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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
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質疑応答と集う光

フェルシア王国、円環都市群の中心、王都ラージルの巨大な公聴席を有する大広間。


 新王ファウストが“閉じた謁見”を廃し、民と官吏と領地代表を前に直接質疑を受けると宣言した日。


かつてゼロ王が恐れて避け続けた形式だ。


 場の空気が、ファウストが掲げたフェルシア固有の“信頼基盤”で揺れていた。


民の感情が場を満たすと、広間中央に置かれた感情結晶に模様が淡く脈打ち、微かに震える。


──今、その律動は乱れている。


まるで、大地が不安を噛みしめているかのようだった。


噂だけで広間はざわつくどころか、もはや“無秩序が発火する直前”と言ったところ…。


 感情結晶の揺らぎは“共振寸前”まで高まっていた。


 この日に、のちの三柱と一つの影となる者たちが、互いとは無関係にその場へ足を運んでいた。


──商人ワルター。

基本的に数字以外は信じない男。


 若い頃の苦い経験が鎌首をもたげる。


王や政治などに期待など微塵もなく、ゼロ王時代に散々味わってきた“王権の不確実性”を当然の前提としていた。


 商人ギルドの面々が苛烈な要求を叩きつけたときも、彼はただ眺めていた。


 心情は複雑、期待などはなからない。

 まぁ、聞くだけ聞いてやるか…。


 利得基盤”が感情結晶に混ざり、信頼基盤を噛み砕こうとしていた。


 「どうせ王が折れるか、逆上して潰すか───その二択だけだ。」


それだけ。


だがファウストは、驚くほど静かに言った。


「利益の追求は正しい。でも、民が食えなければ市場は死にます。あなた方は商権が欲しいのか、それとも生きた市場が欲しいのか。まず、その答えを教えてください。」


言葉はやわらかい。


だが“商人の計算式に直接切り込む刃”だけは異常なほど鋭かった。


ワルターはクルクルと回していたペンを止めて、笑った。


 こいつは…いや、商人の盤面が“見えてる”王だと?


 この王は値段がつく。しかも安くはつかない。


その瞬間、“利用価値ではなく、長期投資としての価値”を初めて王に見いだした。


 王の的確な返しに、感情結晶が穏やかな色を見せる。王の言葉に“揺れを修正する意志”を読み取ったのだ。


──知識者コマ。


 即位演説を遠くから眺めながら、民衆の感情を冷静に見ながら、誇大妄想にも近しい理想論に酔った青二才の若造──そう見えていた。


 初期改革案を「理想論に酔った若造」と断じ、その弱点を突く準備すら整えていた。


 試すつもりで、あえて厳しい質問を投げた。しかし、返ってきた答えは彼の予想を裏切る。


「あなたの懸念は正しい。危険な前例にもなるでしょう。


 ただ、前例は未来の可能性を狭めないために存在する。


 ならば──あなたの知識は、“未来を閉ざすため”にあるのですか?」


質問ではなかった。


これは、

知識そのものの“目的”を問う、逆剣そのものだった。


感情結晶の中で“前例の扱い”という概念に、信頼と理性が交差して混じり合った。


コマは思わず沈黙する。


 知の二面性まで理解して運用できる王とは?

 そんな存在、私の知る歴史の中でも稀…。


 この時、コマが抱いた動機は忠誠ではない。“観察したい”という純粋な学究の衝動だった。


──影のマサヒト。


 王宮の治安を裏から見張るため、物陰で静かに場を見ていた。


 公開質疑など、刺客を誘うようなものと鼻で笑っていた。


 だがファウストは護衛の制止を無視し、議論が最も荒れる地点に進み出る。


 おいおい、このガキは自分の立場を理解してない。危険管理も出来ない甘ちゃんかよ!!


 話し出す時は周りの悪意も見える筈だ。場に飲まれてすぐに降りるだろう。と高みの見物を決めた。


だが、荒れる地点で彼は…


逃げない。

怯まない。


 そのうえ、広間のざわつきを“呼吸一つで鎮める気配”すらある。


マサヒトは直感的に理解した。


 これは、恐怖に鈍いのではない。恐怖を“自分の位置取りの一部”として扱える男だ。戦場で隊の中心に立てるタイプだ。


 この王は、混乱の中心に立つことで周囲を安定させる“感情の調律者”だ。


 守らなければ死ぬ。放置すれば国が割れる。


だが、それ以上に──


 こいつは面白い王だ。


思わず拳が熱を帯び、笑みが漏れた。



 そしてアーサーン。


 先代王の時代からの文官である彼は、“誠実さ”など評価項目に入れていない。


見るべきは統治の骨格を扱えるかどうか、それだけ。


 広間は混乱し、利害が衝突した。

集まった各々の空気が熱を帯びて議論は壊れかけていた。


広間の感情結晶は激しく混乱し、信頼・利得・理性が互いにぶつかって乱流を起こしていた。


 ここは…普通の王なら沈黙、強権による鎮圧の局面。


 この王を判断するべき材料が足りない。果たしてどう出る?


そこでファウストが一歩前に出る。


「皆さん。落ち着いてください。まず三つ問題があります。


 税率、輸送網、そして責任の範囲。


 皆さん同じ言葉を使っていますが、話している内容は全員違う。


 今から順に整理します。」


 その瞬間、アーサーンの目は見開く。文字通り、メガネ越しに彼を見る目が変わった。


 これは…まさか論点で議論を再編するだと。これは王の器として想像以上の方だ。前陛下には絶対に再現不能だ。ファウスト陛下か…なるほど。


 誠実さではない。

 判断軸の質だ。


国家機構を回すために必要な“構造化の才”が、この若き王にはある。


──四人の結論は、別々の道から、同じ一点へ収束した。


ファウストは特別ではない。

だが、凡庸でもない。


“場を読み、核心に踏み込み、構造を整え、恐怖をも位置づける王”。


その資質こそ、前王ゼロの時代には存在しなかったもの。


四人は確信した。


この王を支えれば、国が変わる。

そして世界の形すら変わり得る。


そうして、四つの異なる光が、同じ王へと集い始めた。


 公開質疑の場が終わったとき、公開場の広間は奇妙な沈黙に包まれた。


 誰もが理解していた。


 今日を境に王国フェルシアは、感情基盤を変えた国に生まれ変わる。もう後戻りできない。


 青年王ファウストは、誰の期待にも媚びず、誰の恐怖にも屈さず、自らの言葉で“場”を制した。


 だがそれは同時に、あらゆる利害と対立を一身に引き受けるという宣言でもあった。


 国の信頼が揺らぐと、利得と恐怖が結晶表面を食い破るように現れる可能性もあり得る。収束した際には魔物を生み出し災厄ともなる。


 その危うさを理解した者たちが、静かに動き始める。


 商人ワルターは、広間を出る前にギルドの従者へ短く命じた。


 人柄から商人は魅せられるとは思わなかった。あいつは投資に値する可能性がある。


「あの青年王の周辺情報、全部拾え。あと数字もだ。あいつは値踏みできる王だ。」


 知識者コマは、巻物を抱えながら呟く。


「ふむ、前例に縛られぬ王ファウスト…か。面白い人物だ。しばらく観察させてもらおう。


 だが、もしこの王が道を違えれば…人の知が積み上げてきた秩序そのものが崩れるやもしれぬ。」


 影のマサヒトは人混みに消えながらやや不機嫌そうに笑う。既にアイツに惚れ込んでいた。


「お前、死ぬぞファウスト王。断言出来る。放っといたら必ず死ぬ。……まぁ、見てろ。俺様はお前を死なせてやる気はねぇ。」


 アーサーンは記録板を閉じ、メガネの位置を直しながら静かに胸に手を当てる。


「制度が…本当に動き出す。ならば、ファウスト…陛下の判断軸を支えるのは私でなければならない。」


 この日、四つの決意が別々に芽生えた。


 まだ互いに相手の存在をまだ知らぬまま、運命だけが静かに収束し始める。


 そして―


 この日の決断が、後に“信頼の王国”と呼ばれる巨体系の出発点だった。


 王国再編はまだ始まったばかりである。


 だが、ファウスト王の改革は、既に多くの敵と味方を生み始めていた。


 その中心で、王はただ、淡々と前を見据える。


「……信頼で国を作る。それ以外に、私にできることはない。」


 若き王の言葉は震えてはいない。

 だが、その誠実さは剣より脆く、盾より危うい。


 それでも―

 四人は確信していた。


 この王の歩みに自分が必要なら、歩くべき位置はもう決まっている。


 まだ誰も知らなかった。


 この日の選択が、後に国を揺るがす最大の奇跡と最初の悲劇を同時に生むことを。


 静かに鳴動する感情結晶…。

 信頼とは人の範囲で制御可能なのか…。


 感情結晶は人の揺らぎを写す。人は揺らぎ移ろい、時には嘘をつく。ならば結晶が写すのは本当の信頼か、それとも誤りなのか。


 物言わぬ感情結晶は静かに“鳴動”する…。


物語は今、紡がれ始めたばかり。


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