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ホテルのレストランで食事して、そのままリザーブした部屋へ。
一哉はいつもホテルの部屋をとってくれて、そこで夜を過ごすのは、もはや当たり前のようになっていた。
「ん……ちょっと……」
今朝方『夜までお預け』とか言ってた一哉だけど……。
今夜の一哉のキスは妙に熱っぽい。
それとも、ついさっき大塚クンとあんなことがあったからかな?
車に乗り込む際のひと言以外、一哉はさっきの出来事については何も言わないけれど、やっぱり明らかに気分を害しているみたいだし。
(文句があるならハッキリ言えばいいのに……)
そんなあたしの思いなんて露知らず、一哉は会話することもほとんどないまま、どんどんキスを深くしていく。
そしてあっという間に、ベッドに押し倒された。
「ヤダ、待って……」
ジャケットも脱がないままなんて、どうしたんだろ?
ホントにちょっと、いつもの一哉らしくないかもしれない。
「待たない。
好きだ、香……」
「あっ、ん……!」
だけどそんな違和感も、激しいキスと巧みな指使いのせいで、すぐに頭の片隅に押しやられてしまった。
体は奥の方からのぼりつめてくる感覚に支配され、あたしの意識は集中してしまう。
「あ……!
一哉……一哉……っ」
カラダが熱い。
焼けるように。
一哉の唇が触れた所から、甘い蜜のように溶けていってしまいそう。
「香……」
名前を呼ぶだけの声が、どうしてこんなにあたしを痺れさせるんだろう。
どうしてこんなにも切なく優しく、あたしの心を締めつけるんだろう。
底のない海に沈むように、あたしは呼吸も忘れて一哉に溺れていくだけ。
そうして何度もお互いを求め合って、時間もわからなくなった頃。
一哉はあたしの胸元に優しいキスをひとつ落として、ようやくその体をドサリとベッドに横たえた。
仰向けになった一哉に寄り添うように、あたしも隣で少し体を丸めて横になる。
裸の肌が触れ合う部分はまだすごく熱いけれど、汗が徐々にふたりの体を冷やしてくれていた。
一哉はボンヤリと天井の方を見たまま、
「香。
お前マジで、ヤバいぜ」
まるで独り言のように、あまり抑揚のない声でそんなことを言う。
「え?」
意味がわからず首を動かして覗き込むと、一哉はやっとチラッとだけあたしを見て、
「お前みたいな女知らないよ。
お前抱いてると、なんか自分が迷路に迷い込んだみたいな気になってくる」
「え?」
あたしは胸がざわつくのを感じた。
……それは、どういう意味?
迷路って、迷うってこと……?
一気に体の熱を奪うような不安に襲われたけれど、あたしの顔色の変化に気づくと一哉はあわてたように、
「誤解すんな。
悪い意味じゃねえよ。
オレが、自分が思ってた以上にお前にハマってる。
そういう意味だ」
「一哉……」
ホッとするのと同時に、あたしは心の中で『それはこっちのセリフだよ』と思っていた。
一哉にハマっているのは、あたし。
あたしの方こそ、いつの間にかあなたのことが好きになりすぎていて怖いくらいなのに。
自分でも信じられないくらいなんだよ。
今まで誰も好きになったことなんかなかったあたしなのに。
当の一哉にだって、最初は頑なに心を閉ざしていたあたしなのに。
それが今では、もう一哉なしでは生きていけないんじゃないかってくらい、好きで好きで仕方なくなってる。
あの日一哉があたしに言ってくれた言葉。
『オレがお前を救ってやる』という、あの言葉。
それは絶大なまでの存在感を持ってあたしの心に降りてきて、そしてしっかりと、胸の内に宿った。
あの言葉で一哉はあたしの殻を壊し、その手を伸ばして、あたしを導いてくれたんだ。
そしてあたしはあの日、その手を握り返した。
それは何年かぶりに、あたしが何かを求めた瞬間。
もう忘れかけていた感情だったけれど、たしかにあたしは思ったから。
あなたが欲しいと。
あなたを信じたいと。
それ以来、あたしはもうダメなんだ。
一度強がりの皮を取っ払ってしまったら、もう後には愛に飢えた小さなあたしが残っていただけ。
そんなあたしはもう、一哉の愛なしでは生きていけない。
きっと一哉の傍にいられなくなったら、今度こそあたしは寂しさで心を枯らして死んでしまうんだと思う。
(だけど……)
……出会ってまだ数ヶ月。
いろいろあって一哉にはすっかりあたしのことをさらけ出してしまったけれど、あたしはまだ一哉のことをほとんど知らない。
副社長としての顔と、恋人としての顔。
それ以外、何も知らない。
そう……たとえば、一哉の過去も……。
「……っ」
バカだな、あたし。
考えたって意味ないってわかっているのに、ついいろいろ考えてしまう……そしてあらがいようのない不安に襲われて、思わず体をかたくしてしまった。
何やってるんだろ。
一哉は今、隣にいるっていうのに。
「……?
どうした?」
些細な変化でも、体を触れ合わせて隣にいたら気づかないわけがない。
不思議そうに尋ねてくる声に、あたしはあわててかぶりを振った。
「ううん、何でもない」




