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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
17/26

闇は影に静かに消える

地下の“無灯の廊”。

十数の影が輪を描く。


光源もない、人の気配だけが動く黒室。


長机の両端に“ロストの幹部”たちが並び、中央に頭領『朧月』が座す。


沈黙の後、最初に声を上げたのは、沈んだ低い声を持つ男『外縁』。


「我々は青年王を侮りすぎている。強度も反応速度も高い。むしろ協力関係を築いた方が“裏の相場”は長く持つ。」


『右腕』が端的に肯定を告げる。


「同意だ。王の公開応答の決断は、高い統治強度の証だ。長期的な協力対象と見てもいい。」


その言葉に、『残光』が冷えた声で反論する。


「強度が高い“だからこそ”危険だ。王が自ら言葉で民心を掴むなら、我々の“影”は機能を失う。統治を握られれば、我々はいつでも切り捨てられる側だ。」


さらに別の影、『灰縫』が口を挟む。


「王が敵か味方か…些末なこと。“我々の存在を奪うか否か”が基準だ。協力など軽々に言うべきではない。」


向かい側で指を鳴らす音。切断の音にも似ている。


声の主は、冷たい調子の女《黒刃》。


「結論から言わせてもらう。あの王を生かしておけば、裏が締め付けられていく。アレの本質は“清廉そのもの”。

 協力した瞬間、こちらの手の内まで浄化されるわ。」


協力関係には慎重な影『灰縫』が言う。


「だが黒刃。締め付けを嫌って早まった結果、より厄介な政権が立った例はいくつもある。」


「そんなもの青年王を倒した後の混乱で稼ぐ。それでいい。」


「その混乱を制御できる保証は?」


黒室がわずかにざらつく。


声なき殺気が、机を挟んでぶつかりあう。


『朧月』が薄く言う。


「……割れたな。」


 彼の言葉と同時に、『黒刃』が立ち上がる。納得できずに声をあげる。


「なら、私は“排除派”を率いる。あの王は危険だ。必ず王を生かせば、我々は干上がる。」


『外縁』が皮肉を含んだ笑いで返す。


「王の治世が安定するなら、その安定に“裏の秩序”を乗せるだけのことだ。


 排除しか方法を知らぬのは、刃の寿命を縮める。」


その沈黙の奥で、

暗がりの壁にもたれかけていた“別の影”が微かに笑った。


誰も気づかない。

マサヒトだ。


 彼はL.O.S.T(ロスト)内部のこの断絶こそ、利用価値があると確信し、すでに“残す者”と“切り捨てるべき者”の線引きを始めている。


静寂の空気が場を満たし、殺気が緊張を高める中で


空気が刃のように冷えた中、朧月が静かに言葉を落とす。


「…いいだろう。影が一枚岩である必要はない。だが、王がこの複合勢力の混じった牙の第二波。これに対してどう言葉を紡ぐかで、我々の判断は“決める”とする」


『朧月』の方針に全員が沈黙する。


『朧月』が沈黙の場を締めようとした瞬間、黒刃派のひとりが暗器にわずかに触れた。


その微弱な“殺意の振動”が、マサヒトには十分だった。


奥から聞こえた、乾ききった靴音ひとつ。


彼の言葉と、指先だけ失われた影たちの呻きで、黒刃派は沈黙した。


全員が一拍遅れて暗器に手をかける。


『朧月』が最初に理解する。


「……お前、今日は招いていない。」


 その影は笑わない声で言った。


「招かれて来るほど俺様ってお人好しじゃないんだよねぇ。王に手を出す前に、お前らの中の“王に触れる資格すらない雑音”はまず落としておいた。」


『朧月』の静止で幹部達は止まる。緊張の中で、双方動かない空気が温度を下げる。


 そんな中で、かすかに息を整え直した『外縁』が、マサヒトの視線を真正面から受け止める。


「…つまり、お前は“排除派”を選んで落としたわけだな。」


マサヒトは目も向けずに返す。


「違げぇし。“残したい方”を残しただけだ。」


黒刃が歯を噛む音がした。


『外縁』が僅かに眉を動かす。


「残したい方、だと?」


マサヒトは淡々と続けた。


「協力に回る可能性がある影は、まだ切らない。王を敵にも味方にもできる連中は、後の盤面で使える。」


『灰縫』が低く問う。


「……つまり我々を“利用する”気なのか?」


「お互い様だろ。

 俺も王も、影の情報網は嫌いじゃない。

 だが排除しか能のない連中は、どのみち後で足を引っ張る。」


黒刃派の数名が息を呑む。


『朧月』が静かにまとめるように言った。


「……王に従えと言っているわけではないのだな?」


マサヒトは影に沈む気配を纏いながら、短く答えた。


「従えとも、敵対しろとも言わない。

 “動くなら筋だけ通せ”って言ってるだけだ。」


 『朧月』の瞳がわずかに細まった。


その言葉は、ロストの論理そのものだった。


 黒刃が悔しげに爪を噛み締める。


「筋……ね。

 要するに、お前は今日、“王の敵になり得る連中の線引き”を済ませたわけか。」


「そうだ。」


マサヒトは即答した。


「敵でも味方でもどうでもいい。ただ、筋の通らねえ奴は、俺様が先に落とす。王より前にな。それでも異論反論、反発…あるならいつでも来い。言葉でも刃でも相手になるぞ」


 無防備に佇んでいながら、余りにも異常とも言える殺気。魔物と対峙している様な恐怖を周りに植え付けるマサヒト。


「戦えるならな。」


その言葉と殺気の残影とともに、彼は影に消えた。


残されたロストの幹部たちは、ようやく息を吐く。


黒刃派は戦慄し、

外縁派は静かに“計算のやり直し”に入る。


『朧月』が一言だけ言った。


「……関係は、まだ“決まっていない”。

 だが、今日の会合で一つだけ確かなことがわかった。王の影──マサヒトは、敵に回すと王以上に厄介だ。」


黒室に沈黙が戻る。


この瞬間、『沈黙の引き金』(ロスト)内部の力学は変わった。


 形式として「王を狙う」という話題は残ったまま。


だが同時に、

「狙う場合、まずはマサヒトとやり合う」という現実が組織内部の優先課題として突き刺さった。


そして『外縁』は心中で理解していた。


(……あの男は“協力派”を守った。

 それはつまり、我々は“まだ切り落とされていない”ということ。)


この認識こそ、後の部分的協力ラインの芽となる。


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