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一哉があたしを連れてきたのは、どこにあるのかもわからない……だけどもすごく神秘的でキレイな、教会だった。
あたりは背の高い木々が立ち並び、その中にひっそりと建っ白い外壁の建物は、パッと見はただの洋館に見える。
だけど大きな木の扉を開けるとそこは小さな礼拝堂で、それで初めて教会だと気づいたんだけれど。
(いったい、どこだろ、ここ。
けっこう長い時間走ってたから、都内だとしても相当郊外なんじゃ……)
そして時間は真夜中。
こんな時間に迷わず連れてくるからには、一哉が以前から知っている場所だっていうのは明らか。
鍵が開いているのも、不思議だし。
「ねえ。
なんなの、ここ?」
中央の通路をまっすぐ歩いていく一哉を追いかけて、あたしは背中から声をかける。
振り向いた彼の肩越しに、慈愛の笑みを浮かべるマリア像が見えた。
さらにその後ろは大きなステンドグラスになっていて、差し込む月明かりで堂内は神秘的な光に包まれている。
その光を浴びながら、一哉が囁くように静かに答えた。
「オレの中で……一番神様に近い、神聖な場所だ」
「え……?」
意味がわからなくて首をかしげるあたしに、一哉は軽く微笑んで、
「ここは、オレがガキの頃一時期入ってた施設。
その中の礼拝堂なんだ。
今は施設の方はもう閉鎖されたんだけど、礼拝堂だけは地域住民の管理でこうして遺されている」
「施設……!?」
あたしは思わず強張った声を出したけれど、当の一哉はこともなげに笑って、
「俗に言う孤児院ってやつだよ。
まあオレはオフクロが相当ビンボーになっちまった時に救済措置として預けられただけだから、三年くらいだけどな」
(一哉が……孤児院に入ってた……?)
それはすぐには信じられない話だった。
だって、いつだって自信に溢れて堂々としている一哉と、孤児院だなんて言葉は、とてもじゃないけれどすんなり結びつかない。
それが、たとえ一時的に預けられていただけだとしても。
(それに、貧乏って……あの社長と一哉に、そんな大変な時期があったの……?)
あたしが無言のまま頭の中でいろんな考えを巡らせていたら、一哉が困ったように笑いかけてくる。
「オイオイ、そんな顔すんなよ。
別にオレの苦労話したくて言ってんじゃないんだから」
「で、でも」
「でもじゃなくて。
単にオレが毎日祈ってた場所だってことを言いたかったんだよ。
厳かな気分に浸るにはおあつらえむきの場所だろ?」
「厳かな気分?」
おうむ返しに聞いたあたしに、一哉がスッと腕を伸ばしてきた。
瞳は、その手を握り返すことをあたしに求めている。
「そうだよ。
ホントはこんな深夜じゃなかったら、会社の連中とかオレの家族とか……賑やかにお前の誕生日を祝える場所に行ってもいいんだけどな。
さすがにそれは無理だし」
「だから、ここ?」
「ああ。
特別にするって約束だからな。
オレがもう一度、ここでお前を祝ってやる」
「一哉……」
幻想的な光の中で、一哉が『ホラ』と催促するように一歩踏み出し、さらに手を伸ばした。
あたしはためらう。
その手をとるべきか、とらないべきか。
だけど迷っている時点であたしはもう、いつものあたしじゃない。
そう思ったのとほぼ同時に、一哉の手は強引にあたしの右手をつかんでいた。
「あ……!」
グイッと腕が引かれて。
そうしてあたし達は、マリア様の前で唇を重ねる。
「んっ……!」
激しいキスに呼吸を奪われ、閉じたまぶたの奥で淡い光がチカチカと瞬く。
どうしてだろう。
決して自分から求めてなんかいないはずなのに、一哉を突き飛ばすための力は、体のどこからも湧いてこない。
それどころかむしろ、どんどん力が入らなくなって、あたしの体は今にもくずれそうだ。
だけどそれに気づいた一哉の腕が、しっかりとあたしの背中を抱く。
長い長いキスの後、ようやく唇を離した一哉は言った。
「誕主日おめでとう、香。
お前が生まれた日がめでたくないなんてことは、ないんだ。
だって少なくともオレは、お前がこの世に生まれてくれてよかったと思うからな」
「何……言って……」
この世に生まれてくれてよかったなんて。
そんなこと、このあたしに言わないでよ。
その言葉はきっと、あたしには毒薬。
誰にも触れさせないあたしの殻を、その毒は鋭く甘く、内側から壊していくんだ。
「香。
さっきみたいに、オレの名前を呼べよ」
「え!?」
耳たぶをくすぐる声にいろんな意味で身をすくめる。
だけど耳にはさらに熱いキスが埋められ、
「さっき呼んだだろ。
今夜はずっと、そう呼べ」
あぁ……そういえば今夜は何度か、一哉の名前を口にしてしまった。
普段なら決してそんなことはないけれど、驚きや動揺でいつの間にか気にとめるのも忘れていて……。
「ホラ、香。
オレが今夜を、忘れられない夜にしてやるから」
再び襲う、あたしを丸ごと飲み込むほどのキス。
もうあたしは、自分の足で立っていることすら危うい。
「一哉……」
一哉の腕に身を預けて。
ボンヤリかすむ意識の中で、あたしは何度もその名前を呼んでいた……。




