胎動する悪意
青年王ファウストの言葉が広場に響いたその時、
同じ空気を、まったく別の温度で吸い込んでいた者たちがいた。
彼らは決して群衆には紛れない。
しかし表には出ない程度に“確かにそこにいる”存在たち。
それぞれがそれぞれの理由で、ファウストの登場を“脅威”と受け取った。
◆廷臣連盟:反逆の王冠
前王時代の特権で肥えてきた廷臣たちは、静かに集まっていた。
彼らの部屋は豪華だが、そこで交わされる言葉は冷たく乾いている。
「あの若造が“民の信頼”などと口にしたのは聞いたな?」
「聞きましたとも。あれは危険です。
民草が目を覚ませば、我々の立場が揺らぎます。」
「……困る。非常に困る。」
彼らは王に忠誠を誓っていたつもりはない。
忠誠を誓ったのは“自分たちの特権”であり、“立場の保障”であり、“甘い蜜の流れ”だった。
それを脅かす者が現れたと理解した瞬間、
彼らの反応はただ一つ。
「青年王を“統治の未熟者”と見なす文書を作れ。王評議会へ正式に提出する。
まずは王の足場を法的に揺らすのが先だ。」
別の廷臣が、ひどく柔らかい声で言う。
「評判が落ちれば、その後は自然と崩れます。
民心を取る? そんな夢物語、潰すのは簡単ですよ。」
反逆の王冠は早くも“制度を利用した静かな圧迫”の準備へと動き出していた。
◆暗殺者ギルド:通称L.O.S.T
正式名称∶そっと消える静かな引き金
表の商会ギルドの裏で息づく影の組織。
彼らは力を金に変え、金を命令に変える者たち。
組織の頭領は、細い声で呟いた。
「青年王、か……。
正直に言えば面倒だ。規律を持ち込む王は、裏の飯の種を潰す。」
側近が問う。
「動かしますか?」
「いや。いま刺せば、王側の誰かが“必ず気づく”。あの若い王、妙に勘がいい。
しかも今日、会場に“戦場慣れの鉄臭い鋭い目”をした男がいた。」
(※これはマサヒトのこと)
「まずは王の周囲の“空白”を探せ。
誰が近くて、誰が遠くて、誰が裏切りやすいのか。
王に刃を向けるなら、王の手を離れたところがいい。」
闇に潜み闇に消える影の者たちは「今ではない」と判断した。
それは逃げではなく、戦略。
彼らはすでに“王が最も隙を作る瞬間”を探し始めていた。
◆地方領主クーサン:蠢く私兵
遠く離れた領地の城館で、
小太りの地方領主クーサンは、怒りで顔を赤くしていた。
「王が民と話を? ふざけるな!
民と対話する王が生まれれば、領主の権限が薄まる!」
膝をつく家臣が怯えながら問う。
「……では、どうなさいますか?」
「決まっておる!
“王は地方の実態を理解していない”と噂を流す。
私兵たちには、街道での小競り合いを“王政の失策”に見えるよう仕向けろ!」
「ですが……王の新体制が固まれば、逆効果に──」
「固まる前に潰すのだ!
青年王はまだ若い。揺らせば迷う。迷えば権威は地に落ちる!」
クーサンは、自分の利益のために国を乱すことに何の躊躇もない。
王を倒す気はないが、王を“弱らせ続けたい”。
その動きはやがて、国中の不満を煽る火種になる。
◆宗教派《再光会》──沈黙の裁定者
神殿の奥深くで、祭司長たちが膝を揃えた。
「青年王は“信頼は人の間に生まれる”と言ったそうだ。」
「それは……神の前に人の意志を置くということですか。」
「神の名に基づく秩序が揺らぐ。」
彼らは表向きは温厚。
だが“教義の権威”を揺らす存在には、とてつもなく冷酷だった。
「王は敵ではない。だが、“教義の上書き”だけは許さぬ。
まずは王に近い者へ接触し、神の意志を軽んじるなと釘を刺す。」
「逆らえば?」
「その時は神の名において“奇跡”を起こすまでだ。」
言うまでもなく、それは政治的圧力を意味していた。




