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あたしの心の声をよそに、一哉はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべて、
「まぁな。
ちょっとしたサプライズってやつだよ。
一生に一度のことなのに、普通にやっちまったらつまんないだろ」
その声に、菅原さんがピクッと頰を震わせる。
「え。
それって、一哉クン、まさかキミ?」
引きつり気味の笑顔を向ける菅原さんにも、一哉は意味深に笑って頷いた。
そしてクルッと顔をあたしの方に向けて、
「この方が、香にもいい思い出になるんじゃないかと思ってさ。
な、香?
今日一日、ずいぶん頑張っただろ?」
「え?
頑張ったって……」
さっきまでのお使いのこと言ってるの?
それならたしかに、相当頑張ったけれど。
「かなり重かったわよ、あの荷物達。
なんなの、あれ?」
最後に指示された場所でこの展開になっているんだから、今さらあれが一哉のなんらかの仕込みだったことは明らか。
だからもう、何言われても驚かないと思っていたんだけれど……。
「お前の嫁入り道具一式だよ」
その言葉を聞いた瞬間、あたしは持っていたスプーンを、本気で、落とした。
「うわっ!」
スープ皿に落ちたスプーンが滴を跳ね上げ、手にかかったらしい一哉があわてて立ち上がる。
「何やってんだよお前はっ。
ったく……おい、お前はスープ、かからなかったか?」
「え?
あ、うん……」
いや、もしかしたらかかっていたかもしれないけれど、よくわからない。
だって、だってあたしは今、それどころじゃなくて。
「今なんて言った、一哉?」
あたしの袖についた滴をナプキンで拭う一哉。
その手をガシッとつかんで、あたしはマジマジと一哉を見つめて聞いた。
「は?
ていうかお前、これ拭かないとシミに」
「そんなのはどうでもいいから!
ねぇ。
もう一回言ってよ。
さっきなんて言ったの?」
あたしの耳に聞こえたのが、聞き間違いじゃなかったら。
それは……その言葉の意味は……。
「お前の嫁入り道具一式。
そう、言ったんだよ」
拭くのを諦めたのか、一哉はナプキンを戻しながら横目であたしを見て言った。
口元は穏やかな笑みが浮かんでいる。
「あれ全部持って、オレのとこに来んの。
オレと結婚しろ、香」
「……!!」
ああ神様、これは夢?
思わずそんなことを思わずにはいられない。
それくらい自分の耳に入ってきた言葉が信じられなくて、嘘みたいで……。
「泣いてんじゃねえよ、バカ」
頬に触れた指の感覚で、あたしはようやくハッと我に返り、同時に自分が泣いていることに気づいた。
その涙を、一哉は指先でキュッと拭って、
「嬉し涙だよな、もちろん?」
「バカ……」
ホントに、なんて自信満々で偉そうで。
それに……イジワル。
一日中歩かせて、最後にはこんなに驚かせて。
(もしあたしが断ったら、どうするつもりだったのよ……)
なんてね。
わかってる。
そんな胸の内の囁きは、単なる悔しまぎれの強がりだ。
そう……悔しいけど、降参。
さっきまでの怒りも、もう全部吹き飛んじゃったよ。
今は、ただ嬉しくて、溢れる涙が止まらない……。
「ホントに、あたしで、後悔しない?」
鳴咽まじりのかすれる声で、あたしはそっと一哉に尋ねた。
一哉はすぐに、あきれたようにフッと笑って、
「するわけねぇだろ。
今さらなこと聞くんじゃねえよ」
そう言って、あたしの髪をクシャッと撫でた。
そしておもむろにスーツの内ポケットに手をやり、中から、ビロードの黒い光沢が上品な、小さなケースを取り出す。
「それ……」
驚きで目を見張るあたしの前で、一哉はゆっくりとケースの蓋を開いた。
中に収められていたのは……ライトを浴びて光を放つ、綺麗なリング。
おそらくプラチナのそのリングの中央には、両脇をメレダイヤで縁取られた中に、ひときわまばゆいブリリアントカットのダイヤモンドが輝いている。
「一哉……」
名前を呼ぶ以外声も出ないあたしの左手を、一哉の右手がスッと取り、軽く持ち上げた。
そしてあたしの目を見てフッと微笑んだ後、かすかに震える薬指に、そのリングをはめる。
「うん、ぴったりだな」
その言葉どおり。
はめられたリングは、あたしの左手の薬指にぴったりのサイスだった。
「これで正真正銘、オレだけのものってわけか」
その瞬間、あたしは一哉の胸に飛び込んでいた。
椅子がガタッと音をたてるけれど、そんなものはたいして気にもならない。
しっかりと支えてくれる一哉の腕の強さを感じて、あたしはただ、嬉しさと幸せを噛みしめる。
「まさかプロポーズからサプライズだったとは。
ホントによくやるよ、一哉クンは」
聞こえてきたのは菅原さんの声。
続けて、
「まったくね。
しかも何?
説明もしないでそれ全部、橋本さんに運ばせたの?」
あきれ声の社長が指差すのは、壁際の小テーブルに置いた嫁入り道具ー式。




