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4 ポーション増強パッチン


 静かになった山肌を滑り降りる。

 頭から血をかぶったせいか、吹く風が鉄臭かった。


「お前、大丈夫か?」


 山賊の亡骸を飛び越えて獣人の少女に歩み寄る。

 あと3メートルのところで俺はピタッと足を止めた。

 肺に穴でもあいているのか、少女は倒れたまま胸を激しく上下させている。

 ひゅーひゅー、と喘鳴も聞こえる。

 それでも、狼じみた黄色い瞳は射竦めるように光っていた。

 指の先ではかすかに火花が散っている。

 こんな状態だが、まだ戦意があるらしい。

 うかつに近寄ってブッサスの二の舞はごめんだ。

 さて、どうしたものか。


 俺はその場でぐるぐる歩き回ってアイデアをひり出した。

 相手は獣人だ。

 狼系みたいだし、犬みたいなものだろう。

 初対面の犬と仲良くなるにはコツがある。


 前世の記憶をたぐり寄せて、俺は行動に移した。

 まずは、目線を合わせる。

 そして、少しずつ近寄る。

 で、軽く握った手を下から差し出す。

 匂いをかいでもらうためだ。

 笑顔を添えるのも忘れない。

 にぱー!


「……くるな」


 少女が低くうなった。

 一段と警戒している。

 というより、……恐怖?


 この段階にきて、俺はふと客観的になった。

 今の俺の状態を言語化すると、こうなる。

 人肉食カニバリズムを信奉し、謎の拳を突き出して四つん這いでにじり寄りながら血に濡れた狂気の笑みを浮かべる男。


「やばい絵ヅラだな……」


 ホラーすぎる。

 山賊のほうがマシまである。

 怯えて当然だ。

 こんな奴に出くわしてみろ、俺でも死ぬ気で戦う。

 戦わないと喰われるからな。

 当然だ。


 少女は必死に俺を睨んでいた。

 だが、ついに観念したらしい。

 くたっ、と重い頭を置くようにして目をつむった。

 リンチにされたときに致命傷をもらったようだ。

 馬鹿をやっている場合じゃない。

 急いで処置しないと。


 俺は少女を抱き起こした。

 刺されることは考えなかった。

 小さな体だ。

 とても山賊を3人も両断したようには見えない。


「……おっ」


 幸運なことに、治癒薬ポーションの小瓶が転がっているのを見つけた。

 山賊の誰かが落としたのだろう。

 高価なものだから、行商人や冒険者から奪ったに違いない。

 経緯はともかく、使わせてもらおう。


 俺は小瓶を太陽にかざして目をすがめた。

 中で揺れる液体はムラのある緑色だ。


「下級ポーションか」


 かすり傷を癒やす程度の効能しかない。


「でも……」


 俺は小瓶のそばで指を鳴らした。

 小瓶の中に一瞬、無数の泡が発生する。

 だが、すぐに消えてなくなった。

 もう一度、指を鳴らし、泡を作る。

 何度か同じ作業を繰り返すと、ポーションの色は鮮やかなライムグリーンに変わった。

 上級ポーションの色だ。


 原理はよくわからない。

 おそらく、キャビテーションとかいう難解な現象が小瓶の中で起きているのだと思う。

 指で発生した音が薬液を高速で振動させる。

 すると、音の広がりに合わせて、薬液の中に圧の高い部分と低い部分が生まれる。

 低圧な部分では泡が大きくなり、高圧な部分では泡が潰れて弾ける。

 この泡が弾けるときに強い衝撃が発生する……らしい。

 指がポキッと鳴るあれも原理は同じだとか。

 その衝撃で溶け残っていた材料が細かく粉砕される……たぶん。

 その結果、薬効が増す……と思う。


 わからない。

 詳しいことが知りたいなら学者の高説でも聞くしかない。

 確実に言えるのは、これをすることで薬効が格段に高まるということだ。

 下級が上級に変わる。

 この方法でノーエン農園では高品質のポーションを量産していた。

 俺のポーションは遠くの町からわざわざ行商人が買いに来るほどの売れ筋商品だった。

 首でももげていない限りは回復できるはずだ。


 俺はコルク栓を飛ばして、ポーションを獣人少女の口に流し込んだ。

 始めは嫌がって舌で押し返された。

 だが、体にいいものだと直感的にわかったらしい。

 すぐに、乳首に吸い付く鹿の赤子みたいになった。

 ほう、なかなか可愛いな。


 飲ませて数分と経たずに呼吸が安定。

 痛々しい打撲痕も雪が解けるようにして消えた。

 効果てきめんだ。


 そして、少女はむくっと上体を起こした。

 胡乱な目が俺を睨む。

 にゅっ、と魔爪が伸びた。

 魔力まで回復したらしい。

 近くで見ると、日本刀みたいだ。

 それも、溶けた鉄のように高温。

 鋭さで斬るだけでなく、溶断するのだろう。


 狂狼族――。

 生まれついてのキリングマシーンと称される凶暴な種族だ。

 戦場では敵なし。

 大乱の時代には、傭兵というより兵器として前線に投入されたとか。

 そして、この地が平定されてからは恐怖だけが残った。


 歩く大砲くらいに思っておけばいいだろうか。

 その砲口が今こちらを向いているわけで……。

 俺はササササ、と距離を取った。


 少女の首や足には縄が巻き付けられている。

 自分で切ろうとしているようだが、得物がごついだけになんとも危うい。

 最後に縄だけでも切ってやるか。

 でも、近づくのは怖い。

 ならば、こうだ。


 俺は指を構えた。


「罠にかかった熊を逃がそうとしている気分だ」


 パチン――。

 縄が八つ裂きになって弾けた。

 少女の衣服も弾けた。

 真っ白な肌が陽光にまぶしい。

 そうか。

 衣服も縄も、どちらも繊維状の構造物だ。

 なら、同じ音で破壊されるのが道理。


「……ひゃぅ?」


 狼少女はあまりのことに固まった。

 このあと、火山のようなブチギレ方をするのは想像に難くない。

 俺は自分の上着を少女に投げつけて、脱兎と化した。

 大ッ変、申し訳ない!


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