6 求婚
ドクン、ドクン、ドクン――。
少女の胸の中で心臓が早鐘を打っている。
俺の耳はたしかにそれを感じている。
表情や言葉で嘘をつける人間はたくさんいる。
だが、心音で嘘をつける人間には会ったことがない。
狂狼族の少女は顔を朱に染めて、そわそわしながら俺を見上げている。
すき、と言われた。
心音から察するに、どうも、その言葉に嘘はないらしい。
だからこそ、俺は困惑している。
好き?
俺を?
誰が?
お前が?
なんで?
たしかに、山賊から助けたし、よく効くポーションも飲ませてやった。
命の恩人だ。
だが、それだけだ。
白馬に乗っていたわけでもなければ、王子様でもない。
飲ませたのだって惚れ薬とかではない。
惚れられる理由がわからなかった。
……もしかして、チョロイン?
とりあえず、謝罪が先だ。
事情を尋ねる前に、素っ裸にしたことを謝らないと。
「服をずたずたにした件は悪かった。あれは、縄を切ろうとしてだな」
「いい。脱ぐ手間ハブけた」
「何が省けたって?」
少女は上着をバッと脱いで、俺の胸に飛び込んだ。
速い。
止める間もなかった。
だが、俺も速い。
上着を素早くキャッチ。
少女の肩にかけてやる。
そして、体をさっと引く。
そのとき、チラっと胸が見えた。
ほう、それなりのものだ。
だが、一番肝心な部分は髪で隠れていた。
ホッとするような、悔しいような。
「目的はなんだ?」
俺はパニクりながら尋ねた。
美人局か、ハニトラか。
はたまた、油断させてグサッ、か。
目的が見えない。
「もくてき?」
少女はポカンとしてから、居住まいを正した。
ただし、襟は正さない。
上着は今にも落ちそうだ。
「あたし、クラウヴォロフ。クラウでいい。あんたに惚れた。だから、結婚する」
単刀直入かつ極めて簡潔な自己紹介だった。
そういう部下を好む上司は多かろう。
だが、俺は違う。
言われた意味がわからん。
理解できるように言ってくれ。
わかったのは、名前がカッコイイことだけだった。
「そうか、クラウ。それは……ありがとう。でも俺な、実はもう結婚しているんだ。妻はとっても美人でな、うん」
真面目に相手するのが馬鹿馬鹿しくなって俺は冗談を言った。
「欲しいものは力で奪う。それが一族のおきて。あたし、その美人に決闘を申し込む」
クラウも冗談を言った。
冗談だと思いたい。
散大した瞳孔の奥に異様な光が宿っている。
ガチの目だ……。
架空の嫁に決闘を申し込まれた形。
訊きたい。
俺はどうすればいい?
「それじゃ、俺はこれで」
愛想のよい笑みを残して町のほうに足を向ける。
不審者に絡まれたときのセオリーを思い出した。
近づかない、関わらない、すぐ逃げる。
そして、人の多いところに行って助けを求める、だ。
俺はスタスタ歩いた。
「じゃあ、結婚してくれるまで、ついていく」
クラウもスタスタついてきた。
俺に寄り添い、腕に絡みつき、肩に頬を預け、機嫌よさそうに尻尾を振っている。
見えちゃいけないものが、全部見えている。
こいつ、すごいな。
訊こう。
「どうして、俺と結婚したいんだ?」
「自分より強い男見つけて里に連れて帰る。強い子孫を残せって族長が言った」
狂戦士一族の長か。
言いそうだ。
強い男?
確実に俺じゃないな。
「見ろ、この細腕を」
俺はフリーの腕に力こぶを作った。
作ったのに、できない。
つまり、それが俺の筋力というわけだ。
「本当の強さは体じゃない。心だって族長言ってた」
いいことを言う族長だ。
大変な人格者に違いない。
ともかく、いったん話をまとめよう。
クラウは強い男と結ばれたい。
山賊を一掃した俺はなんか強そう。
だから、結婚したい。
結婚してくれるまでついていく。
こういうことか。
シンプルな発想だ。
さぞかし生きるのが楽だろう。
「買いかぶりだ。俺についてきたら幻滅するぞ。男を見る目がなかったってな」
「そんなことない。ここが運命って言ってる」
クラウがここと呼んでいるのは下腹部だ。
子宮か。
そいつの言い分はアテになるのか?
子宮がしゃべるとしたら、語尾は「キュー」だろうな、となんとなく思った。
俺はあたりを見渡した。
森。
深い森。
人っ子一人いない。
下手にクラウをあしらって、反感を買いたくない。
ブッサスみたいにぶっ刺されると怖い。
こいつは、見た目こそ美少女だが、3人を両断した狂戦士でもある。
敵意を持たれることだけは避けたい。
とりあえず、このまま町まで行こう。
で、人ごみに紛れてトンズラする。
それで終了だ。
よし、この作戦でいこう。
「名前おしえて」
「シオン。……あ、教えちゃった」
「シオン、すき」
クラウはぎゅーっと抱きついてくる。
うん、悪くないな。
振り回した尻尾が俺の脚をべしべし叩いているのも、なんかいい。
こういう犬だったら飼ってやってもいいと思った。
犬だったらな。
結婚はない。
絶対にない。
などと思っているうちに、町が見えてきた。




