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はけていった久保雄一がステージ脇で彰子さんと合流して、ステージを降りる階段にふたりで向かおうとしている。
階段の先はロープで通路が作られていて、ステージの裏に回わるみたいだった。
そこから関係者控室につながっているはず。
(今なら……声かけられるかもしれない!)
通路部分の近くに寄って、呼びかければ。
瞬時に決断して、あたしは移動を始めた。
集まっていた観衆も徐々にステージを離れているから、さっきほど移動に苦労はしない。
すでにステージを降りたふたりに、なんとか仕切りのロープの傍で追いついて……。
「久保さん!」
人目もはばからず大声で呼びかけると、ふたりが同時に振り返った。
当たり前だ。
両方、久保さんなんだから。
「あ……」
どうしよう。
声をかけたはいいけれど、ここからなんて説明したらいいんだろう。
この状況で、どうやって彰子さんと話をできるようにする……?
イベント後に直接声をかけてきたあたしを、ふたりは驚きの表情で見ている。
と同時に、不審者だと思ったのかスタッフらしい人があたしの方に歩み寄ってきた。
まあホントに不審者だろうけど。
(どうしよう!)
焦って言葉に詰まっていた時。
あたしの耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。
「キミはもしかして。
先日、井上クンと一緒にいた……?」
そう言ったのは、久保雄一の方。
(え……なんで知ってるの……)
わからないけれど、でも話をする願ってもないチャンスだ。
あたしは上擦る声で、叫ぶように答えた。
「そっ、そうです!
あたし、彼の秘書で……」
呟くように反すうしたのは彰子さん。
そして彼女はまっすぐあたしを見て、
「私たちに、何かご用?」
細いけれど凜とした声を出す、綺麗な人だと思った。
この状況でそんなことを考えている暇はないんだけれど、彼女の目を見たらそう思えたんだ。
「はい……あの、あたし、彰子……さんに、お伺いしたいことが……」
めちゃくちゃな要望だというのは百も承知している。
断られて当然。
そう思いながら放った言葉だったけれど。
「そう……。
わかりました」
しばらくの黙考の後、彼女は静かな声でそう答えた。
「え!?」
驚いているのはあたしだけじゃなく、雄一さんもだ。
だけど彰子さんは、隣で目を丸くする雄一さんに『大丈夫』というような説明をすると、再びあたしに向き直って、
「リズタワーの一階にハーバーっていう喫茶店があるから、そこで待っていてくださる?」
それだけを告げると、戸惑う雄一さんを促して通路の奥、ステージの裏側に、消えてしまった。
(ウソ……。
本当に、会ってくれるの!?)
自分で頼んでおいて矛盾しているけれど、ちょっと信じられない。
それでもあたしは言われたとおり、指定の場所に向かった。
リズタワーというのは、この広場に隣接する大きなショッピングビルだ。
すぐにビルに移動して、その店を見つけて中に入る。
通された席で身を強張らせて待っていると、30分ほどして、
「ごめんなさい。
お待たせして」
(ホントに、来てくれた!)
さっきと同じ服装のままの彰子さんは、優雅な身のこなしであたしの前の席に座る。
「い、いえっ。
あたしの方こそ、急にこんなこと……」
本当に、普通ならありえないシチュエーションだ。
今さらながら、自分の無茶で大胆な行動に驚きを感じるけれど。
でも、もう今さら後にはひけない。
ここまで来たら、望んでいたとおりのことを聞くだけだ。
「あのあたし、井上一哉の秘書をしています、橋本香といいます」
とりあえずあたしは自分の名前を名乗った。
すると彰子さんはほんの少しだけ微笑みを浮かべて、
「香さん……とおっしゃるのね。
はじめまして。
久保彰子です」
口調といい物腰といい、何だかすごく上品でおしとやかな人だ。
丁寧に挨拶されて、逆にたじろぎそうになる。
「突然お呼びたてしてすみません。
実は、その、井上とあなたのことで、お聞きしたいことがあって」
回りくどい前置きをしている余裕なんて、さらさらない。
単刀直入に、あたしは本題を切り出す。
「この間、ホテルのロビーで井上と会っていましたよね?
セレモニーホールでイベントが会ったとき。
あなたと井上は、どんな関係なんですか?」
彰子さんはどんな反応をするんだろう。
秘書だからあの場面を目撃する可能性があるのはおかしくないにしても、なんでこんな聞き方をされるのか。
普通ならそう思うはず。
不快をあらわに何か言われるだろうか。
……でも、それでもいい。
それでもあたしは、真実が知りたいんだから。
覚悟を決めてジッと彰子さんを見つめるあたしに、彼女が返してきたのよ。
さっきよりも明らかに優しい、微笑みだった。
(え?)
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
そう、あれを見ていたのね。
でも一哉は教えてくれなくて、それで気になって私に訊きに来た。
……そういうことかしら?」
彰子さんの声は表情と同じく穏やかで、ちっとも不審がる様子も怒っている感じもない。
あたしは逆に戸惑いながら答えた。
「そ、そうです」
コクリと頷くと、彰子さんも頷き返して改めて正面からあたしを見て……そして優しいけれどハッキリした声で、こう言った。
「私と一哉は、昔の恋人同士。
正確に言うと、婚約者よ」
「婚……!?」
婚約者?




