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あやまちから始まる恋の罠  作者: アルケミスト


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 そうしてまた一週間が過ぎた金曜日。


 定時を二時間ほど過ぎてオフィスで仕事を終えたあたしは、早々と荷物をまとめて帰ろうとする。


 一哉はプライベートな会食に直接向かうから、持に車の手配も必要ないと言っていた。


 副社長室にいる一哉にいとまの挨拶をしに行くと、


「ん?

 なんだ、今日はなんか急いでんのか?」


 デスクから首を伸ばして聞いてくる一哉を、あたしは無感情な目で見て言った。


「仕事以外のことにお答えする必要はありません」


 一哉は辟易したように眉をへの字にして、


「お前なあ、身も蓋もない言い方すんじゃねえよ。

 ちょっとは打ち解けろって」


「それも必要ありません。

 それじゃ失礼します、副社長」


 平坦な声で返して、あたしはサッサと副社長室を出る。


 一哉へのあたしの態度はずっとこんな感じだ。


 彼とどんなふうに接すればいいのかわからないから、秘書としての言葉を事務的に吐き出し、事務的に会話するだけ。


 同じ場所で仕事を終えることもあればそうでないこともあるけれど、仕事の後の時間を一哉と一緒に過ごしたことは、今のところまだ一回もない。


 秘書になって二週間が経つけれど、打ち解けたかそうでないかで言えば、もちろん少しも打ち解けてなんかいなかったけれど。


(いいのよこれで。

 一哉がなんて言ったって、あたしはあたしなんだから)





 いったん家に帰って着替えを済ませ、タクシーで銀座に向かう。


 控え室に入ってメイクの仕上げを始めていると、すぐにママがやって来た。


「おはよう、珠奈!

 お得意様、何人も予約入ってるわよ。

 みなさん久しぶりで楽しみにしてらっしゃるんだから、手厚く歓迎してあげてよぉ!」


「わかってますよ。

 大サービスして、倍返しで注ぎ込ませますから」


 ニヤリと笑って答えると、ママも満足そうに笑って頷いた。


「さてと。

 それじゃあ久々に、珠奈の出番といきますか!」


 シャンデリアの光が煌めく店内は、虚像の空間。


 現実だけど現実じゃない、偽りの世界。


 そこへ蝶のように踊り出たあたしは、久々に会う男達と蜃気楼のような幻の時間にしばら興じた。


 山と積まれる贈り物。


 次々に開いていく高級なお酒。


 飛び交う笑い声と口説き文句。


 本当におかしくて……そして、くだらない時間なんだろう。


 全部が作り物でまがい物。


 だけどあたしには、やっぱりこんなバースディが似合っているのかもしれない。


 こんな空間ですら、ひとりで過ごす夜よりはいくらかマシなんだから……。





 あたしを待つテーブルをいくつも回って、数時間が過ぎた。


 店内のお客も徐々に減っていき、さめた虚像の時間もそろそろ終わりかなと思った頃……。


「珠奈さん、ご指名入りました!

 お願いしまーす」


 接客中の相手に気づかれないように背後から囁きかけるボーイの声に、あたしは『え?』と振り返った。


(こんな時間から?

 ていうか誰よ常連はもうほとんど帰ったんじゃ)


「!!」


 ボーイの肩越しに案内されて歩いてくる人影。


 その人物と目があった途端、あたしは息を飲んでしまう。


「かず……!?」


「よお。

 久しぶり!

 珠奈」


 ニヤリと唇の端を上げて、イジワルく笑うのは。


「一哉……!!」


 そう……今日の夕方まで一緒に仕事していた、アイツ。


(な、なんで一哉がここに!?)


 呆然とするあたしの脇を通り抜けて、一哉は奥のテーブルに案内されていった。


 立ち上がろうともしないあたしに、ボーイが不審な目を向けている。


「珠奈さん……?」


 同席していた後輩の凛華に名前を呼ばれて、あたしはようやくハッと我に返って、


「ごめんなさい、失礼しますね」


 今まで接客していた相手に愛想笑いを向けると、静かに立ち上がり、移動した。


 一哉は最奥のソファにドッカと座って、歩いてくるあたしを見ている。


 あたしが目の前に着くと、再び楽しそうな笑顔を作って、


「会えてよかった。

 聞いたよ。

 誕生日なんだろ、今日?」


 わざとらしい口調。


 ていうか、なんでアンタが知ってんのよ、そんなこと。


 あたしは一哉の隣に見かけだけは静々と座って、至近距離でキッとその顔を睨みつけた。


「どういうつもり!?

 一体何しに来たのよ、今夜は会食じゃなかったの!?」


 押し殺した声で問いつめると、一哉は大ゲサに目を丸くして、


「だからこれが『会食』だろ。

 お前が誕生日だって聞いて、おめでとうを言いに……」


「聞いたって誰によ!?」


「阿部さんだよ。

 先週、一緒に珠奈を祝いに行かないかって誘われてさ」


「な……!」


 しまった、阿部さんか。


 忘れてた。


 でも、


「阿部さんならちょっと前に帰ったわよ?

 それに、先週誘われたって」


 それじゃあ、先週から今日があたしの誕生日だって知ってたってこと?


 ますます表情を険しくするあたしに、一哉は平然とした涼しい顔で、


「ああ。

 けどお前、会社じゃどうせまた、副社長には関係ございませんとか言ってサッサと帰りそうだからな。

 だからこっちに来てやったんだよ」


(はあ?

 来てやった??)


 恩着せがましい言葉に、瞬間的にカチンとくる。


「いつ誰が、アンタに誕生日祝ってほしいなんて頼んだ!?

 こんな所に来られたって逆に迷惑!

 さっさと帰ってよっ」


 大声を出したいのを必死で堪えて小声でまくし立てるけれど、一哉は『オイオイ』と苦笑して、


「客に向かってさっさと帰れはないだろ。

 まあどうせもうすぐ閉店なんだ、少しくらい相手しろよ」


「だからそんなのイヤだって!」


 言いかけたあたしの声に、別の声が重なった。


『あらあらーっ』とやたらオーバーなノリで呼びかける声。


 ママだ。

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