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そこは、きっとリビングなのだろうけれど、何畳あるのかもよくわからない相当広い部屋。
向かって正面が庭に続く全面ガラス張りの窓になっていて、春の暖かな日差しが差し込んでいる。
明るい色のフローリングの床に、正面には長方形のダイニングテーブル。
右奥の方には、黒い革張りのソファーセットが置かれていた。
そしてそこに集まっていた面々が、一斉に振り返ってこっちを見ている。
勇クン、菅原さん。
それに、面識のない、白髪混じりで細身な、品のよさそうなおじさん。
(この人が、一哉のお父さん……)
厳密には血がつながっていないけれど。
だけどここに集まっているのが、正真正銘、一哉の家族。
一哉の言うとおり男性陣もフランクな私服姿で、菅原さんは黒のパンツにノンタイの白いシャツ、おじさまはグレーのスラックスによもぎ色の薄手のセーター。
主役の勇クンは、赤いチェックのシャツを着ている。
みんな、思い思いの場所でくつろいでいる感じだった。
「そうせかすなよ、勇」
一哉は苦笑しながら勇クンにそう言って、部屋の奥に進んでいった。
あたしはなんとなく気後れして、部屋の入口に立ち尽くしてしまう。
そんなあたしの様子に気づいた一哉が振り返ってあたしを呼ぼうとしたけれど、それよりも一瞬早く、
「ホラ、橋本さんも」
そう言ってそっとあたしの背中を押してくれたのは、あたし達を案内してきてドアの傍に立っていた社長。
勇クンもトテトテとあたしの方まで歩いてきて、
「どうぞ、おねえさん!
今日はお休みにわざわざ来てくれてありがとうございます」
と、パアッと花の咲くような笑顔で、あたしの手を取る。
「あ……!」
勇クンに引っ張られて、あたしは明るい室内に足を踏み入れた。
一哉とあたしを囲むように全員が集まって、初対面のおじさまは自己紹介を、勇クンとは久しぶりの挨拶をして……。
「今日は、すみません。
あたしまでお邪魔しちゃって」
やっぱり恐縮してそんなことを言うと、おじさまがにこやかに笑って首を振った。
「何を他人行儀な。
君は一哉のパートナーみたいなものなんだから、遠慮することないんだよ」
「そうですよ。
僕もこういう席には、いつもちゃっかりお邪魔してますし」
菅原さんが続けると、社長と勇クンがアハハと笑った。
「とにかくおめでたい席なんだから、賑やかな方がいいじゃない」
「そうそう。
お客さんが多い方が楽しくていいよ!」
「コラ。
お前は自分の合格祝いだから、下心あるだけだろ」
一哉が目を半眼にして勇クンを睨むと、勇クンも『バレたか』と舌を出す。
全員がドッと笑って、あたしも目頭に涙がにじむほど笑った。
「さあ、それじゃあ始めましょうか。
おいしいお料理、いっぱい用意したのよ。
すぐに用意するわね」
社長がポンと手を叩いて言ったので、あたしはすぐさま『手伝います』と申し出た。
でも社長は、穏やかに笑って首を横に振る。
「今日はサポートはけっこう。
あなたもゲストなんですからね。
ゆっくりしていて」
「でも……」
社長ひとりに働かせるなんて、立場上心苦しくてとてもじゃないけどできない。
困惑していると、一哉がポンとあたしの肩を叩いて言った。
「気にするな。
オフクロはこんなふうに人をもてなすのが趣味なんだよ。
プライベートじゃただの世話好きのオバサンなんだ、遠慮なくやらせればいい」
「ちょっと一哉、オバサンはないでしょう?
せめてマダムって言いなさい」
「はあ?
マダムなんて柄じやないだろ。
仕事以外じゃ天然のくせに」
とぼけた一哉の声に、おじさまと勇クンはがハハハと笑った。
あたしがあっけにとられている間に、社長は『まったくもう』と眩きながら、廊下の外に消えてしまう。
「あ……」
「いいんだよ。
やりたいようにやらせてやれ。
お前がゲストで来てくれて、オフクロ、本当に喜んでるんだよ」
「はい……」
結局、押し切られる形で料理を運ぶのは社長にお任せしてしまった。
おじさまに勧められてダイニングテーブルのそばに座っていると、しばらくしてサービスワゴンにたくさんの料理を載せて、社長が部屋に入ってくる。
サラダ、白身魚のカルパッチョから、スペアリブやミートローフ、ピラフなど、どれも手の込んだもの。
他にもジャケットポテトやシーフードピザ、カナッペなど、数回に分けて大きな長方形のテーブルに料理が並べられた。
せめてもと配膳を手伝いながら、あたしはつい驚きの声をあげてしまう。
「すごい……これ全部、社長おひとりで作られたんですか?」
「ええ、そうよ。
こう見えて私、お料理は得意なの」
ニッコリ笑って、楽しそうに答える社長。
でもこれだけの量をひとりでとなると、夕べから下準備で相当時間がかかっているだろう。
(すごいな。
昨日も仕事だったのに、それじゃあ夜ほとんど寝てないんじゃ?)
そう思ったけれど、社長は疲れなんてこれっぽっちも見せずに、心からウキウキしているといった声で、
「お料理を囲んでみんなで過ごすって、楽しいでしょう?
そういう時間を彩るのが、大好きなのよ」
「そうなんですか」
料理を囲んで過ごす、語らいの時間か。
こんな温かな空気の中で料理を囲むなんてこと、今までのあたしにはなかったから、よくわからないけれど。
でもたしかに、社長のワクワクしている気持ちが手に取るように伝わってくる。
家族と過ごすって……こんなに、穏やかな気持ちになれるものなんだ……。
「よし、じゃあ乾杯するか!」
シャンパンとオレンジジュースが運ばれて最初の料理が揃うと、おじさまがそう声をかけて、全員で勇クンの受験合格を祝って乾杯した。
その後用意しておいたプレゼントを勇クンに渡した。
一哉から勇クンは絵を描くのが好きだと聞いたから、スケッチブックと絵筆のセット。
勇クンは、ちょうど新しいのが欲しくなっていたと喜んでくれた。
そうしてなごやかなムードの中、みんなでお料理をいただいて。
やっぱり完全に緊張が解けることはなかったけれど、それでも充分すぎるくらい、あたしはその空間を満喫した。
みんながニコニコして、今日の主役である勇クンの合格を喜んでいる。
目の前に迫った入学式のことをあれこれ話したり、それぞれの中学時代の思い出を話したり。
本当にあったかい時間で、あたしなんて知り合ってからそれほど経っていないのに、一緒にテーブルを囲んでいるのが不思議なくらい。
くすぐったいけれど居心地のいい……ステキなパーティーだった。




