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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
14/24

第二の牙:物語と『語り部』

 西街道の混乱は、八柱によって迅速に収束した。


 噂は断ち切られ、襲撃犯のクーサンの私兵は調査隊の調査の末に捕縛された。


 雑な痕跡を残した背後関係も“形として”は示された。


 街道は静けさを取り戻し、市場は再び動き出す。


表向きは、完全な火消しだった。

ただ一人を除いて。


クーサン領主だ。


彼は王都に召喚され、ファウストの前で膝をつき、静かに告白した。


「……私は、新体制の改革を誤解し、私情を優先して動きました。

王のご慈悲により軽減された罪、今後は領として誠心誠意、新時代に尽くす所存——」


声は震え、額には汗。

だがその“善意”は、あまりに整いすぎていた。


側近の八柱達は黙って見ていたが、

ファウストだけは表情を変えなかった。


「…よい。動機、理解した。下がれ」


 とりあえずの処置と処罰。だが、彼はその裏の本来の敵勢力の切り捨てられた駒に過ぎない。


 これ以上つついても何も出てこない。


——その瞬間である。


玉座の後方。

誰も気付かぬほど薄く、だが確かに“風”が動いた。


「させねぇよ」


マサヒトが一人の刺客の男を気絶させて立っていた。


「…ファウスト王、裏で動いている奴らの尻尾はあらかた掴んだ。噂操作は通称“反逆の王冠(ディークラウン)”の宮廷官僚様方──腐った豚共、裏で暗器ギルド“静かな引き金(ロスト)”の連中も動いてやがる…。」


 配下の影が黙って男を片付ける。


「だが、その裏にさらに奴らがいる。この紋章は“反感情派(アンチ・アフェクト)”の印。奴らが本当の黒幕だろう」


 マサヒトから雑に投げ渡された紋章を受け取るファウスト。


「これが、俺の理想の国の明確な敵か…。」


 ファウストが改めて理念の敵を認識した瞬間だった。



時を同じくして、反感情派(アンチ・アフェクト)”が、物語の操り手はすでに動き出していた。


担い手は『語り部』だ。


 クーサンが王都を去ろうとした刹那、

彼の耳元に、誰にも聞こえない声が滑り込んだ。


「クーサン卿、善意の仮面、よく似合ってらっしゃる。

だが、もう少し“本物らしく”してみないかい?」


 何の変哲もない民衆の一人の物言いにクーサンの足が止まった。


「だ…誰だっ…」


「声に出すな。


 私は君を救いはしないが、君の“生存確率”を上げることはできる」


「生存確率……?」


 語り部の声は甘く、薄い毒のようだった。


「君は新体制に怯えている。

領主裁量税の廃止、再編、監査強化…。恐怖が消えていない。

だが、君だけでは物語にならない」


「物語……?」


「そう。

“善意の領主が新王制に追われている”

——この脚本を、私が書こう」


クーサンの喉が鳴る。


「ば……馬鹿を言うな。私はもう見逃されたのだぞ」


「見逃された?

いや、君は“監視下に置かれただけ”だ。


 そうそう、君には可愛い後継者がいただろう。名は確か…ヌーサン。良いのかい?


王へ反逆して抑え込まれた領主の息子。惨めだと思わないかな…。


その状態で生き残るには、君自身が“善意の被害者”に変わらなくてはならない」


『語り部』の声は、胸の内に直接染み込んでくる。


「私に利用されろ、クーサン。

君の恐怖は、私にとって最高の燃料だ」


そのときだ。


王都の別室で、知識者コマがぴたりとペンを止めた。


青い瞳が細くなる。


 場に置かれた感情結晶も色を変えている。彼には世界を覆う感情圏の“揺らぎ”が視える。かなりの精度で的確に…だ。


「……動きましたね。『語り部』」


アーサーンが振り返る。


「兆候が?」


「今、クーサンの“噂の流れ”が反転しました。まだ本人は何もしていないのに、

“善意の領主が圧政に怯えている”という噂が、もう生まれ始めています」


ワルターが唸った。


「クーサンが善意? そいつはどこの世界線の冗談だよ」


「なに、どの世界線も常に情報操作に長けた時代の“語り部”が作るものだ…」


コマが静かに微笑む。そして視線を落とし、結晶の波形を静かに分析した。


「…彼らにとってクーサンは既に“素材”です。


 敵は彼個人の罪でも功績でもなく、“物語の枠”そのものを王権の外側に作ろうとしています。


ここからが本番ですよ、王よ。


敵の第二の牙は、我々を“物語の悪役”にしようとしている」


「つまり、あいつは——」


「ええ。“怒り”や“善意”といった情動を、王の外に置くつもりです。


そこに民衆を誘導できれば、王政は常に後手に回る。


第二の牙の狙いは、単なる反抗ではなく、王より先に『物語の主導権』を握ることです」


コマの助言にファウストが、ゆっくりと頷いて立ち上がった。


「ならば迎え撃つ。俺はその主導権ごと握り返す。こちらも語ろう。

“”信頼と真実の物語”をな」


彼は八柱を見渡し、指示を飛ばした。


「クーサンの周辺で生まれる噂を片端から可視化してくれ。

民衆の感情曲線を読み取り、どこで“火”が点くか判断する。

——敵の『語り部』との情報戦を開始する」


知識者コマが胸に手を当て、軽く頭を下げた。


「畏まりました。

第二の牙の“善意スクリプト”、読み解いてみせます」


玉座の下、風がもう一度だけ揺らぎ、静かに消えた。


こうして、

“善意の仮面を被ったクーサン”を発火点にした『語り部』との


——情報戦の火蓋は完全に切られた。


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