21 婚姻色
巨大スライム討伐完了。
思わぬ強敵だった。
赤亀竜より手こずった。
というより、洞窟という環境が俺向きじゃない。
出会ったのが森だったら、指パッチン1発でケリがついていただろう。
俺の超音響魔法は閉鎖空間だと使い勝手が悪い。
音がこもるから威力は上がる。
だが、味方まで巻き込んでしまう。
一人なら無双できるだろう。
でも、連携が取れないのは大きな欠点だ。
方法がないわけじゃない。
スライムの核を潰したアレ。
両腕を左右に広げて指を鳴らし、音圧でサンドイッチにする方法なら仲間を巻き込まずにすむ。
音を一点に集めて爆発させるのだ。
集音爆発とでも呼ぼうか。
心強い武器になりそうだ。
気づき、発見、課題。
勉強になった。
やっぱり、フィールドワークは大切だ。
「すき」
ガシッ。
一人反省会をしていたら、クラウが抱きついてきた。
「シオンが助けてくれた」
キラキラのお目目で見上げてくる。
ただし、全身糞まみれだ。
すごい臭いで吐きそう。
助けたとも言えるが、糞の海に突き飛ばしたとも言える。
目を輝かせて頬まで染めているクラウは、やはりだいぶ変な奴だ。
「あたし、惚れ直した。子供できそう……」
「ああそう……」
力んだところでウンチしか出てくるまい。
便所に行け。
シャワーの後でな。
「……ん?」
俺はクラウの白い前髪を払って顔を近づけた。
何を勘違いしたか、クラウは目を閉じて唇を突き出している。
キス待ち顔だ。
糞の化粧をした女とロマンスを演じる趣味は俺にはない。
俺が着目したのはクラウの下まぶただ。
アイシャドウみたいな赤い色が前より濃くなっている。
「婚姻色にござるな。シオン殿は愛されておりますなぁ、クラウ殿に」
アトラが微笑ましいという顔で頷いた。
こちらも糞まみれだ。
「婚姻色?」
というと、ベニザケが有名だ。
海で暮らしているときは銀色だが、繁殖期になると名前の通り、紅色になる。
獣人も種族によっては婚姻色があると聞く。
狂狼族もそうなのか。
「これは、『狂戦士の血紋』じゃないのか?」
俺はキス顔を押しのけながら訊いた。
狂狼族は交戦意欲が極限まで高まると、特徴的な赤い紋様が浮き出るという話だ。
「狂血紋は体表の血管が怒張して現れるものでござるね。額から頬までの広い範囲に出現します。下まぶたの赤変だけなら婚姻色ですよ。要するに、発情のサインです。今やれば一発で孕みますよ」
アトラがサラッと言ってのけるので、俺も頬を赤変させずにすんだ。
「狂狼族を発情させる条件は1つです! 強いこと! これだけ。狂狼族が恐れられているのは、彼らが強い者の血を一族に加え続けてきたからなんですねぇ!」
アトラは一人で満足そうに頷いている。
そして、眼鏡の奥から狂気の目で俺を見た。
「早い話がクラウ殿はあなたにゾッコンなわけです。身も心もね。どうですか、シオン殿。最強の血同士をかけ合わせて、狂気のケモ耳指パッチン族を爆誕させてみては?」
「お断りだ」
俺は糞まみれの眼鏡女にノーを突き付けた。
そんな破壊と流血しか生まなさそうな種族があってたまるか。
ノーエンがまた泣くことになるぞ。
そんなことを話しつつ、地図作りを再開。
ほどなくして、ものすごい空間にぶち当たった。
水晶の森とでも呼べばいいか。
見上げるほどの結晶石が林立している。
ランタンの揺れるに合わせて燦然と光を返すその空間は、幻想的にして荘厳だった。
大地の本気を感じる。
探していた鉱床である。
「これほどの美を、これからむくつけき冒険者たちが踏み荒らすのか。許しがたいな。俺が何もかもぶっ壊してやる」
「シオン殿が破壊神になる必要はありませんぞ? ダンジョンですからね。どれだけ採っても、すぐ元通りとなりましょう」
「ダンジョンってすごいんだな」
「そりゃあもう。ダンジョン特需で村が都市に化けることも珍しくはないでござる」
まあ、経済効果なんざどうでもいい。
これで、依頼は達成だ。
さっさと町に帰ろう。
とにかく今は風呂に入りたい。
なんなら川でもいい。
スライムの糞にまみれて町を歩くのはごめんだ。
ひとっ川浴びて帰るとしよう。




