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「……一哉っ!?」
「よぉ。
お疲れさん」
グレーのスーツに、ネクタイを少しゆるめて。
あたしにこの長旅を言いつけた本人が、笑顔であたしを見下ろしている。
(な……ど、どういうこと……!?)
「って、なんでここに一哉がいんのよ!?
商談はっ!?」
とうとう敬語も忘れて、あたしは一哉にくってかかった。
だけど、荷物があまりに多かったせいで体はバランスをくずし、数歩よろめいて、そのまま倒れ込みそうになる。
「きゃっ!」
「っと!
危なっかしいヤツだなホントに」
素早く動いて支えてくれたおかげで、何とか倒れないで済んだけれど……。
「危なっかしいってね!
アンタがこんな大量の荷物受け取らせたからでしょっ!?
何なのよこれっ。
何かの罰ゲーム!?」
あたしは両手一杯の荷物を突き出して、今度こそ噛みつきそうな勢いで一哉にくってかかる。
一哉は大ゲサに背中をのけぞらせて、
「オイオイ、声がでかいぜ。
ちょっとは落ち着け、香」
「は!?
これが落ち着いていられるわけないでしょ!?
何なのよ??
それになんでアンタはここにいるわけっ!?」
「オレだけじゃないぜ。
みんな、ここにいる」
その言葉に、あたしはようやく辺りを見回した。
赤茶けたレンガ造りの外壁に、白い木枠の格子がお洒落な四角い窓。
フランス片田舎の民家を思わせる、かわいい造りの小さな小さなフレンチレストラン。
店内もパインのフローリングにミルクオワイトの壁。
テーブルや椅子はカントリー調の木製で統一されていて、まるで隠れ家のようなアットホームな雰囲気だ。
だけどそこが本当に隠れ家だなんてことはあるはずもなく、間違いなく、あたしにとっては初めて訪れた見知らぬ店。
それなのに……その店内には、あたしの知らない顔はひとつもない。
レストランなのに、見知らぬお客さんはひとりもいなくて……。
そこにいたのは、社長、菅原さん。
勇クンに、おじさまもいる。
それに、奧の厨房から覗いている、シェフらしきコック服の男の人。
あの人は……。
「って、さっき案内した商談相手のお客様じゃない!?」
思わず金切り声で叫ぶとそのお客様、いやシェフらしき人は、『どうも』と笑顔で手を振った。
「は……」
何、これ。
もう、何がなんだかサッパリわからない。
一体あたしは、一哉のどんな罠にはまったっていうの……?
「とにかくこっちにおいでよ、おねえさん!」
無邪気な笑顔で手招きする勇クンの声に、周りの空気もワッと動き出した。
「そうだな。
主役が入口で突っ立ってちゃ、いつまでも始まらん」
「ですね。
ささ、一哉クンも橋本さんも、どうぞこちらへ」
おじさまが、菅原さんが、全員が、口々にあたし達を呼ぶ。
一哉もその声に大きく頷いて、
「ホラ、みんなが呼んでる。
行こう、香」
そう言って差し出された、大きな掌。
「行こうって……だから一体、これは何……?」
どうしてみんなが、こんな温かな笑顔であたしを迎えてくれているの?
「みんなお前を待ってたんだよ。
今夜は記念のパーティーだから」
「パーティーって」
『何の?』と聞き終わる前に、一哉の手が待ちきれないようにあたしの腕をつかんだ。
そのまま引っ張られて、あたしはみんなの待つフロアへと足を踏み入れる。
オレンジ色の明るいライトがともるフロアの中央には、オークの大きな丸いテーブルがあり、人数分の六脚の椅子が並んでいる。
それ以外にも四人掛けやふたり掛けの四角いテーブルがいくつかあるけれど、それらは全部空席だった。
今日は、このメンバーでの貸切ということだろうか。
「ほら、香」
輪になってテーブルを囲む席の中に、ふたつ並んで空いている椅子。
一哉はその片方にまずあたしを座らせ、自分も隣に腰掛けた。
「パーティーの始まりですね!」
シェフのおじさん(もうシェフでいいや)が高らかに声をあげて。
そうして、本当にパーティーが始まった。
アコーディオンのやわらかい音色で奏でられる、異国の民謡のようなゆったりとした音楽が小さく流れる店内。
あたしと一哉が席につくと、すぐに料理とワイン、勇クンにはオレンジジュースが運ばれてきた。
料理はカジュアルフレンチのコース料理のようで、最初に運ばれてきたオードブルはホタテのマリネとサラダ仕立てのフルーツのコンポート。
全員で乾杯していただくお料理は、あっさりした優しい味付けでとてもおいしい。
次にスープメニューのそら豆のポタージュスープが運ばれてきて、立ちのぼる温かな湯気につい元が緩むのを感じてしまう。
でもやっぱり、みんながこぼれんばかりの笑顔で楽しそうに笑っているなかで、あたしひとりだけが状況を飲み込めていないみたい……。
「……って、ねぇ。
ホントに何のお祝いなのよ?
あたしひとり、サッパリ意味がわかってないんだけど」
なごやかな空気に毒気を抜かれ、だいぶトーンダウンしつつも、あたしは改めて隣の一哉に尋ねた。
だけど一哉が答えるよりも先に、近くでそれを聞きつけた社長が、
「なあに一哉?
あなたまさか、当の橋本さんにちゃんと説明していないの?」
ちゃんとも何も、まったく聞いていないってば。




