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あやまちから始まる恋の罠  作者: アルケミスト


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「て、ていうかっ。

 ナニ勝手に、ペアになんてしてくれちゃってんのよ!」


 ……なんて言っていいかわからなかった。


 常連客がくれるプレゼントには、簡単に笑顔で『ありがとう』と言えるのに。


 一哉には儀礼的にですらその言葉が言えなくて、気づとあたしはまた、こんなイヤミを吐いている。


 一哉は眉間にしわを寄せて、


「いいだろ別に。

 つーか手帳の方ともブランド揃えてんだよ。

 一応それなりに高級品なんだぜ、それも」


「知らないわよ。

 今さら万年筆とかアナログすぎるし。

 どうせ文房具くれるならiPadくらい買ってっての」


「はあ!?

 あのな、何でもデジタル化すりゃいいってもんじゃねえだろが。

 オレは好きなんだよ、万年筆の書き味が」


「あっそ。

 いい歳してジジイ趣味なのね」


「ジ……!?」


 ……何言ってるんだろ、あたし。


 口をついて出る言葉は、心とは正反対のイヤミばっかり。


 ホントは、お礼くらい素直に言ってあげてもいいかなって思っているのに。


 だってこれはきっと、あたしがもらった、生まれて初めての、正真正銘の、誕生日プレゼントなんだから。


「やめた、やめた。

 せっかくのめでたい日にケンカしてても仕方ねえ」


 しばらく言い合った後、唐突に一哉が言って、ドサッと背もたれに身を預けた。


 一哉はテーブルに置いてあったグラスを、長い腕を伸ばして取って、


「お前もな。

 あんまりいつまでも可愛くないと、キスでその口ふさぐぞ」


「……!!」


 不覚にもピクッと肩を震わせて、あたしは黙り込んでしまう。


 一哉はおとなしくなったあたしを満足そうに眺めて、


「そうそう。

 今夜くらいは素直にしおらしくしとけ。

 特別な日なんだから」


 特別な日。


 その言菓が小さく胸に引っかかった。


「……別に特別じゃないわよ。

 めでたくもないし」


 さっきまでこんなこと言うつもりもなかったのに、言葉がスルリと口をついて出る。


「……ん?」


 首をかしげた一哉にあたしは続けて、


「勘違いされたくないから言っとくけど。

 別にマジでみんなに祝ってほしいなんて思ってないから。

 いい稼ぎになるでしょ。

 だから来てるだけ」


 そう、ただそれだけ。


 だからあたしが誕生日を祝ってもらうことを期待してるとか喜んでるとか、そんなふうには思われたくない。


(誕生日なんてあたしには別に、特別な日じゃないんだから)


 一哉にそう話しながら、自分自身でもう一度それを確認しているみたいだった。


 おかしな感覚。


 何を今さら、あたしはこんなことを考えてるんだろ?


(やっぱ調子狂うコイツといると)


 ブランド物のスーツとか渡してきたかと思えば、誕生日には万年筆。


 人を振り回してこき使うくせに、こんな日にだけいいヤツぶって。


 やっぱりキケンだ、コイツは。


 打ち解けないで秘書の仕事だけやっていればいいと思っていたけれど……それもダメかもしれない。


 一哉といると、あたしの中の何かが音をたてる。


 チリンチリンと、かすかな鈴の音のように。


 その音があたしの心を震わせて、言いようのない不安を連れてくる。


「よくわかんねぇな、お前の言ってることは」


 そりゃそうでしょうとも。


 アンタにはわからないわよ。


「わかんねえけど。

 お前が誕生日を特別じゃないって言うなら、オレが今夜を特別にしてやるよ」


「え……!?」


 小さく叫んだ時には、あたしはもう一哉の腕の中にいた。


 最初はただ抱きしめられただけ。


 だけどすぐにまたあたしの体は強い力で引かれて、重力に逆らってフワッと体が浮き上がる感覚に襲われる……。


「ちょっ……な、何してんのよ!?」


 抱きかかえられたんだって把握した途端、あたしは周囲の目も忘れて叫んでいた。


 これじや俗に言うお姫様抱っこ。


 周りのテーブルの女の子や客の視線が、あっという間にこっちに集中する。


「降ろしてよっ。

 どういうつもり!?」


 金切り声をあげるあたしとは対照的に、一哉は落ち着き払ってゆっくりとした口調で、


「場所変えようぜ。

 ここじゃちょっとばかし力不足だ」


「は!?

 何がよ!?」


「だから言ったろ。

 今夜を、お前にとって特別な夜にしてやるって」


「な!?

 誰もそんなこと頼んで……!」


 セリフは最後まで言えない。


 一哉はトラブルかと駆け寄ってきたボーイにポイッと何かを投げて渡すと、


「珠奈借りる代わりに、それ渡しとく。

 サインは今度するから」


 そう言って、あたしを抱きかかえたままズンズンと店の出口に向かって歩き出す。


「あっ、井上様!?

 珠奈……!?」


 接客中のママもギョッとしてあたし達を見たけれど、一哉はそれにも見向きもしないで、あっという間に店を出た。


 薄手のドレスのまま夜風にさらされるあたしをかばうように抱いて、一哉はすぐにタクシーをつかまえると、


「さてと。

 行くか。

 トクベツなことをしに」


 片方の唇の端だけを上げて笑う。


 あの、すべてを楽しむかのような不敵な笑みを浮かべた。


 ああ、今夜はもうダメだなって。


 その笑みを見た瞬間、心のどこかで気づいていた。


 きっと今夜は、あたしはもう、一哉から逃げられない。


 流される?


 飲み込まれる?


 言葉なんてどっちでもいいけれど。


 とにかくきっと、あたしはもう一哉の世界に引きずり込まれているんだろう。


 車窓の外を流れるまばゆいネオンを見つめながら、あたしはボンヤリとそんなことを考えていた……。

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