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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
23/26

公開応答会・本戦

─フェルシア王国王都ラージル。民衆大集会場・大広間─


 その日、大広間は熱ではなく“緊張の粒子”で満ちていた。


感情結晶は揺れ、空気には微細なざらつき。

観衆のざわめきは雑音ではなく、どこか拍子が乱れている。


……第三波の“遮断紋”、微弱起動中。


ツバキは入口の柱に手をかざし、小さく眉を寄せる。


「……感情の“揺らぎ”が不自然ね。誰か流してるわ。」


 アーサーンが眼鏡の奥で状況の分析を開始する。


「微弱ですが、確かに……。空気の応答速度が落ちている。」


 その最中、ファウスト王が入場した。


若い王の足取りは重くない。

“覚悟を置いた者の歩み”だった。


会場のざわめきが不自然に揺らぐ中、ファウストは会場を見渡していた。


 神殿系の観衆が無垢を装って祈りの手を組む。


 ディークラウン派は“平民”を演じ、質問札を握っている。


 吟遊詩人数名が筆を走らせる。


 観察できる範囲の違和感はその辺だ。あとは俺の認識の外───暗器ギルド“ロスト”の観察班辺りが暗躍しているのだろう。


壁際で沈黙して佇むマサヒトが確認できた。


この空間、意図を持つ全員が“別の目的”で来ていた。


 ファウストが壇上に立つ。戦場は整った。


司会官吏「──では、公開応答会を始めます。」


まずファウストは司会官吏に手を上げ、発言権をもらう。


「さて…今日、私は現在の国の真実を語る。

真実が晒されるのを怯えるためではない。

心を失っている者ほど、光に近づけば自ら曝け出すからだ。


誠実な者にとって、公の場は安全だ。

偽りの者にとって、公の場は毒になる。


だから私はここで語る。私は虚構を追わない。


信頼は、牙を“浮かび上がらせて”、裁くだけだ。」


ファウストが応答会開始の宣言で、まずは表情と言葉で空気を掌握した。


まばらな拍手が、だんだん大きくなり、そして応答会は始まる。


そして、最初の質問が投げられた。



◆第一撃:神官の偽装質問


神官の一人が装った無垢な声で口火を開く。


「陛下…。なぜ、一領主であられるクーサン様のように“直接”民を助けないのですか?


 我らは王には国の英雄として直接、手を差し伸べて欲しかった。


 クーサン殿が尽力していた間、陛下は…どこにいらしたのですか?」


ざわっ。


『語り部』側の“教科書どおり”の一手。

ただし、感情の遮断紋が空気を固めているため、ざわめきが想像以上に揺れず“広がらない”。


奇妙に局所的な騒ぎになっている。


(本陣の反感情派の方々、便乗して私の波に次の波を被せてきましたか…。ふむ…)


 『語り部』は群衆に紛れ、無言の考察を心の中でのみ行う。その表情や仕草は余りにも自然と群衆に溶け込んでいる。


 言葉の浸透速度に違和感を感じ取ったが、ファウストは全体を読む。


ファウストは、答える前にわざと一拍おいた。


(遮断紋の働きで空気が沈む──沈殿した静寂は言葉を流し込む器になる。


 敵の黒幕“反感情派”の第二波への便乗した第三波の攻撃が、この“感情の浸透遮断”であるのなら、


 逆に利用させてもらおう)


 “静けさ”が場をゆっくり覆う瞬間を待つ。言葉を落とす機を見つけ、すかさず差し込む。


「……あなたの疑問は、当然のものだと思います。」


ファウストの静かな返答に神官は、眉をひそめる。


 王のこの答え方はこちらの用意した罠の型から微妙に外れている。


「正直、私が救えた村は、クーサン殿が救われた村より少ない。その通りです。私は彼を否定しません。」


ファウストの肯定に会場が、止まった。


“否定してこない王”…これは、最も厄介な…。


『語り部』の物語構造の“最初の歯車”が、いきなり噛み合わなくなった。背筋に、初めて冷たい汗が伝った。


「しかし、私は王です。一つの地方、一つの村を救って英雄になるより、五百の村が“二度と救わなくても大丈夫なようにする仕組み”を作るのが、王の務めだと思っています。」


 大広間の感情結晶がぱち、と弾ける音。


 ツバキは拳を握り、小声で隣のコマに告げる。


「…乗ったわね、コマ殿の作戦に。」


コマは淡々と腕を組んでツバキに応える。


「…全部乗る必要はない。優先するのは“物語の主導権”の奪取。本質を王は見えている」


◆第二撃:ディークラウン派の挑発


 旧王政から脱却できない汚職宮廷臣下達の用意した偽りの平民が手をあげる。


「じゃあ聞きます!


 未熟な王であるあなたに、そんな大層な改革ができるのですか!


 この場合、若さは罪です!

 国は長老の知恵で統治すべきでは!」


これは、旧貴族圏が流している“若さ=軽率”の物語そのものだ。


しかし──

その瞬間、空気に異常が起きた。


感情結晶の一部が一斉に“無色化”した。


ラシュマが息を呑む。


「……これが、第三波。」


アーサーンは感情結晶から揺れ幅を計測して集積していく。


「空間の共感反応が落ちています……!

 一部観衆の“感情同調”が起きない!」


つまり、質問の煽動効果が薄くなる。


だが、観衆は気づかない。


 感情遮断紋の術式は“欠落”を演出するだけで、誰もそれを攻撃と認識できない。


 その性質を読み取ったファウストはその違和感を逆手に取った。


「ええ、私は未熟です。」


 王は反発もせずに未成就さの肯定に乗る姿勢に質問した偽りの平民は思考停止に陥る。


「……は?」


 二の句を紡げない平民。

 

 その様子にファウストは頷き、言葉を続けて良いと肯定された事を確認して言葉を紡ぐ。


「私は未熟です。ですが“だからこそ”、古き老練の王よりも多く改革できます。


 若い王が“間違いを正す速度”は、古い王の何倍にもなります。」


会場、静まる。


ファウストは一気に攻勢に打ってでる。


「だから私は、私は自分が未熟であることを、民と行政に公開し、補うために八つの才能の柱と議会を使います。一人で賢者のふりはしません。」


この瞬間──語り部の“若い王の軽率さ”という物語が完全に崩れた。


コマは満足げに目を細める。


「構造の正当性を“透明性”と“分担”にすげ替えた……。完璧ですね。」



◆舞台の裏側:ロストの内部割れとマサヒトの介入


大広間の裏通路。


『黒刃』派構成員の『灰の七』は手をあげる。


「あの王、“強度”ブレねぇな……。これじゃ仕掛けの意味がない。」


『外縁』派構成員『藍の六』が『灰の七』の発言を否定する。


「逆だ。あれだけ“物語トラップ”が仕込まれてるのに、軸が折れない王なら、利用“価値”がある。」


不穏な空気の中、マサヒトが音もなく現れた。


「議論の続きは、外でやれ。ここは王の場だ。」


 余りにも軽薄に雑に対応される事に憤慨したいことは山々だが、この男は…。


「…チッ。“王の影”か。堂々と我らの前に姿を見せるとはいい度胸だな。ロストを懐柔する気か?」


 嫌な汗が走る中、やっと皮肉だけは返す『灰の七』。


「違う。“王がどう揺れるか観察したい”なら忠告する。いや助言か?


 アイツは揺れねぇぞ。


 あの男は、お前らが思ってるより“折れねぇ”。」


マサヒトの断言に『灰の七』は二の句を告げられず、代わりに『藍の六』が対応を代わる。


「…だから、お前は我らの一部を懐柔したのか。」


 マサヒトの殺気の圧力にやっとの思いで対応するロストの一般構成員『藍の六』。心の中で荷が重いと諦めの境地を見た気分だった。


「お前らの“データ収集”に、王は利用させねぇ。それだけだ。」


 ロスト二人は互いに視線を交わし、沈黙。


“王を揺らせないなら価値が変わる”。

そこに初めて“ロスト側の自省”が生まれる。



◆第三撃:『語り部』の核心質問


『語り部』の子飼いの吟遊詩人が、切り込む。


「ファウスト王。

 あなたが言う“構造改革”を優先するという方針は理解しました。


 であるのなら、国民が本当に望んでいるのは、


“英雄が救ってくれる物語”


 ではなく、


“仕組みで救われる現実”


 だと、あなたは言い切れますか?」


空気がピシッ、と張り詰めた。


 この質問こそ、この本戦の本筋の敵対勢力『語り部』の“核心”。


つまり、物語 vs 現実 の問い。


 普通の王ならここで詰む。八柱も主要敵対勢力の面々も息を呑んで状況を見守る。


その中で、


ファウストは静かに、しかしはっきりと答えた。


「いいえ。私は言い切りません。」


広間全体が大きく揺れた。


感情遮断紋が揺れ幅に耐えきれずに掻き消えそうになり、感情結晶は大きく鳴動する。


「民の心は、常に物語を求める。

 それを否定する王は、民の心を理解できない。」


『語り部』の吟遊詩人は目を見張る。


「だから、私は物語に勝つのではなく──

 “物語を担保する現実”を作ります。」


会場が静まる。


 第三波の遮断紋すら、微妙にノイズを失っていく。


「英雄譚が生まれる世界ではなく、私は

英雄が“不要になる世界”を作るのが、王の仕事だと断言します。」


「……これ、勝ったわね。」


 ツバキは緊張を解き、安堵の息を吐いた。アーサーンが勝ち誇った顔で応える。


「王は言葉で、その指針で『語り部』の物語構造の“根”を断った。」


コマは薄く笑った。


「陛下、完璧です。」


◆応答会の終了


質問者全体が沈黙した。


『語り部』も、ディークラウン派も、神殿も、反感情派すらも動けない。


王は、ただ静かに一礼した。


「…以上が、私が王として民に示すべき答えです。」


この瞬間、

『語り部』の第二波”は完全に無力化された。


しかし──マサヒトだけは別の方向を見ていた。


(…敵対勢力の本丸──反感情派ねぇ。お前ら、今日は本気で動かなかったが…次はなりふり構わず“本気”で来るな。)


 反感情派の第三の牙──物語でも理でも測れない、純粋な『感情の力を抑制、遮断する』力。これは無感情、あるいは虚無か。


“第三の牙”の影だけが、静かに残った。

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