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会社に戻るタクシーの中で、ようやくあたしは一哉に尋ねてみた。
「ねえ。
今日の、どうしてアンタが出向いたの?」
すると、黙って窓の外を見ていた一哉はこっちを振り返ると、
「コラ。
アンタはやめろっつってるだろ。
今日はオフクロが私用ですぐに駆けつけられなかったからだよ。
弟の中学受験の、親子面接だったんだ」
(中学受験?
ってことは、あの子、まだ小六なのっ!?)
大人っぽく見えたからもう少し上かと思っていたのに、予想よりもさらに若かったとは。
それにしてもありえない年齢差なんだけど……。
思わず黙り込んでいたら、一哉の方がニヤリと笑ってあたしの顔を覗き込んできた。
「ナンだよ?
オレの家庭環境に興味があるのか?」
「なっ……違うわよ、あたしは別に……!」
「へぇー。
オレのことが気になるなら素直にそう言やいいのに。
別に隠すことでもなし、いくらでも教えてやるぜ?」
「だから違うって言ってんでしょ!?
フツーに考えて、あんな小さい子が弟とか不自然だしっ。
それで驚いてるだけよ!」
一気にまくしたててから、さすがにハッと後悔した。
不自然とか……いくらなんでも言い方がまずかった。
家庭環境なんて、人それぞれなのに……。
「あ、ええと……」
気まずい思いで一哉の顔色を窺うと、特に怒っているようには見えなかった。
安堵したような気抜けしたような、複雑な心境のあたしに一哉は、
「たしかにすげえ歳の差だけど、アイツは間違いなくオレの弟だぜ。
森田勇。
オフクロと一緒で、苗字は違うけど」
「え……?」
勇クンの苗字は森田なの?
「父親が違うんだよ。
勇はオフクロと今の父親の間の子だから」
今の父親?
ということは……。
「社長、再婚してたの?」
前に聞いた話で、てっきりバツイチの独身なんだと思っていたんだけれど。
「してるぜ。
向こうも自分で会社経営しているから、こっちの経営にはノータッチだけどな」
「そうだったんだ……」
じゃあ森田という名前は社長の旧姓じゃなくて、今の旦那さんの名前なのか。
(だけど、なんで一哉だけ苗字が違うんだろ?)
気になったけれどなんて聞いていいのかわからずにいたら、また一哉の方から当然のように説明してくれる。
「オフクロが今の旦那と籍を入れたのもわりと最近でさ。
オレはもう成人してたから、わざわざそっちの籍には入らなかったけど、弟であることには変わりないだろ」
そっか、だから苗字が違うんだ。
でもたしかに母親が同じなんだから、一哉と勇クンは正真正銘の兄弟だ。
それはそうなんだけれど……。
(それにしても、どう聞いてもかなり複雑な家庭の事情なのに。
なんでこんな明け透けに、ペラペラしゃべってんだろ)
話の内容もだけれど、そんな一哉にもあたしはかなり驚いていた。
普通はこういう話って、あんまり人には話したくないものだと思うけれど、アメリカ帰りだとなんでもオープンになってしまうんだろうか。
そんなことを考えたけれど、どうやらそれだけが原因じゃないことは、その後すぐにわかった。
だってそこから一哉の話は、勇クンの受験のことだとか、今日の面接のことだとか、弟の話ばっかりで。
一哉自身も、勇クンの受験をすごく心配しているってことが、ありありと伝わってくる。
「アンタ……大好きなのね、勇クンのこと」
話の合間にあたしがポソリと口をはさんだら、一哉は驚いたように目を丸くして、
「は?
好きかって。
そりゃ当たり前だろ、家族なんだから」
本当に、ごく当然のことを話すように、そう言い切る。
『家族なんだから、当たり前』
あたしにはピンとこなくて、チクリと胸に痛い言葉だった。
なんて返事すればいいかもわからなくて、
「ふぅん……そう」
そんな曖昧な言葉を返して、あたしは黙り込む。
楽しそうに勇クンのことを話す一哉の笑顔が、あたしには少し、眩しかった。




