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あやまちから始まる恋の罠  作者: アルケミスト


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 一哉side





 菅原さんから連絡を受けたのは、会社に向かう車内だった。


 オフクロは今日は日帰りで大阪に出張する予定があり、菅原さんがオフクロを空港まで送ってから出勤する予定だった。


 そのため菅原さんの出社は遅れる予定で、今日は香が秘書室の鍵を開けることになる。


 特に問題はないか念のため八時半に会社へ電話をしたところ、秘書室の応答がなかったというのだ。


 菅原さんはオレに『何か聞いていないか』と尋ねてきたが、心当たりはない。


 とにかくオレが間もなく会社に到着するから、この目で確かめると言って通話を切った。


 会社に着き、まず秘書室のドアノブを回す。


 開かない。


 次に自室の副社長室を確認した。


 が、こちらもやはり、鍵がかかり固く閉ざされたまま。


「……っ」


 オレは嫌な予感が走るのを感じていた。


 ことあるごとに文句を言いながらも、それがプライドなのか、与えられた仕事はきっちりこなす女だった。


 秘書たる者上司より先に出勤しているのが当然とあって、毎朝始業時間よりだいぶ早く出勤して、この部屋も綺麗に掃除を済ませていたのに。


 自分の鍵で施錠を解いて中に入り、オレは室内を見渡す。


 ……特に変わったことは何もない。


 掃除がされていないことを除いては。


 オレはすぐに自分のデスクに移動した。


 そして、見つけた。


 机の上にまっすぐ置かれた一通の封筒を。


「アイツ……!!」


 辞表という文字が目に飛び込んできた瞬間、わしづかみするかのようにそれを手に取る。


 すぐに封を切って中を見たが、綺麗な筆跡でお決まりの辞職の申し出が書かれているだけだった。


「なんで……!!」


 こんな文章から何がわかるっていうんだ?


 何もわかりなどしない。


 アイツの心の中は見えない。


(なんで……さらけ出さねえんだ?

 何も言わずにいなくなって!!

 それで何が変わるってんだよ!?)


 ただ、変えてやりたかった。


 それだけなのに。


 初めて会ったあの夜、死にそうなくらいつまらなそうで、寂しそうな顔をしていた。


 人形のような笑顔とみせかけの楽しさでごまかしていたけれど、オレにはそれがわかったんだ。


 自分と似ていたから。


 だから、彼女の世界を変えてやりたいと思った。


 彼女を変えることで、自分も変われるかもしれない。


 そんな思いもあった。


 だけどその思いは、そんなにもアイツには重荷だったのか?


 姿を消さなければいけないくらい。


 何度も愛しあったのに、それはやはり体だけで、心までは少しも触れていなかったのだろうか。


「バカヤロ……!」


 苦い思いが体全体を駆け巡る。


 思わず辞表を破り捨てたくなったが、すんでのところでそれを思いとどまった。


「これは、直接突き返してやる。

 それまで、預かっておくだけだ」


 どこかにいる香に少しでも届けばいいと声に出してそう言い、オレは辞表をスーツの内ポケットにしまった。


(きっと、もうどっちの電話もつながんねえな)


 黙って消えると決めたのなら、連絡がつく状態にしておくほどマヌケな女じゃない。


 電話はするだけムダだろう。


 ウェヌスも、もう辞めてしまっているかもしれない。


(くそっ。

 だけど、これで終わりになんてしない……!!)


 本当はすぐにでも、この部屋を飛び出して香を探しに行きたかった。


 でも、それはできない。


 自分には今日も、やらなければいけない仕事がたくさんある。


 香がフォローしていてくれたおかげで、初めての職務でも順調に日々を過ごしていた。


 だけど香がいなくなったからと言って、それを放り出すことなんてできないから。


 心にポッカリと穴があいたような隙間を感じながら、オレは自分の、副社長の椅子に座った。


 と、座って初めて、辞表の置いてあった中央とは別……机の右隅の方に、他にも置かれている物があったことに気づく。


「これ……」


 それはオレが香に預けていたスケジュール帳だった。


 仕事に関するメモもたくさん書いてあるいら、たしかにこれがないと困る。


 オレは無言でそれを手に取り、留め具を外して中を開いてみた。


 背表紙に付属したペンホルダーがあり、そこにペンをさせるようになっているのだが、ホルダーには、何もささっていない。


 前に使っていた自分の万年筆は、今は自分が持っている。


 香に新しいのをプレゼントしたことで、香がペンを入れ替え、ここに自分のをさして使っていたはずだ。


 と、いうことは……。


「絶対見つけてやる、香。

 このままオレの前から消えるなんて、許さねえからな」


 外したしたペンホルダーにかすかな希望があることを確信して、オレは手帳を持つ手にグッと力を込めた……。





 午後になると会議や商談が立て続き、あっという間に仕事に忙殺されていく。


 香がいないことについては、表向きは家庭の事情で急きょ休みを取っている、ということにした。


 だが、いつ戻るかもわからない状態でさすがに全員に嘘はつけない。


 少し悩んだが、オレは社長であるオフクロと、その秘書の菅原さんにだけは本当の理由を話すことにした。


 もちろん、いなくなった理由まで事細かには言えないが。


 朝から大阪に飛んでいたオフクロから、夜の八時頃になって東京に着いたと連絡があった。


 オレも菅原さんもまだ会社にいると知ると顔を出すというので、オフクロが社長室に入るとすぐ、訪ねていって話を切り出す。


 手短かに、香が何か思うところがあって辞表を置いて黙っていなくなったと説明すると、オフクロは悲しみに顔を歪めて、


「……そうだったの。

 どうしてかしら。

 すごく優秀で、問題なんて何もなかったのに」


「……わからない。

 けど、黙って辞めさせる気はないから。

 居所見つけて話をして……まあその先は、そん時考える」


 オフクロを心配させないようにキビキビとそう告げた。


 と、オフクロの隣で黙って話を聞いていた菅原さんがおもむろに口を開く。


「……大丈夫ですか?

 一哉クンひとりで」


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