28
その日の夜。
あたしは部屋でひとりワインを開けて、ボンヤリ物思いにふけっていた。
あの後、社長はすぐに秘書室を出て行き、一哉も予定どおりの時間に戻り、何事もなく仕事に戻っている。
もちろん社長とふたりで話をしたことは、一哉には話していない。
そうして滞りなく仕事を終え、家に帰ってきたけれど……。
「はあ……なんなのよ、ったく……」
なぜだか心がどんよりと重くて、どれだけグラスを空にしても、ちっとも軽くならない。
この感じはなんだろう?
いつものストレスなら、ウェヌスで一晩騒げばスッキリする。
だけど今はそんな気分にもならないし、お酒でまぎらわすこともできない。
「あーもうっ、ムシャクシャするっ!」
半ばヤケでさらにグラスを空けようとしたら、タイミングを見計らったかのように携帯の着信音がそれを止めた。
「……?」
今日も鳴っているのは珠奈の方だ。
そしてディスプレイを見ると、相手はママ。
(今日は何よ……?)
投げやりな態度で応答ボタンを押すと、すぐにママの声がまくし立ててきた。
『あつ、珠奈?
ねえ、あなた今日来ないの!?
っていうか、井上さんは来ないの!?』
「は?
何ですか、いきなり?」
(あたしが行く行かないはともかく、なんで一哉の来店予定なんか聞かれなきゃいけないのよ)
だけどあたしの訝りなんてお構いなしでママが続けてきた言葉に、あたしも次の瞬間、電話でママの話を聞きながら口にしたワインを噴きそうになる。
『いきなりじゃないでしょ!
あの人、昨日うちにカード置いてってるのよ!
困るわよぉっ、こんなのバレたら、うち営業停止よぉっ』
「え!?
カ、カードッ!?」
って、クレジットカードってことだよね?
そういえば昨日、一哉が店を出る前にボーイに何か投げて渡していたけれど……。
(クレジットカードだったの、あれ!?)
ありえない。
クレジットカードを店に預けるなんて話、聞いたことないよ。
(何考えてんの、アイツ!?)
「すみません、すぐに店に行くよう伝えますから!」
あたしは余計なことは一切言わず、それだけ告げてすぐに電話を切った。
そして即、一哉の番号を呼び出してダイヤルする。
数回のコールの後、応答があった。
『もしもし。
どうした?』
「どうした、じゃないわよっ。
アンタ昨日、ボーイにカード渡したんだって!?
今ママからこっちに電話があったのよ!」
一気にわめき立てると少しの間の後、
「……あぁ。
そうだったな、忘れてた』
「はあ!?
マジで信じらんないっ。
とにかく今すぐ店に行ってカード受け取ってきて!」
『今から?
まあ仕方ねーか、昨日の支払いもあるしな。
けど、じゃあお前も来いよ』
「な、なんであたしまで行かないといけないのよ!?」
一哉が勝手にやったことなのに、あたしまで共犯みたいな言い方されちゃたまらない。
キリキリと眉を吊り上げるあたしの心を知ってか知らずか、一哉はまったく悪びれた様子もなく、
『まさか支払いだけして帰ってこれないだろ。
あの店で飲むなら、お前以外に誰が相手すんだ?』
「知らないわよそんなことっ。
誰とでも適当に飲めばいいでしょ!」
さらに怒鳴ると、一哉はチッと軽く舌打ちして、
『わめくなっての。
お前が行かないなら、オレも行かない。
何ならあのカード、お前にやるぜ』
「!?
何言ってんの?」
カードあげるって……本気で意味わかんないんだけど。
ア然とするあたしに追いうちをかけるように、
『お前でカード切ってくれていいし、返さなくていい。
自由に使え』
そっけなく言って、一哉は『それじゃあな』と電話を切ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
他人のカードなんてもらえるわけない。
あたしはとっさに答えてしまっていた。
「わかったわよ、行くわよ!
だからアンタも今すぐ店に向かって!」
すると一哉は感情のつかめないような声で、
『……そうか。
それじゃあまぁ、向かうよ』
それで会話は終わり、あたしはため息をつきながら電話を切った。
(ホント、どういうつもりよ)
強引で大胆なところがある一哉だけれど、カードを他人に渡すなんていうのは、ちょっと次元が違うでしょ。
「はぁ……とにかく行くしかないか」
言ってしまったものは仕方ない。
あたしは急いで身支度を済ますと、すぐに家を出た。
タクシーの中でママに電話して、その数十分後には店に着く。
控え室にいるとママがすっ飛んできて、一哉はもう来店していて、カードも無事返したと教えてくれた。
「ホントびっくりしたわあ。
何事もなくてよかったけど」
「すみませんでした、お騒がせして」
なんであたしが謝らないといけないのよ、と思いつつも渋々謝って、すぐにラウンジに出る。
ヘルプの女の子と談笑してた一哉はあたしが来たのに気づくと、
「よぉ珠奈、遅かったじゃないか。
待ちくたびれたぜ」
(んなことアンタが言えたクチか!)
叫びたいのを必死で堪えていると、ヘルプの子達が遠ざかっていった。
彼女たちを見送ってからあたしは目を吊り上げて一哉に迫った。




