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「え……」
あたしはその言葉の意味が理解できずに、ロボットのように動きを止める。
そんなあたしを、一哉はどこか妖艶な光の宿る目でまっすぐに見据えた。
そしてニヤリと、意味ありげな笑いを唇の端に浮かべて、
「まさかこんな所で再会できるとは思ってなかったぜ。
珠奈は香の仮の姿ってわけか。
いや……もしかしたら逆かな?」
「!!」
目の前が真っ白にくらむ。
心臓がドクンと波打って、一気に鼓動が速くなった。
(ウソ……。
気づいて……たの……!?)
「っ……!」
声が出ない。
どう反応するべきかとっさに判断できなくて、あたしは人形のように立ち尽くしていた。
「そんな顔するなよ。
オレは会いたかったんだぜ。
この間は、詫びの新しいドレスも受け取らずに消えちまいやがって」
どこか楽しむように、そんなことを言う一哉。
一哉は、気づいていた。
こんな華やかさのカケラもない姿をした昼間のあたしでも、珠奈だってわかったんだ。
(どうして?
珠奈と香じゃ何もかも違う。
きっとバレないって思ったのに……)
シラを切ってもどうしようもないことは、もう気づいた。
あたしは小さくため息をついて、低く咳くように尋ねる。
「……最初から、気づいてたの?」
「まあな。
一度抱いた女の顔を忘れるような男じゃないぜ、オレは」
涼しい顔で答える一哉。
その言葉にあたしはまたあの夜を思い出し、心がユラリと波打つのを感じてしまう。
(やめてよ……そんな目をして、そんなこと言わないで)
あの夜のことは、もう忘れようって思ってたんだ。
あの日のあたしは、きっどどこかおかしかった。
あんなふうに自分の名前を呼ばれて、乱れて。
そして自分から相手を求めるなんて、今までのあたしじゃ考えられない。
そうあたしはきっと、あまりに強引な一哉のペースにのまれちゃってたんだ。
だからもうこれ以上は、こんなヤツに翻弄されてちゃいけない……。
「気づいてたくせに調子合わせて、イヤミのつもり?
最低ね」
一哉のペースに持っていかれないように、精一杯の強がりで言う。
だけど一哉は余裕の態度でハンと鼻を鳴らして、
「なんだよ、気を遣ってやったんだろ?
あそこで銀座のウェヌスの珠奈じゃねえかって騒いだ方がよかったのか?」
「そんなこと……!」
思わずカッとなったあたしの顔を見て、一哉は勝ち誇ったように笑っていた。
「な?
優しいオレの配慮に感謝しろ」
「何が、優しいよ……!」
今もまた、こんなふうにあたしを混乱させて楽しんでいるくせに。
「聞いたぜ。
総務部勤続二年、橋本香。
派遣社員なのにかなり優秀な、部のホープらしいじゃないか」
「……!
調べたの?」
「調べたって、人聞き悪いな。
だからちょっと聞いただけだって」
一哉は別段悪びれたふうもなく、サラリと答える。
(やめてよお願いだからもう、これ以上あたしのことを知ろうとしないで。
あたしの中に入ってこないでよ……!)
「マジメな派遣社員が実はホステスでバイトしてますって、バラしたければバラといいわ。
すぐに辞めるから、かまわないわよ」
吐き捨てるように言って、あたしは部屋の扉に向かって歩き出す。
でも、その手を、一哉の大きな掌がガッシリとつかんだ。
「離し……!」
セリフは最後まで言えない。
あたしの体は抵抗する間もなく、強い力で一哉に引き寄せられる。
グッと体が近づいた拍子に反対の手でメガネを奪われた。
そして次の瞬間、唇にかかる熱い吐息……。
(!!)
キスされたんだと気づくには、時間がかかった。
でも気づいた時には、もうそのキスは止めようがないくらい深くなっていて。
体がジンジンするような感覚に頭をクラクラさせながら……あたしはただ、そのキスに踊らされるだけ……。
やがて長いキスからあたしを解放した一哉は、
「度が入ってないな、このメガネ。
やっぱ、作ってんのは昼間の方か」
奪ったメガネを顔の前にかざして、そんなことを言う。
「……やめてよ。
なんで……」
なんで、こんなキスするのよ
思い出したくないのに。
一哉のキスで震えてしまう心を、感じたくないのに。
「言ったろ。
オレは再会できて嬉しいんだって」
低く穏やかな声が告げる。
「辞めるなんて言うなよ。
まあ、辞めさせないけど」
「辞めるわよ。
お願いだからもう、ほっといて……!」
あたしは今度こそ渾身の力で、一哉を突き飛ばす。
今度はもう、あっけないくらい簡単に拘束が解けた。
あたしは乱暴にドアを開け放つと、飛び出すように副社長室を後にした。




