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声の方に顔を向けると、ママが満面の笑みでこっちの席へ歩いてきて、
「井上様、いらっしゃいませ。
お久しぶりでございますわ!」
「ああ。
最近ちょっと立て込んでたんだが、珠奈の誕生日とあっちゃ来ないわけにはいかないからな」
「まぁ、ありがとうございます!
あなたは幸せ者ねー、珠奈。
こんな時間でも駆けつてくださるお客様がいて」
「え、ええ……」
(幸せ者?
むしろ逆ですけど!)
ママがご機嫌なのは、ひとえに思いがけない金ヅルが最後に飛び込んで来たからだ。
一哉はまだ新参者だけれど前回が思いがけず大盤振る舞いだったから、ママの見る目もすっかり変わってしまっている。
「お時間は気になさらず、ごゆっくりお楽しみ下さいね」
一哉にそう微笑んで、ママはさりげなくあたしの肩をポンと叩いた。
『しっかりやるのよ』
そういう意味だ。
(ったく……最悪!)
でも最初にママに大ミエ切ってある手前、最後の最後でショボい接客だなんて、あたし自身もシャクにさわる。
「な?
そういうことだ。
まあとりあえず、水割りでもくれよ」
したり顔で言う一哉の声が、ますますムカつくけれど……。
「わかったわよ!」
こうなったら今日もまた、思いっきり注ぎ込ませてやるんだから。
あたしは腹を決めて水割りを作り始めた。
「あたしの祝いだっていうからには、覚悟しなさいよね」
「わかってるって。
その代わりお前も、ありがとうくらい言えよ」
「誰が!
だからさっきも言ったでしょ、迷惑なんだって!」
水割りグラスを乱暴に差し出すと、一哉は薄く笑いながらそれを受け取って、
「ったく、ホントに素だと可愛げのない女だなお前は。
……まあいいけどな。
オレがやりたくてやってるだけだし」
「え?」
一瞬とまどったあたしに、一哉はグラスを目の位置の高さまでかかげて笑う。
「HAPPY BIRTHDAY、香」
ドキッとした。
シャクだけど。
ネイティブ並の流暢な英語で言われたから……じゃない。
ドキッとしたのは……一哉があたしのことを、香って呼んだから。
(やめてよ。
香におめでとうなんて言われ慣れてないし)
「……違うわ。
今は珠奈よ」
動揺を隠すようにくぐもった声で言う。
だけど一哉はハンッと鼻で笑って、
「何言ってんだよ。
今日はお前の生まれた日だろ」
キッパリとそう言い切ると、スーツの内ポケットから小さな包みを取り出した。
それをテーブルの上に置いて、スッとあたしの方に滑らせ、
「プレゼント。
普段の感謝も込めて、な」
あたしは無言で目の前に置かれた包みを眺めた。
それはあたしの両手に乗るくらいの小さな物だ。
上品な包装紙とリボンできちんと包装されている。
「こんな物であたしのご機嫌とれるだとか思わないでよね。
今日はいろんな男から、山のように贈り物をもらってるんだから」
ソワソワしている内心を隠したくて、そんな憎まれ口を叩くと。
「どうせブランドのバッグとか財布だろ。
お前、そんな物のがよかったのか?」
と、さも意外そうな顔をされる。
(別にいいわけじゃないけど……)
ブランドなんて興味もないし、出勤用のは充分間に合っているからわざわざ欲しいとは思わない。
正直、ホステスとしての体面を装ってちょっと強がりを言っただけだ。
だけどそんなことを一哉に打ち明けるわけにもいかず黙り込んでいると、一哉は無造作に髪を搔き上げながら、
「貢ぎ物とプレゼントは違うだろ。
誕生日に渡すのに、オレはそんな物は買わないさ」
そう言って、目線で包みを手に取るようあたしに促す。
「……」
ちょっと迷ったけれど、結局あたしは包みを取って、包装をほどき始めた。
包装紙の中から出てきたのは、細長い長方形のケース。
フタの部分を開けると、そこには……。
「これ……ペン?」
そう。
それは銀色の細いフォルムのボディにキャップがついた、光沢のあるペンだった。
「まあペンっちゃペンだけどな。
ちゃんと見てみろって」
さらに言われて、つい素直にそれをケースから取り出す。
キャップを開けてみて気づいた。
「万年筆」
そこには特徴のある金色のペン先がついている。
そしてそれが万年筆だとわかった時、あたしはハッと思い出した。
「これ、もしかして、アンタの手帳のと……?」
「そっ。
一緒になってたからお前あの万年筆使ってるけど、書きにくいんだろ?
時々不満そうな顔してるもんな」
「……」
驚きで、また言葉が出なかった
(気づいて……たんだ……)
というかそれは、あたしでさえ、今言われて初めて気づいたことなのに。
秘書に就任した日に一哉から渡された、彼のスケジュール帳。
一哉はそれをメモ板代わりにも使っていて、あたしはしょっちゅう、あの手帳にメモをとることを言いつけられていた。
手帳にはペンホルダーがついていて、そこには最初から一本の万年筆がさしてあった。
だからそれを使った方がいいんだろうと思って、あたしはいつもそれでメモや予定を書き込んでいたんだけれど……。
(たしかにあれ、ちょっと書きづらいんだよね。
そもそも持ちづらいというか)
きっとあれは男物だからだと、今ようやくわかった。
だけどあたしはそれについて一哉に文句を言ったことはないし、そんなに不満そうな顔をしていたつもりもない。
だってホントに、ささいな違和感程度のことだったから。
(それを!
一哉が、気づいていたなんて……)
「明日からそれを使えよ。
たぶんそのうち、お前の手になじむ」
声に顔を上げると、一哉がフワリと柔らかい笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見た瞬間、トクンと胸が音をたてたのに、あたしは敏感に気づいてしまう。
高級ブランドのバッグに比べたら小さくてジミで、飾り気のないプレゼント。
だけどこれは一哉があたしを見て……あたしのために、買ってくれた物。
珠奈じゃなくて、香に。
毎日のあたしを見ていなかったら、きっとこんなプレゼントは思いつかない……。




