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あやまちから始まる恋の罠  作者: アルケミスト


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「イヤだわ、細川さんったら。

 あたし別にそんな悪女じゃないわよ」


「いやいや、何を言う!

 それだけ美人で前は銀座にいたってんなら、面倒見てくれるパトロンなんて、いくらでもいたんじゃないのか?」


 ほろ酔いの客が調子にのってくだらない話をしているのを、あたしは愛想笑いを浮かべながら聞き流している。


(つまんない男。

 ったく、とっとと帰ればいいのに)


 心の中では冷めたことを思いながら、口先ではお客の喜ぶことばかりをしゃべって、お酒を飲ませて。


 男はすっかりご機嫌な酔っ払いになって、日付の変わった頃やっと席を立ってくれた。


 支払いを済ませた客の体をもうひとりの女の子と支えながら、店の外まで送り出す。


 タクシーに乗せて、動き出した車を手を振りながら見送って……。


 タクシーが見えなくなったところで店に戻ろうかときびすを返しかけた、その時だった。


「あれ……もしかして香ちゃんじゃない?」


 少し離れた所から耳に届いた声に、あたしは硬直して立ち止まる。


 恐るおそる体を戻して、声のした方を見ると……。


「やっぱり、香ちゃんでしょ!?

 ビックリしたぁー、こんな所で会うなんてえ!」


 傍を通りかかった数人の大学生っぽい集団の中から、ひとりの女の子があたしに呼びかけていた。


「るりちゃん……!」


 ビックリしたのはこっちの方だ。


 なんでこんな所にいんのよ?


 アンタの家は、全然場所違うでしょ?


「ん?

 知り合い?

 杏奈さん、香っていうんだ?」


 一緒に出てきてた店の同僚が聞いてくる。


 杏奈というのはここでの源氏名だ。


 珠奈はもう名乗りたくなかったから、ウェヌスの後輩の名前をそのまま使った、適当な名前。


 それを聞いたるりちゃんは楽しそうにニャニヤと笑って、


「へえ……杏奈、ねえ。

 マジ衝撃。

 まさか香ちゃんが、こんな仕事してたなんて」


「ゴ、ゴメン、先行っててくれる?

 すぐに戻るから」


 あたしはとりあえず同僚に立ち去ってもらうためにそう言った。


 こんな所、見られたくない。


「うん、わかったわ」


 彼女が店の中に消えたのを見届けると、るりちゃんは一緒にいた人達を離れた所で待たせて、すぐ傍まで歩み寄ってくる。


 そして間近で、舐めるようにあたしの全身を見回して、


「何年ぶりかなぁ。

 見違えたねぇ、香ちゃん」


「るりちゃん」


 ホントに最悪だ。


 もう一生会うこともないと思っていたのに……どうして今さら、会ってしまうんだろう。


「まあ考えてみたら、あたしも香ちゃんももう20代だもんね。

 あ、あたしね、この辺りの女子大に通ってんだよ。

 今日はコンパだったの」


「へ、へえ……」


 そうだったんだ。


 あーあ、またこの店も辞めないと。


 あたしは彼女と話したいことなんて何もない。


 だからさっさと話を切り上げて店の中に逃げ込んでしまいたかったけれど、るりちゃんはそれを許しはしなかった。


 数年ぶりに再会しても、るりちゃんは昔と変わらない、人をバカにするような目であたしを見て、


「高校出ると同時にうちも出ちゃって、一体何してるのかと思ってたら。

 やっぱ高卒だと、こういう仕事になっちゃうのかぁ」


「っ……!」


 くだらない偏見だ。


 でも、ここで何を言ったって彼女がこういう目でしかあたしを見ないのは、わかりきっている。


 あたしが俯いて黙ったままでいると、るりちゃんはさらに楽しそうな声で、


「けど、よくよく見れば超似合ってるぅ!

 そうだよねー、男の人の相手するのはうまいはずだよねぇ。

 やっぱ素質ってやつ、あんのかなぁ」


「!!」


 頬がカッと熱くなるのを感じた。


 久々に聞いた声に、久々の感情。


 昔なら冷めた心でサラッと流せいてたはずなのに、今は彼女の侮辱に素直に心が反応してしまってる。


(ダメ、熱くなってどうすんの、香。

 こんなの聞き流していればいい。

 昔はいつだってそうしてたじゃない)


 あたしは自分で自分をなだめようとした。


 でもるりちゃんは、そんなあたしの努力を踏みにじるかのように、さらに追いうちをかけて……。


「うちの親にも、香ちゃん東京で元気に水商売やってるって言っとくよ。

 ……あ、でもあんま意味ないかな?

 香ちゃんもお母さんみたいに、いつ男の人とどっか消えたりするかわかんないもんね」


「……!!」


 もう、限界だった。


 どうしてなのかはわからない。


 でも今日は、るりちゃんの言葉が我慢できなかった。


 気づくとあたしはキッと顔を上げ、るりちゃんを睨みつけ、そして次の瞬間、振り上げた右手で思い切り彼女の頰をひっぱたいていた。


 響く頬を打つ音の響きと、掌から伝わる反動。


 ぶたれたるりちゃんは、状況が飲み込めないという顔で呆然としている。


 でもそれは最初だけで、震える手を頰に伸ばすと共に、見る間に怒りの感情が顔に広がり……。


「なっ、何すんのよ……!!」


 つかみかかろうと迫ってくる彼女を、あたしはさらに右手を振って払った。


「うるさい!

 アンタなんかに……アンタなんかに、あたしのこと言われたくないっ!!」


「な……!?

 生意気言ってんじゃないわよっ。

 親にも捨てられた女のくせにっ!!」


「だからなんだってのよ!?

 ロクでもない親ならいない方がマシよ!

 アンタんちみたいな世間体ばっかのくだらない親もね!!」


「なんですって!?」


 もう、止まらなかった。


 長年の鬱積なのかなんなのか。


 自分でもわからないけれど、あたしは感情をむき出しにして彼女とつかみ合いを始めた。


 離れた所で待っていた彼女の連れが駆け寄ってきて、あたし達を止めに入る。


 騒ぎに気づいたのか店からも何人かスタッフが出てきた。


 どんどん騒ぎが大きくなっているのはわかっていたけれど、もうどうしようもなかった。


 つかまれれば払い、逆にもう何発かお見舞いしてやろうと自分からも手を伸ばす。


 邪魔する周囲の手もよけながら、そんなことをしばらく続けていた時……。


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