牙・滲む第二波と八柱の覚悟
王城・応答会前夜。
ファウストの机上には、民意分析の資料が積まれていた。
語り部の第二波はすでに王城内部に触手を伸ばしている。
ツバキが報告する。
「……内部からの申請が増えています。“英雄クーサンに対して批判的な表現を控えるべき”という意見です。
官僚の間でも“クーサン批判=冷たい人間”という空気が出ています」
ファウストは眉を寄せた。だが、あえて沈黙した。
その横で、アーサーンが皮肉を混ぜた。
「空気の支配、ですな。
『語り部』は手が早い。倫理ではなく“好ましい印象”を入り口に民意を固める」
ムータラは手元の計算板を叩きながら、淡々と言う。
「王の政策のスピードを上げましょう。
物語の浸透速度は予測を上回っています。
放置すれば三ヶ月で行政内部の心理軸が傾きます」
シドは物言わず、腰の剣に触れた。
その刹那の仕草が、何よりも“覚悟”を語っていた。
守る対象を見定める軍人の手だ。
コマは資料を閉じ、短く言った。
「…統治理念、出すのですね。
王の“未熟の公表”は、政治的には危険です」
ファウストは頷いた。
「危険だ。
だが、語り部が語る“完成された英雄像”に対抗できるのは、私自身の“未完成を前提とした統治”だけだ」
その言葉を聞いた瞬間、八柱の反応は真っ二つに割れた。
だが、一行ずつ確実に“覚悟”が積み上がる。
ツバキは資料を抱える手の震えが止まり、背筋が伸びる。
アーサーンがため息ではなく、短く笑った。
「良い。物語では勝てませんが、理念では勝てます。私の制度で支えます」
ムータラは計算が一段と速くなる。戦略の“第二線”をすでに描き始めている。
シドが剣から手を離し、王の横に立つ位置を半歩だけ詰める。
コマは王の視線を受け、ほんの一瞬うなずく。その一瞬が、忠誠の形だった。
会議中は沈黙しているマサヒト。
応答会資料の地図。
クーサンの出身地を示す赤マーカー。
そこをマサヒトが指先で“トン”とタップする。
わずかに。誰にも気づかれぬほど。
ただ、コマだけがその指の動きを見た。
コマは何も言わず目を伏せ、資料に戻った。
だが、“予兆”だけは確実に刻まれた。




