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またまたおかしなことを聞くなぁ。
そんなことを思いつつも、あたしは日々の一哉の顔を思い出して、
「楽しい……んじゃないでしょうか。
ご本人から伺ったことはありませんが、何にでもすごく意欲的に接してらっしゃいますから」
そう話すと、社長はやっと心底安心したように大きな息をついた。
「ああ、そう。
秘書のあなたがそう思うのなら、きっとそうなのね。
よかった、安心したわ!
どうもありがとう」
「いえ……」
母親として息子が気がかりということなんだろうか。
でもなんか、社長の表情はそれだけじゃない気がする。
あたしは当たり障りのない言葉を選んで、試しに尋ねてみた。
「副社長は最初から経営に加わるつもりでビジネス留学されていたんですよね?」
すると社長は少しだけ目を丸くしたけれど、特に不快な様子もなく答えてくれた。
「ええ、そうよ。
あの子自身がそう言ってくれたから、私が留学先を手配したの。
まあいきなり副社長に就任したのは、前任の退陣があったからだけどね」
「そうですか。
だとしたら、副社長にすれば実際に経営に関わるという思いが叶ったわけですし、やはり、楽しくて当然じゃないんでしょうか」
あたしがそう言うと、社長はなぜかぎこちない表情になって、
「……そうなんだけどね。
でも就任前には、あの子にもいろいろとあって。
実は私が副社長就任を勧めても、あの子が迷っている時期もあったの。
だから少し、心配でね……」
そう言って目を伏せる社長。
あたしは顔には出さないようにしつつも、内心ではかなり驚いていた。
(一哉はすんなり副社長になったわけじゃなかったんだ……。
いろいろって何なんだろう?)
社長の意味深な言葉が気にならないわけでもないけれど、さすがにそこまで突っ込んでは聞けない。
何かうまい聞き方はないかと考えあぐねているうちに、
「嫌だわ、ごめんなさい。
こんな内輪の話、あなたからしてみたらどうでもよかったわね」
空気が重くなっているのに気づいたのか、社長にサラッと話をそらされてしまった。
「いえ、お気になさらず」
「私ったら、どうしても心配性が抜けないのよね。
いい歳して子離れしてないって思うでしょう?」
そう言って、社長は恥ずかしそうに笑う。
「そんなことはないですよ」
少し微笑んで返すと、社長は小さく首を横に振って、
「いいえ。
きっとそうなのよ。
一哉には昔、私のせいでたくさん苦労かけたから、今はとにかく不自由や辛い思いをさせたくなくてね。
ついつい心配性になっちゃうの」
あたしはハッと息を飲んだ。
苦労という言葉で思い出したんだ。
昨日一哉から聞いた話について……。
(一哉を育てられないくらい、貧乏な時もあったんだよね……)
離婚して一人息子を育てる中、生活が行き詰まって、仕方なく一哉を施設に預けた。
一哉の話からすると、数年で生活を立て直して迎えに行ったんだんだろうけれど。
(きっと、並大抵の苦労じゃなかったろうな……)
社長も。
そして……一哉も。
経済面も大変だったろうけれど、それ以上に一哉にとって母親と離れなければいけなかった数年は、相当寂しかったに違いない。
『ここはオレが毎日祈ってた場所』
一哉はそう言っていた。
昨日はサラリと聞いてしまったけれど今思えばあれは、早く母親のもとに戻れるように祈ってたということだったのかもしれない。
あたしは今さらながら、ふたりの苦労を思って神妙になる。
だけどあたしがそんな事情まで知っているとは思っていない社長は、あたしの気持ちには気づかずに、
「本当にごめんなさいね。
いくつになっても、親にとって子供は子供だから。
だけど一哉に聞くと、いつまでも子供扱いするなって怒られちゃうでしょ。
だから、橋本さんからこっそり聞いたってわけ」
そう言うと、少女みたいにペロリと舌を出して笑った。
おどけたいたずらっ子みたいだけれど。
でもその表情はたしかに、『母親』のものだった。
「愛してらっしゃるんですね。
一哉……副社長のこと」
気づくと、そんなセリフが口をついて出ていた。
愛してるなんてガラにもない言葉に、言ってから自分でちょっと驚いてしまう。
社長も少しだけ驚いた顔をしたけれど、すぐにふわりと微笑んで、
「それは、もちろん。
だって大切な息子ですもの。
一哉も勇も、比べようがないくらいどっちも愛してるわ」
「そうですよね」
眩しい笑顔だな、と思った。
そっかなんとなく、わかった気がする。
母親と離れても、一哉が施設でちゃんと待っていられた理由。
それに、辛い過去を背負っていても、今、一哉があんなに前向きで堂々としている理由。
あたしとは根本的に違うところ。
(一哉は、愛されてる。
昔も今も……)
生活が苦しくても寂しくても、心に残る愛されているという記憶が、一哉を支えたんだろう。
だから一哉は待ち続けて、お母さんと再会して……そして今、こうして一緒に生活をしている。
(やっぱり……あたしと一哉は、ゼンゼン違う)
一哉は、幸せだ。
家族で生活できるようになったからとかお金持ちになれたからとか、そんな理由じゃない。
一哉には、彼を愛してる家族がいる。
それが、幸せ。
それだけで、他のどんな苦労も帳消しになるくらい、アイツは恵まれているんだと思う。
(あたしとは、違うんだ……)
あたしと一哉の間にある、境界線。
消せない大きなミゾを、あたしは改めてハッキリと意識していた。




