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あやまちから始まる恋の罠  作者: アルケミスト


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 菅原さんは創業時からのベテラン社員。


 そして人柄を買われて社長秘書になってからも、もう何年にもなる。


 だからオレともすっかり気心が知れていて、留学前にもいろいろ相談に乗ってもらったりと、すでに兄貴のような存在になっている。


 本当に、普段から何かと気にかけてくれてる面倒見のいい人だけど……やつぱり彼にも、甘えることはできない。


 だからオレは明るく笑って、


「大丈夫だよ。

 彼女にいろいろ任せてはいたけど、ひとまず代理も後任も必要ない」


 キッパリと言い切ったが、菅原さんは一拍の間の後、困ったような笑みを浮かべて、


「僕が言ってるのは、そういうことではないんだけれど……」


「え?」


 キョトンとするオレに、菅原さんはアゴに手をやって少し考える仕草をした後、「いや、何でもありません」と、話を濁した。


 そしてフッと小さく息をついた後、いつもの冷静な秘書の顔に戻って、


「代理も後任もなしというわけにはいきません。

 しばらくは、私が副社長秘書も兼務しましょう」


 そう言って、オフクロにも『よろしいですか?』と確認した。


 オフクロは『菅原が大丈夫ならぜひ』と了承する。


「大丈夫だよ、心配いらないって」


 抵抗したがオフクロも菅原さんも譲らないので、渋々ながらもオレの方が折れた。


「わかったよ。

 それじゃあしばらくの間、頼む」


「橋本さんのことはどうするの?

 探すって言っても心当たりは……」


「大丈夫だ。

 橋本はちゃんと探し出す。

 だから心配しないでくれ」


 そう言って、安心させるようにふたりの肩をポンポンと叩いた。


 オフクロはまだ心配そうな表情は見せているものの、本人がそう言うなら仕方ないと考えたのか、


「……わかったわ。

 でも無理はしないで。

 何かあったらいつでも相談してね」


 と言った。


 とりあえず事情を説明して納得してもらえたことに安堵して、オレは社長室を後にする。


 時刻はもう十時近いが、まだ副社長室で目を通すべき資料などがいくつかある。


 もう一息だと自分で自分を励まして、オレは部屋に戻った。





 それからしばらく、静かな副社長室で資料や部下からの申請書類との格闘をしていると……。


 トントントン。


 突然鳴り響いたノックに、思わず肩を震わせて顔を上げた。


「……誰だ?」


 オフクロはさっき、今日は疲れたからじきに帰って休むと言っていた。


 当然菅原さんもそれについて帰り、もう残っているのは自分だけだと思っていたのだが……。


 一瞬もしやという期待が胸をよぎったが、ドアを開けて入って来たのは菅原さんだった。


「なんだ、菅原さんか……」


 思わずため息をつきながらそう声を漏らすと、


「橋本さんだと思ったか?」


 彼は薄い笑みを浮かべて、敬語ではない口調でそう聞いてきた。


 学生の頃から慕っていて気心の知れている菅原さんとは、もうだいぶ前からお互いタメ口で話していた。


 だけどオレが副社長に就任してからは、立場上のけじめとして、彼は仕事中だけ敬語を使うのだ。


 その菅原さんがタメ口で話していることで、これがプライベートモードであることをすぐに理解しながら、オレははにかむ。


「辞表置いてった日の夜にソッコー戻ってくるわけないだろ」


 本当は図星だったんだが、もちろんそんなことは言えない。


 だけど菅原さんにはお見通しのようで、彼は意味ありげな含み笑みを浮かべながら部屋に入ってくると、


「それでも、戻ってきてほしいって思ってるんだろ。

 顔に書いてあるぞ」


「……」


 まったく、菅原さんにはかなわない。


 オレは言い訳するだけムダだと悟り、ただ軽く肩をすくめて答えにした。


 そしてここにやってきた理由を、単刀直入に確認する。


「どうしたんだよ?

 オフクロと一緒に帰らなかったのか?」


「社長はさっきお帰りになった。

 僕は様子見だよ。

 なんだかんだで社長もまだ心配してるし、僕も気にかかったから」


「……ったく、ふたりとも心配性だな。

 大丈夫だって言ったろ。

 菅原さんが助けてくれるなら充分乗り切れるよ」


 苦笑してそう言ったけれど、菅原さんはそれに対して首を横に振った。


「そういう表向きの話はもういい。

 僕が言ってるのはそんなことじゃないって、さっきも言っただろ」


「え?」


 ギクリとしたのを極力顔には出さないようにしたつもりだが、果たしてそれはうまくいっただろうか。


 完全に仕事の手が止まってしまったオレに向かって、菅原さんは、


「橋本さんに戻ってきてほしいのは、仕事のためだけじゃない。

 キミ自身が彼女を必要としてるから。

 そうだろ?」


「!

 菅原さん……」


「キミ達の間にどんなことがあったのかまでは知らない。

 でも社長も僕も、そんなのは薄々気づいてるさ」


「……」


「彼女が秘書になって、それほど長い期間は経っていない。

 けれども、はたから見ていても、キミが彼女を信頼していて何かと目にかけているのはよくわかった。

 ただの秘書とは思えないくらいに、ね」


「菅原さん。

 オレは……」


 とっさにそう口を開いたけれど、その先の言葉は出てこない。


 今さら表面だけの言い訳をして何になるのか。


 わかってる。


 菅原さんの言ってることは、全部図星だ。


(お手上げだよ。

 ったく……)


 オレは手に持ったままだった書類も全部机の上にパサッと戻して、ゆっくり立ち上がった。


 自分を見つめる菅原さんに自嘲気味の曖昧な笑みを浮かべて、


「だけど、アイツはいなくなっちまった。

 アイツには迷惑だったみたいだ」


 すると菅原さんは、さっきと同じようにアゴに手をあてて軽く首をひねる。


 それは、 考えるときや反論をする時に彼がよく見せるクセだ。


「そうなのかな?」


「えっ!?」


 彼のセリフの意味が瞬時に理解できず、思わず聞き返すと、


「迷惑だからいなくなったとは限らない。

 ……イヤ、むしろ違うんじゃないか」


「違う……?」

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