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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
15/35

第二の牙:第一波『善意の構造』

フェルシア王国の王都ラージルの市場。

昼下がり、野菜の露店が最も賑わう時間帯。


本来ならば値引き交渉の声と笑い声で満ちるはずの空気は、どこか湿り気を帯びていた。


「ねえ聞いた? クーサン様、あの日…泣いて帰ったんだって」


「自領を守るために、王に頭を下げたんだろ? 可哀想に…」


「息子さんのヌーサン坊ちゃんも、ずっと一人で館の窓から父を待ってたそうよ……」


出所のない話が、あまりに自然に流れていた。


一つの噂が二つに増え、二つがいつの間にか三つに変わり、


どれも“悪意の方向ではなく、同情の方向”に綺麗に流れている。


ワルターは露店に立ちすくみ、眉間を押さえた。


「…嘘を撒くにしても、出来が良すぎる。これ、こいつは、職人の仕事だ」


 背後の影の一人が囁く。


「噂の発生源、三つ追いましたが……どれも“誰かから聞いた”の一点張りです」


「つまり実体がねぇ。源泉が存在しない構造噂ってわけか」


 ワルターが顔を歪めると、そこへアーサーンが駆け寄ってきた。


「ワルター殿、そちらでも同じですか」


「同じどころか……これは“誘導された善意”だよ。

善意の噂は燃え広がる炎じゃない。水のように、最短距離で流れ込みやがる」


アーサーンは唇を噛んだ。


「では、もう第二波が来る」


「来る。間違いない」


彼らが警戒を強めた、その瞬間だった。


──王城・知識研究局。


 本来あった魔術研究局と包括し、コマの為に新設された部署である。

知識探求と民意の調査、感情圏の観察等を主とする特殊な部署だ。


コマは机の上の感情結晶をじっと見つめていた。


淡い光が“均一に”揺れている。


均一な揺れは本来ありえない。


噂は自然発生する場合、点と点がまばらに揺らぎ、そこから縦軸の偏りが生じる。


だが今の波形は……“計算された揺らぎ”だった。


コマは静かに息を吐いた。


「……震源なし。これは、人が起こした噂ではありません」


側で控えていたツバキが目を丸くする。


「では何が?」


「構造です。

“噂の原点が存在しないように組まれた情報網”……

第二の牙の、“語り部”が使う手口」


コマは結晶の色の流れを指先でなぞりながら、静かに続けた。


「第一波の狙いは王政の弱体化ではなく……

“王以外に寄り添いたくなる善意の枠”を民衆側に形成すること」


ツバキは息をのむ。そして震える声で問う。


「では……王はどう動けば?」


コマの唇がわずかに上がる。


「……王は、語れば良い。

“事実と信念の物語”という武器で迎え撃つのです」


────玉座の間。


八柱が集合し、状況を報告し終えると、ファウストはひと言だけ呟いた。


「……想像より速いな。『語り部』」


その目は静かに、だが鋼のように冷えている。


「だが——俺の物語の主導権は渡さない」


彼は立ち上がり、アーサーンへ向き直った。


「準備しろ。

本日、王都の大市にて“公開応答会”を開く」


八柱の目が丸くなる。


「お、王よ!? 今このタイミングで……?」


「この噂は、俺の沈黙を前提に組み上げられている。


沈黙すれば“王が何かしら後ろめたい”という筋書きにつながる。


なら壊せばいい。自分の口で、真実を語って民意を取り戻す。」


わずかに息を呑みつつ、コマだけは微笑んだ。


「…さすがですね、ファウスト王。

『王の言葉は、法律よりも速く、剣よりも深く届く。』

それが第二の牙に対して最適解。

“語り部対王”の構造に、王自ら正面から物語を置きに行くとは」


ファウストは王剣を軽く叩いた。


「彼らに物語の支配者面をさせておく気はない。


クーサンの件も、噂の構造も、全部まとめて俺が話す。


“信頼の物語”の第一声を、今ここから放つ」


こうしてファウストは、第二の牙の“第一波”に対し——


王自らの言葉で切り返す、歴史的な初手を打つのであった。

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