影の精算 ―黒い刃と、消えない影―
公開応答会…。あれから数ヶ月たっただろうか…。
王都ラージル、廃棄区画。かつては織物工場だった瓦礫の山に、月の光が鉄錆のような色で降り注いでいた。
そこには、マサヒトの「再定義」を拒絶し、裏で『反感情派』から流された“虚無の毒”を飲んだロストの『黒刃派』の者たちが集まっていた。
「……来たか。王の飼い犬」
暗がりに、三つの人影。
中心に立つのは、沈黙の引き金の中でも随一の速さを誇った女暗殺者、『黒刃』の懐刀『死音』。
その両脇には、感情を遮断する呪具を埋め込んだ実験強化兵が控えている。
マサヒトは、壊れた鉄扉を蹴ることもなく、ただそこに“いた”。
「…飼い犬じゃねぇって言ったはずだぜ。……お前ら、目が濁ってる。何か決めちゃってる?」
「“正解”よ。マサヒト。制度と感情の両輪なんて理想論、不安定なものを燃料にする王に、未来はない。私たちは、この国を『静かな死』によって救う方々と契約したわ」
『死音』が抜いた双剣は、光を反射しない。反感情派が提供した、周囲の熱量を奪う「虚無の刃」だ。
「そうか。……なら、話は終わりだ」
説得は既に無意味。獲物を構えた時点で答えは決まっている。
『死音』が動く。その速度は常人の視覚を置き去りにし、一瞬でマサヒトの喉元に刃が届く。
――ガツッ。
金属音が響かない。マサヒトが懐から出した鈍色の小太刀が、シオンの刃を「吸い込む」ように受け止めた。
「速いな。だが、軽い」
「……っ!?」
評価ほどの驚きの声色ではなく、ただの軽口に近い。睨みつける『死音』。
「さよならだ…」
マサヒトの殺気が膨れ上がる。それは怒りではなく、深い夜の底に沈むような、逃げ場のない重圧。
両脇の強化兵が連撃を繰り出すが、マサヒトは最小限の動きですべてを躱す。まるで、彼らがどこを斬るかを「数分前から知っている」かのような動き。
「俺様や、お前ら暗器ギルドみたいな『影』の牙は、誰かを守るために研ぐもんじゃない。……だがな、誰かに安売りして、売るもんでもねぇんだよ」
マサヒトが踏み込む。
強化兵の一人が声を上げる間もなく、その首筋にマサヒトの手刀がめり込んだ。
骨の砕ける音さえ、マサヒトの纏う「沈黙」に掻き消される。
「『死音』。お前は『黒刃』の期待の星だった。……だから、俺様が直々に引導を渡してやる」
「…っ…黙れ! 感情を捨てれば、誰も傷つかなくて済むのよ! あの王の理想に付き合わされて、死ぬ必要がなくなるのよ!私には手を汚しても摑みたい世界がある!!」
『死音』の絶叫。それこそが、彼女がまだ「感情」を捨てきれていない証拠だった。
彼女の刃が、捨て身の一撃としてマサヒトの心臓を貫こうとする。
マサヒトは、避けなかった。
刃が彼の肩を数センチ裂く。
…ほんの一瞬だけ、マサヒトは微笑んだ。傷口の痛みと殺気、冷徹な眼差しが『死音』を見据える。
そして、傷を負わせた代償に、マサヒトの指がシオンの額に触れた。
「……あ」
指先から流れ込む、圧倒的な“熱”。
マサヒトが今まで抱えてきた、ファウスト王への敬愛、そしてこの国を汚させないという狂おしいほどの執着。
反感情派に利用され虚無で塗りつぶしていた『死音』の意識に、それらが濁流となって流れ込む。
「……ああぁ……あ、あぁああああぁぁ!」
『死音』は膝をつき、自分の頭を抱えて悶えた。感情を遮断していた器が、本物の「情念」に耐えきれず、内側から壊れていく。
「あぁあああ……み、認め…な…。私は…いつか……」
断末魔で顔をぐちゃぐちゃに涙で濡らす『死音』。
そばで見送るマサヒトの表情は固定されていた。
数分後。
動かなくなった三人の遺体を前に、マサヒトは自身の肩の傷を無造作に布で縛った。
「……無駄死にだな」
闇の中から、『朧月』と『外縁』が現れる。彼らは戦いのすべてを見ていた。
「『黒刃派』の離反者、おおむね処分したか」
『朧月』の声には、一抹の寂寥感があった。かつての仲間を、王の盾に殺させたのだ。
「ああ。……これで『沈黙の引き金』の中身は、ひとまず『王の穴』を埋める組織に塗り替えられたはずだ。不満がある奴は、今のうちに言え」
マサヒトが二人を射抜くような視線で見やる。
『外縁』は肩をすくめた。
「文句はない。……あの女の死に顔、泣いてたな。感情を捨てたはずなのに」
「皮肉なもんだ。……ロストの再定義、第一段階完了だ。これからは表の『八柱』が光を整え、お前らが闇を管理し、影を整える。……きちんと道理を通せばどう動こうと許容するが、道理からはみ出した奴は、俺様がまた掃除する事になる…。俺様の軸は王だ。そこは覚えておけ」
頷き、ついでに『朧月』は商品を提示する。
「売り手、唆した奴の尻尾はいるかい?」
「予測はある程度な…。その商品の質は良いのか?」
「ぁぁ、上層だけなら高品質を保証する。」
「…上等だ。なら、それなりの対価で買ってやる。良いねぇ、持ちつ持たれつって奴は…」
マサヒトはそう言い残し、夜の帳に溶けるように消えた。
翌朝、王宮の執務室。
ファウスト王が窓の外を眺めていると、マサヒトがいつものように音もなく現れた。
「……肩を怪我しているのか?」
「ああ、これか? 昨夜、デカい野良猫に引っかかれちまってね」
マサヒトは欠伸をしながら、嘘をつく。
「そうか…。」
その言葉と表情で“真実を”気付かれていると、マサヒトは察してしまった。ファウストは、そのうえであえて何も追求してこない。
……それが、王と影の信頼だった。
ファウストは、ただ一言だけ感謝を伝える。
「……無理はするな。お前がいないと、私の『現実』は見通しがきかなくなる」
「……柄じゃねぇな、王様」
マサヒトは背を向け、一瞬だけ目を細めた。
王に血の匂いを嗅がせない。王を汚さない。
そのために、自分はいくらでも同胞を斬り、罪と嘘を重ねる。
王は光を。俺は闇を。
その役割分担が、この夜、さらに強固なものとなった。
夜は深く闇を纏って更けていき…、そしてまた次の朝が王国を明日へ連れて行く…。




