蠢く陰謀
ファウストはゆっくりと席を立ち、八人を見渡した。
「……クーサンの牙の野放しは、王国の理念には反する。
ここから先は──“信頼を守る戦い”だ」
その瞬間、部屋の空気は戦場の緊張へ変わった。
会議室の空気が、さっきまでの“八つの壁”から、“一本の軸”へと変わっていくのが分かった。
軍部大将シドは、元から愚直な王国の剣。難しい事は“他の奴がやれ”という信念だ。だが、迷いながらの王命とは違う若き王の決断は心地良かった。
「王のご決断。我々は剣。理由が明確なら迷わん」
アーサーンがそんなシドに近づく。メガネを押し上げて短く頷く。
「シド殿、規律ある軍の支えがあってこそ制度は活きます。以後は連携を密に」
八人の間に、初めて“同じ温度”が生まれた。
以降は誰も言葉にはしない。
だがこの瞬間、初めて八柱は“同じ敵”を共有した。
そんな八柱の横軸の強化が一通り済むのを見届け、ファウストは号令をかける。
「これより反撃を開始する」
◆クーサンの“次の動き”
その宣言の同時刻。
クーサン領の屋敷に私兵隊長が血相を変えて駆け込む。
「領主様……噂の効果が想定より弱いようです!
“王宮がすでに動き始めている”という話も──」
クーサンは苛立ちを隠さず、机を拳で叩いた。
「あの若造が……王が迷走すれば勝ちだと思っていたのに、動きが早い!
あの規律で縛った旧王政時代、やっと見つけた制度の穴をついた純利益の鉱脈。
新法制定などで手放すわけには行かない。
それでなくても枯渇した領土、地方貴族としての地位はいつ没落してもおかしくは無い──。
だが、雑に動きすぎたか…。監察局がこちらを嗅ぎ始めている。まずいぞ…!」
“家門の再興”という古い夢が、クーサンの胸を刺していた。
領民から尊敬されていない現実も、薄々気づいている。
だからこそ、利権を失う恐怖は何より重かった。
だが、そこで不気味な声が部屋に響いた。
「───そう焦る必要はありませんよ、クーサン卿」
クーサンは驚きながら振り返る。
薄暗い部屋の隅に、
黒い外套を纏った男が立っていた。
「お前は……例の“市場の影”とか名乗る……」
「我々はあなたの行動が成功するよう、“補助”しているだけです。
次の動きは 、“王を怒らせる”方向に誘導する。
王が感情で動けば、それで貴方の勝ちです」
クーサンは訝しげに目を細める。
「……お前たち、何者だ?」
男は答えない。
ただ一枚の羊皮紙を差し出す。
「第二の混乱を起こす場所と方法です。
これはあなたの“最初の牙”を、確実に“第二の牙”へ育てる手順書」
クーサンはその内容を読み、息を呑む。汗が流れ落ちる。
「…こんなことをしたら、本当にフェルシア王国は揺らぐぞ……?」
「揺らぐからこそ、王は焦る。
焦った王は“信頼”を崩す。そこが狙いです」
黒装束の男は笑う。
「あなたは“利益”で動く。しかし我らは違う。
──信頼など壊れねば、正しさを証明できぬのです」
その言葉に、部屋の温度が下がったように感じられた。
クーサンは一瞬迷った。
だが、自尊心と野心が勝った。
「…いいだろう。次の牙を動かす。民共に寄り添う“信頼政治”など、三日も持たせてなるものか…」
◆その頃、さらに別の場所。
薄明の地下室で、黒装束の一団が動いていた。
低い声が囁く。
「クーサンが第一段階を遂行した。市場も噂も揺らぎ始めている。
―次は“信頼の象徴”を傷つける番だ」
別の女の声が続く。
「王が誰を“信じるか”を試すのです。
彼が誤った相手を信じれば…それだけでこの国は崩れる」
影のリーダー格が短く頷く。
「予定通り“第二の牙・市井撹乱”を実行する。
クーサンには知られずに、だ。
…一つだけ、ロストは完全にこちらの駒とは言い難い。動向は掴んでおけ」
「はっ」
月明かりに照らされたその紋章は──
王国の理念に反する“反感情派”の印。
彼らはクーサンを利用しつつ、
同時に「王への不信」を“直接的に育てる”別筋の陰謀を進めていた。
クーサンは駒のひとつに過ぎない。
利権と私腹にご中心のディークラウンの自己中豚共も、汚れきった堕ちた神聖の再光会の汚職神官共も結局は我らの駒に過ぎない。
黒装束の女が火の消えかけた燭台に手を伸ばした。
「王の“信頼”が折れるまで──まだ序章にすぎない」
闇が静かに揺れた。




