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ホームパーティーの数日後、夜になると突然オフクロから電話がかかってきた。
ひとりで自宅に戻ってきた直後だったオレは、ソファにドサッと腰をおろしながら電話を受ける。
「もしもし?」
『あ、もしもし一哉?
ひとり?』
「ああ。
どうした?」
プライベートの携帯にかかってきているが、大ざっぱなオフクロの性格から考えれば仕事の話かもしれない。
だから気を引き締めてたんだが、携帯の向こうから返ってきたその声は……。
『この間のパーティー。
橋本さん、なんて言ってた?』
「はあ?
何だよ今さら」
一気に拍子抜けして、思わずガクッと肩を落としてしまう。
オフクロは少しむくれたような声になって、
『いいでしょ、気になるんだから。
それに会社じゃゆっくりこんな話はできないし、なかなか電話する時間もなかったのよ』
「そうかよ」
半分あきれつつも、オレは質問には素直に答えてやった。
「楽しかったって言ってたよ」
『本当?
お世辞じゃなくて?』
「ああ。
緊張はしたけど、楽しかったってさ」
あれはお世辞なんかじゃない。
そもそもアイツはお世辞なんて言う女じゃないけれど、そうでなくても顔を見ればわかる。
オレの返答にオフクロは安心したように『よかったわ』と眩いた。
「なんでそんなに気になるんだ、アイツのことが?」
何の気なしに聞いたらオフクロは『えっ?』と驚いた声を出して、
『そりゃあ……気になるわよ。
だって……』
「?」
そこで黙り込むオフクロに、オレは眉をひそめる。
「……どうしたんだよ?」
やんわりと先を促すと、オフクロは電話の向こうでハーッと大きな息を吐いて、
『もういいわ。
一哉がそんな聞き方するなら、お母さんだって聞いちゃいます』
「はぁ?」
何言ってんだマジで?
わけがわからずイラ立ってきたオレに、オフクロが思い切ったように続けた言葉は……。
『あなた、橋本さんと、個人的にもおつき合いしてるんじゃないの?』
「!」
……なんだ。
やっぱり、気づいてたのか。
(そんな素振りは全然見せてないつもりだったのに、この鈍感でも気づいていたとは)
オレは内心そんなことを考えていた。
菅原さんが以前『自分も社長も薄々気づいている』と言っていたけれど、オフクロはかなり天然だから、実際のところ疑っていた。
でも今の口ぶりだと、前から気づいていたものの、今までは言わなかったというところか。
(さすが母親だな)
『一哉?
聞いてる?』
今度はオレが黙り込んだもんだから、電話口からオフクロの大きな声が飛んでくる。
「んな、わめかなくても聞こえてるよ」
あしらうようにとりあえずそう言ったけれど、正直オレは迷っていた。
オフクロに、なんて答えるか。
隠そうだなんて思っていない。
オレ達は間違ったことや悪いことをしているんじゃないんだから。
今までオフクロに言わなかったのは、香の微妙な心境の変化を配慮したり……副社長に就任してまだ日も浅いから、もう少し全部が落ち着いてからでいいんじゃないか。
そう思っていたからだ。
今こうしてすでにバレていることがわかったなら、あっさり『そうだよ』と認めればいいのかもしれない。
心のどこかではたしかにそう思っているのに、なぜだかすんなりと言葉が出てこなかった。
どうしてかはわからない。
認めて後に引けなくなるのが怖いとか、そんな女々しい感情じゃない。
それはたしかだ。
オレの心はもうとっくに決まっている。
ただ、そうだな、なんていうか。
今のオレには、まだ胸を張って『そうだ』という資格がない。
そんなニュアンスが、近い気がする。
……長い間の後、オレは静かな声で切り出した。
「アイツは……香は、オレにとって特別な存在だよ。
すごく」
『え?
どういうこと?
だから、それって……』
「悪い、オフクロ。
今はこれしか言えない」
オフクロの言葉を遮ってそう告げると、電話の向こうから不満そうに息をのむ音が聞こえてきた。
「ゴメン。
いつか、近いうちに、必ずちゃんと話すから」
こんな言葉でオフクロが納得しないのはわかっているし、煮え切らなくて情けないと思う。
けれどやっぱり、今はまだ言えない。
オフクロの顔、香の顔。
大切な人達の顔を思い浮かべて、オレは大きくひとつ、ため息をついた。




