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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
24/24

王国の“闇”の部分懐柔

 王都裏区画。腐食した水路の上にかかる鉄板の足場。


本拠地、元の無灯の廓をマサヒトに特定され居を変えた直後だ。


 ロストの幹部会議は、灯りも魔術灯も使わない。


音を殺すためだ。


沈黙を破ったのは、落ち着いた声の男『灰縫』だった。


 応答会に差し向けた構成員からの報告を受ける。

隅で『黒刃』は忌々しげに沈黙を貫いている。


「……で、どうするんだよ。王が“未熟を認めた”って宣言したんだ。あれで『語り部』の物語は相殺された訳だ」


別の声『灼滅』が苛立ちを隠さず噛みつく。


「だから何だ。所詮は綺麗事だろ。信じるだけ無駄だ。王の言葉で民が全員改心するなら、俺たちは最初からここにいねぇ」


三人目の影『残光』が言う。


「……だが王は“失敗するまで完全公開”の姿勢だ。官僚も貴族も、もう逃げ場がない。

 実際に最近取引が減っている。官吏買収の単価も上がっている。


 あれが数ヶ月も続けば、我々が利用してきた“闇”の入口が減る」


沈黙。


そこに、柔らかく入り込む声。

マサヒトだ。


「減るというより、変質するだろうね。

 穴自体は消えていない。ただ、別の形になって開くだけだ」


全員がわずかに姿勢を変える。

拠点を変えた。だが…無意味だった。


 ロストの判断基準でマサヒト自身が脚光を浴びることはない。


 だが、“最も危険な王の盾”と認識されている。


 マサヒトはこの場に免れざる客だと知りながら、飄々と来訪し、壁にもたれかかり明かりのない空間を指で描くように言った。


「王の方針は強い。あれは“正面突破の統治”だ。ただし、強い統治は必ず副作用を生む。監視強化、情報の透明化、責任の明確化…。


 こういうものは、王が考えているよりずっと早く組織を疲弊させる」


幹部の一人『灰縫』が眉をひそめる。


「……それは、つまり我々に有利に働くってことか?」


「半分はそう。半分は違う」


マサヒトの声は静かだが、逃げ場がない。


「このまま王が本気で持続すれば、ロストの旧式のやり方は十年も保たない。いや早ければ数年…。だから方針は見直すべきだ。


 “王への敵対”ではなく、“王の政策の穴を専門に扱う影組織”へ。」


空気がざらつく。


それは裏切りの匂いではない。

“何かが変わる予兆”のざらつきだ。


 頭領の『朧月』が低く笑う。

「我らに…王の犬になれと?」


「違うよ。飼い犬じゃない。犬は吠えることが仕事だ。君らは吠えない。ロストは“野生の嗅覚で獲物を選ぶ獣”だろ。自分の餌場は自分で決める。噛む場所は自分で決める…。それは野生の牙、違うか?」


 手で噛みつく真似事をしながら、マサヒトは淡く笑った。


「要は、役割の再定義。王が“光を整える”なら、俺様と近しいアンタらも“影の形を整えろ”。って事だ。


 これは対立じゃない。棲み分けだよ」


側近の幹部『外縁』が呟く。


「…なるほど、反感情派共への対抗にもなる。奴らは、あの手この手で影を真っ黒に塗りつぶしに来ている。『語り部』

の牙同様、ロストの影が“組織としての公益役”を担えば、奴らの物語が噛み合わなくなるか…。」


「ご明察…。」


マサヒトは肩をすくめる。


「反感情派は“信頼か疑念の二元論二色刷り”をやりたがってる。

そこに第三色目を混ぜれば、やつらの理想の対立構造は自壊する」


少しの沈黙。


最初に反発していた『灼滅』が舌打ちした。


「ああもう……わかったよ。ファウストがどこまでやるか、見てやる。

 その上で、“影の役割”を引き継ぐか決める」


その時、マサヒトは珍しく笑った。

 反抗ではなく“再定義”を即座に理解できる者は、どんな時代でも生き残る。


「判断が早い。そういう人は残るよ。」


 ロストが死ぬか進化するか、分岐は近い。

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