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走りながら携帯に電話したらつながらなかったから、直接一哉のマンションに向かった。
だけど一哉は留守で、休日に時々実家に顔を出すのは知っていたから、ホームパーティーの時の記憶を頼りに、タクシーで移動した。
途中から携帯は握りしめるだけで、もう一度電話しようなんて発想は消えてしまっている。
会いたいって。
ただそれだけで頭がいっぱいで、必死だったからかもしれない。
やがて見覚えのある立派な家に若きインターホンを押すと、聞こえてきたのはビックリしたような社長の声。
『突然お邪魔してすみません』と謝った直後、あたしはやっと待ち望んでいた声を聞くことができた。
低くてよく通る、間違いなく、一哉の声だった。
(やっぱり、ここにいたんだ……!)
安堵と高揚という相反する感情を同時に感じながら、あたしは開いた門を抜けて中に入る。
中庭を歩いて進み、玄関のドアの前に立った瞬間、そのドアが、内側からガチャッと開いた。
「……!!」
ドアに手をかけて、そこに立っていたのは。
「一哉……!!」
あたしが今、世界中で一番、会いたかった人。
「香、って、おいっ」
一哉の声は、頭の上の方から少しくぐもって聞こえてきた。
顔は見えない。
だってあたしは一哉の顔を見るなり、思い切りその胸に飛び込んだんだから。
背中に腕を回して、厚い胸板に頬を押しつけるようにして。
あたしはありったけの想いを込めて、一哉を抱きしめる。
「ちょっ……何してんだ、オイッ」
珍しく露骨にあわてる一哉の声。
わかってる。
奥には社長が、ご家族がいるんだもんね。
みんなにはこれまで自分のことをただの秘書で通してきたのに、いきなりこんな所で抱きついたら、それはヤバいよね。
ゴメンね一哉。
わかってる。
わかってるけれど……。
「もうダメ。
一哉」
あたし、我慢の限界なんだよ。
「あ?
何だって?」
胸に顔をうずめて囁くように言った声は届かなかったらしく、一哉は背中を丸めるようにしてあたしに耳を近づけた。
だからあたしは少しだけ顔を上げて……今にも触れそうな距離に一哉の吐息を感じながら、もう一度言った。
「一哉が好き。
大好きで、すごく会いたくて。
ずっとずっと走ってきたんだよ」
溢れそうな想いをかかえて。
今にも叫び出したくなるほどの『好き』を、必死に抑えて。
だからもう、我慢できない。
「バレたっていい。
あたし、誰にでも胸を張って言えるもん。
一哉が大好きだって。
誰よりも何よりも、一哉が大切だって」
この世界に、一哉ほど愛しいと思えるものなんて存在しない。
暗かったあたしの世界が輝き出したのは、それはこの世界に、一哉がいたからだ。
「愛してる、一哉」
あたしは間近で一哉の瞳を見つめた。
そして、驚きをあらわにするその唇に、深く、自分の唇を重ねた。
唇から伝わる一哉の鼓動が、あたしのそれと重なって溶け合う。
トクン、トクン。
少しだけ速い温かな音が、あたしの体に安らぎを満たしていく。
「ゴメンね、一哉。
あたしがバカだった。
一哉を信じて待てなくて、ゴメン」
キスの合間に、心からの謝罪を込めて囁いた。
降りてくる沈黙。
一哉はもう、キスも抱擁も拒もうとはしていない。
あたし達はいつものように、ううん、いつも以上に熱く、お互いを求め続けた。




