の歪みを検知した事を。


そして──

マサヒトは、

 “ファウストが死ぬ可能性がある未来への最初の分岐”と予測していたことを。



◆影から観察していた者


西街道の森の闇。


事件を監視していたのは暗器ギルド『ロスト』の構成員。観察役サイレントウォッチャー


彼はただ一言、冷笑を漏らす。


「……雑だな。だが“火種”としては十分か」


彼はすぐ裏回線で

反逆の王冠(ディークラウン)担当の広報役へ《クーサンが動いた》と連絡を入れる。


「王政側がこの火種にどう反応するか…。それ次第で裏市場が動く」


──ただの盗賊事件が、情報操作の素材に変わった瞬間だった。



◆商人ギルド本部


 物流担当官が苦い顔で数字の異変をワルターに報告する。


「西街道の流通指数が……急激に落ちています。

原因は“治安悪化”の噂かと」


ワルターは即座に悟る。


「ふぅ~さっそく誰かが、意図的に“信頼”へ楔を打って来たか…。」


彼は動揺しながらも誠実で適切に動く。


商隊への緊急支援、損失補填の準備、各地の商人への“事実確認”を伝達。


不自然な噂の流れの追跡する中で

“信頼の市場”がわずかに軋む音を、彼は聞いた。


しかし、彼の情報は市場の範囲にとどまり、王へ直結するルートはまだない。

“市場視点の真実”は孤立していた。


「おい、俺にも誰か付いてるだろう…。影の兄ちゃんに現状を伝えろ…。」


ワルターは空気に話しかけた。空気がわずかに動いて消えた。



◆中央記録室


制度の歪みを捉えた、中央機関の記録室。


制度整備を担当する若い記録官が異変を検知する。


 事前に出されていたクーサンからの“治安維持強化申請”、提出日と事件発生日の不自然な一致。


 通常なら必要な手続きが省略され、極めつけは申請文が“偽装”を含む文体で綴られている。


「…街道治安指数、補正値がおかしい?

クーサン領の提出データだけが“治安維持強化中”になっている……」


つまり、

事前に“自衛名目の治安強化”を申請していたのだ。

誰がそれを結びつけたか…。


報告を見て、監察総括ツバキから即座に内務長アーサーン報告が走り、整合的に判断する。


「これは“制度悪用”の企図だ……!」


この情報は

“制度視点の異常”として

マサヒトに送る報告束の一部になる。



◆知識者は噂と街の感情を読む


 商人ギルドのワルターの元に届いた異変報告と同時に、コマは市井の目、声、感情の解析、噂の流れなどの別の角度から異常を掴んでいた。


 西街道周辺の噂の流れだけが異常に早い。

 噂の中身が特定方向へ誘導されている。


 ある距離を境目に新王のせいだ。という言説が急激に増えている。

 極めつけは“自然発生”ではありえない拡散と速度。


そしてコマが言う。


「……これは……噂の“操作”が行われていますね。民の不安が、誰かの手で“形”にされている。」


この“感情圏の歪み”の情報もマサヒトの机に届けられる。



◆影が危機管理で察する


マサヒトの机の上に、

四方向から情報が同時に届く。


マサヒトは沈黙し、資料を一瞥したのち淡々と呟いた。


「ほぅ……これが“ファウストが死ぬ未来”の最初の分岐か」


街道は王国の血管。


“流れ”の破壊を許せば、信頼は腐りはじめる。

そのまま腐れば、理念政治は根から崩れていく。


彼だけが“未来のほころび”を形として把握していた。


断片が“真実”になった瞬間。


マサヒトは、“理性の刃”で断片を繋ぎ合わせ、情報を一つに束ねる。


市場の歪み報告──ワルター(物流)、

制度の異常報告──アーサーン(制度)、

周辺感情の観測──コマ(噂)、

街道の現場──影、警備隊(現場)。


の情報が一括して届き、彼はいつもの軽薄の仮面の裏で判定する。


「こいつはぁ、クーサン程度の木っ端地方領主単独での動きじゃねぇな。裏で便乗か、最初から共闘かはわからない。が…、最低二つか?こいつは理念破壊の『初手』だ。」


 クーサンの火種を補助した奴がいる。二つ、もしくはそれ以上の敵対勢力が関わっている。


「さて、ここからは仕事の時間だ。相手が本気で来たなら、俺も本気で返させてもらおう」


 軽薄を止めたマサヒトの周囲の空気が張り詰める。


そして“理念への攻撃”として扱うよう王に判断を仰ぐ報告書を作る。


四つの視点の齟齬は補完すると、

“理念破壊の構造”を如実に整形していく。


そして報告書を作る。

感情を煽らず、しかし核心だけを突く文体で。


その封筒は、王の机に置かれた。


『至急。王の判断を仰ぎます。

 この事件は“理念破壊の企図”です。』


この瞬間、いまだ噛み合っていなかった四方向の視点がようやく一つの線上に並び始めた。


 信頼を感情基盤とする理念の王国の“最初の衝突”が今、幕を開ける。



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