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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
6/24

齟齬と調律と

 あの“公開質疑”の数日後。


結果的に彼らは同じくして青年王ファウストの元に引き寄せられるようにして集まった。


朝の薄光の中、

ひとり書類を前にしている青年王ファウスト。


 王の執務室に入った知識者コマは静かに周りを確認する。


「ふむ…」


王の背後の部屋の梁に座っている、

いかにも軽薄そうな、だが近寄ると危険だと本能が警告してくる青年。


先にソファーに座ってニヤリと笑いながら書類を整理して値踏みするような商人。若くしてギルド代表に収まったワルター殿だったか。


確か相当な切れ者と噂のある商人だ。


後から入ってきたのは誠実さを絵に描いたような眼鏡をかけたアーサーン。


前王の制度を民草へと知らしめる行動力と制度の精密さは目を見張る才を感じていた人物である。


「王は、ずいぶんと求心力がおありのようですね。」


 これは正式な任命などではない。自分も含めて全員が全員、各々の価値観から判断した結果の収束。


つまりは試験的な「接触」の場。


 王は我らを何者として扱えばいいのかすら掴めていない。私も、集まった彼らも互いの意図を知らないまま同じ空間に放り込まれている状態だ。意見と思想、必ず齟齬と衝突が起きる。


 さて、青年王ファウスト。


 我らを“使いこなす”事はアナタにできるか…。


沈黙を割って場の空気は動き出す。


「…皆さん。

私には、国を動かす力はありません。

けれど、国を動かす“意志”なら確かにここにあります。」


心臓がある胸部を拳で叩きながらファウストは静かに言った。


四人の視線が、若い王に向く。


「だから、どうか力を俺に貸してください。地に根を生やした制度を整え、民が笑顔で暮らせる未来を共に作るために。」


マサヒトが笑い、

ワルターが値踏みするように目を細め、

コマが興味深げに頷き、

アーサーンが静かに胸に手を当てる。


最初の衝突がさっそく生まれる。

「手段と秩序」の価値観の真正面の食い違い火花を散らす。


「この部屋の死角、全部確認しとかねぇと落ち着かねぇ」


 ファウストがゆっくり席につくと同時に、マサヒトはすでに部屋のどこかの影へ消えていこうとする。


「…まず、勝手に姿を消すの、やめてくれませんかね?」


 咎めるように書記官出身のアーサーンがマサヒトの行動に眉をひそめる。


「おい、真面目メガネ。王の安全確保が最優先だろうが。

手段の順番なんざ後で並べてろ。」


「…順番を崩されると記録が取れません。制度は連続性で成立するのです。」


二人は双方に譲れない。威圧の一撃と重みのある一言で場に沈黙が落ちた。


「…制度に殺される王なんざ俺様は見たくねぇ。以上。」


アーサーンは黙り込む。


“手段は汚れても結果を取る男”と“透明な制度で積み上げる男”。

価値観が正反対で相容れない。


しかし二人の衝突にファウストは面白いほど動じず沈黙を切った。


「なるほど、結果優先と経緯の透明化の衝突か、答えはどちらも必要だと思う。


制度は俺の背骨だが、命がなければ背骨もどうもない。」


ファウストの言葉に、マサヒトもアーサーンも動きが止まる。


初めて、“自分の領分を否定されていない”と両者とも理解した。


「ほほぅ、こう収めるのか。ならば…こちらはどう収める?」


チラリと執務室のソファーに座る商の天才を相手に定める。


彼も理解してる様子でニヤリと笑い返してきた。


これはつまるところ「現実主義と理論主義」の衝突だ。


 口火を切ったのはワルター。資料の束を置くなりファウストに言った。


「王よ、現状の収支と税流を整理しましょう。理想論の前に現実を見ないと国が死にます。」


すると、流れに乗ってコマが静かに言い返す。


「数値は現象でしかあるまいて。あの日、王が語った“公開と信頼”は制度理論の再構築を要求していると私は判断したぞ。数字だけでは語れん。」


反対側から正論で揺さぶる。


「はは、その理論はメシを食わせてくれるのってのか?」


ワルターも引かない。


「家計単位、個の食事しか見ない者は国家構造が崩れても気づけん。」


当然の指摘にワルターの眉が跳ね、コマの目が細まる。


お互いに信念の置き所が違う。方向性は同じ“王の成功”なのに、注視点がまるで違う。


若干、本気の言い合いになったところで

ファウストが口を開く。


「なるほど…できるか?

数字を土台に制度を組み直す、という複合の設計。」


その瞬間、ワルターとコマの視線がぶつかる。


どちらも気づいた。

───王は“片側に寄らない”。

───両輪で走ろうとしている。


コマは薄く笑う。

ワルターも小さく息を吐く。


矛を下げたのではなく、

“王が二人を同時に必要としている”と理解した。


ワルターはさらに王を見定める。


俺の商機で問題になるのは…、

「危険」と「利益」のすれ違い。多分、アイツが一番相容れないだろう。付き合ってもらうぞ影の兄ちゃん。


 コマが一旦引き、続いてワルターが経済の危険性を説明している間、マサヒトはほとんど聞いていない。


だが、危険分野への信念はマサヒトを揺らす。


「ファウスト王、優先は危険排除だ。今、説明された数字の半分は、生きてりゃ後回しにできる。」


ピクっと琴線に触れる。ワルターは書類を机に叩く。


「そこの影の兄ちゃんがそうは言っても、生きてるだけじゃ政治は回りませんよ。民の生活、市場が死ねば国が死ぬ。王の政策が寝言になります。」


「市場は俺様が守ってやる。だが王の命の次だ。」


「だから順番が逆でしょうが。」


彼らの言葉がぶつかる寸前、ファウストが低く言う。


「……俺が死んだら数字も危険も残る。

だから、お前たち二人で“順番を調整”してくれ。」


調整──

命と経済をどう噛み合わせるか。


ファウストのこの言葉は、

二人に“組まされている”感覚ではなく、


自分だけでは届かない領域があるのだと

静かに突きつけていく。


有意義だった。


四人の人となり、信念と核を理解したファウストが全員の衝突を見て、“結論”を出す。


「君達四人は、互いの欠点を潰し合ってこそ機能する。

俺は君たちを使いこなせない。

だからまず──

“俺にアナタ方の視点を教えて”ください。」


この言葉で、四人はようやく理解する。


・マサヒトは即応性と非常時対応の補完

・ワルターは利害計算と現実最適解の補完

・コマは思想と軍略、制度の上位構造の補完

・アーサーンは記録・実務・制度運用の補完


そして、

――王は“誰の上にも立たない”。

――四人を同列の軸として扱い、統合しようとしている。


だからこの瞬間が、

四人が“初めて同じ方向を向いた”調律の始まり となる。

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