古き者の終わり
公開応答会での、あの存在感…。あの宣言、あの王は駄目だ。
理想を語り、そして否定するどころか肯定、問題の争点を一段上に引き上げて責任を持って推し進める。
ゼロ王とは明らかに違う。未熟さを唄いながら、我らの利権は確実に削り取られ“正しい”世界へ引きずり出される。
認められるか…、せっかく何十年とコツコツと積み上げてきた私の牙城を食い破る害虫め。
あの日から、追い詰められた旧貴族層の利権の亡霊“反逆の王冠”は、制度の悪用をさらに過激にさせていく…。
王都近郊の貴族街。
その日、反逆の王冠の領袖、ヴァルトス伯爵の屋敷では、祝杯が挙げられていた。
彼らは、自分の管轄する領地でわざと導入実験が始まった信頼可視化を可能にする投影水晶球の雛形の「信頼指数」に細工を施した。
民がどれだけ善行を積んでも指数が下がり、逆に悪行が推奨されるような「偽の数値」を発信していた。
数値化システムを混乱させることで、「ほら見ろ、王の仕組みは機能していない」という実例を強引に作り出そうとした。
結果は、実に上手くいった。仕掛けた「数値の改竄による制度破壊」で民達の不安と緊張が高まり、実に良い市場が領内に誕生している。
「人の徳は測れない、だから数値化は必然的に偽善を生む」
これは理想の生み出す必要悪、社会構造の勉強ですよ陛下。この世界は、人は善悪だけで構造されていない。
要は制度を破らず、改竄で少しズラせばバレやしない。
あの王は大海を見て足元は見ないはず…。森の状態を見るが木の一本一本を見ていられないと言った。
だから、一本一本の木の中から腐らせれば良い。気付かないスレスレで少し歪ませ、笑顔の仮面でご機嫌取り。
「見ろ、王の作った『信頼の仕組み』など、この程度の不具合で地獄に変わる。民衆が暴動を起こすのも時間の問題だ」
だが、その祝杯のワインが喉を通る前に、屋敷のすべての魔術灯が消えた。
暗闇の中、広間に淡い青光を放つ投影水晶が浮かび上がる。そこにはアーサーンの冷徹な顔があった。
「……ヴァルトス伯爵。あなたが昨夜から行った全34件のパラメータ操作、すべてログを回収しました。」
側に控えていたツバキがアーサーンの言葉を繋ぐ。
「ヴァルトス、貴殿が『不具合』と呼んだものは、我が監察局の疑似信頼核に記録された、貴殿の『処刑台への署名』に他ならない」
背筋を伸ばす水晶球の中の内務長と監察総括の言葉を聞いて持っていたグラスが手から落ちて、割れて中身が床を染める。
「な、なんだと……!? バカな、記録は消去したはずだ!」
映像の中のアーサーンはメガネを定位置に整えて、返答する。
「私は、不完全な人間を信じていません。必ずミス、間違いは起きることを前提にしています。ですから、貴方が書き換えることを前提とした『二重螺旋式記録』を雛形の水晶球に仕込んでおいた。……つまり、あなた方の負けです」
その言葉を皮切りに、場に集まっていた反逆の王冠派の動揺する貴族たちの背後から、影が伸びる。
マサヒトが、ヴァルトスの愛用していた“最高級の椅子”にいつの間にか座っていた。
「よぉ。貴族のお偉いさん、数字遊びは楽しかったか?」
にこやかにヴァルトスを挑発するような口調で語りかける。
「王の影マサヒト……! お前、なぜここに……衛兵は何をしている!」
「衛兵? ああ、外の連中なら、とっくに『沈黙の引き金』の連中が新しい仕事(掃除)の練習台にしてるぜ。……あんたら、やりすぎたんだ。王の制度を汚す気概はいい。道理が通っていれば、俺様じゃなく表でファウスト様が対応するだろう…。だが、『民が互いを信じようとする気持ち』を数値で弄んで、絶望させた。それが陛下の、そして俺様の逆鱗に触れたんだよ」
マサヒトが指を鳴らすと、天井から沈黙の引き金の精鋭たちが音もなく降り立ち、貴族たちの逃げ道を完全に塞いだ。
そして、屋敷の扉が開き、ファウストが一人で入ってくる。護衛もつけず、ただ王の風格だけを纏って。
「陛下! これは……これは誤解です! 制度の不備を確認するためのテストでして……!」
ファウストはヴァルトスの前で立ち止まり、その目を静かに見据えた。
「ヴァルトス伯。私はかつて『未熟ゆえに、間違いを正す速度は速い』と言った。……覚えているかい?」
「あ……」
「君たちは、私が『寛容』であると誤解した。だが、私の信頼は“悪用する者”に対しては、最も鋭い刃になる。」
わずか1秒に満たない、一瞬の憐憫の表情。目を閉じて覚悟と向き合い、ファウストは懐から一通の王命書を取り出し、床に落とした。
「本日をもって、反逆の王冠派に連なる全12家を廃嫡、全財産を没収。そして――」
王の目が、初めて氷のように冷たく光る。
「『信頼の国外』への追放を命じる。これは、信頼記録核が君たちを『人』として認識しなくなる刑だ。フェルシア王国では、どの街の扉も開かず、どのパン屋も君たちに物を売ることはない。……それが、君たちが弄んだ数値の結果だ」
「それは、実質的な国外追放では…。」
人を数字の駒として見てきた自分がパンも売って貰えず、言葉も聞いて貰えない未来を想像して絶望が視界を覆っていく。
泣き叫び、縋り付こうとする貴族たちを、マサヒトが冷たく一蹴する。
「あはは、王様は優しいからな。殺しはしねぇ。……だが、俺様はそうはいかない」
マサヒトはヴァルトスの耳元で優しく囁いた。
「追放された後のあんたらの背後に、ずっと『沈黙の引き金』がついてると思え。……二度と、王の視界に汚れを散らすなよ」
その夜、王都の灯りは一度も揺れることなく、反逆の王冠派という「古き癌」は完全に摘出された。




