20 スライム危機一髪
透明な触手が伸びてくる。
闇の中を手探りするようなぎこちない動きだが、触ったらどうなるか、地べたで痙攣しているアトラが身をもって教えてくれた。
俺は軽く背中を揺すってクラウを背負い直した。
「スライムか」
雑魚魔物の筆頭格で、最も一般的な魔物だ。
ノーエン農園でもよく見かけた。
はっきり言って、ナメクジと変わらない。
日射しにさらされただけで死んでしまうひ弱な存在だ。
スライムの捕食シーンも何度か見たことがある。
まず、花弁のように体を広げる。
そして、甘い匂いを発する。
匂いでおびき寄せた虫を粘液の体で絡め取り、風呂敷で包むようにして丸呑みにする。
だいたい、そんなところだ。
スケールこそ違うが、天井いっぱいに広がっている巨大スライムもよく見れば花っぽい形状だ。
むせ返るような甘い匂いもする。
俺は地面に散らばる骨に目をやった。
「ここは、あいつの餌場らしいな」
泥のように見えたのはスライムの糞らしい。
そして、今回の獲物は俺たちだ。
「ヒったん出ましょう……!」
倒れて糞まみれになったアトラが麻痺った舌で言った。
異論なし。
とっとと退散しよう。
と、来た道を振り返ったが、俺たちが来た横穴には粘液のカーテンが下りていた。
スライムが体を延ばして出口を封鎖したらしい。
強引に破ることはできそうだが、触れると麻痺が怖い。
閉じ込められた形だ。
アトラはいちおう自力で立てている。
だが、動きが生まれたての小鹿だ。
頼みの綱のクラウは電池切れ。
「俺がやるしかないか」
どっちみち、こいつを倒して先に進まないことには鉱床とやらも探せない。
とりあえず、指パッチン。
触手を吹き飛ばした。
洞窟よりは広い空間だが、音がこもって耳が痛い。
おまけに、飛び散った触手の残滓が地面でジュゥゥ、と音を立てている。
麻痺毒だけじゃない。
強力な溶解液でもあるわけだ。
幸いにして、動きは遅い。
お荷物を背負ったままでも触手からは逃げられる。
問題はどう討伐するか、だ。
「アトラ、アドバイスくれ」
「ここまレ大きなスりゃイムは拙者も初めてレす。らンジョンの濃い魔力レ膨れ上がったのレしょう。れも、セオリー通りなら核を潰せば片付くはずレごじゃる」
舌が回らないせいでアトラは麻呂口調になっていた。
核はすぐ見つかった。
透明な体の中に赤黒い玉のようなものが見える。
「あれが、核レす。あの中に脳や心臓が入っていまフ」
たしかに、拍動する心臓らしきものが見える。
俺は何度か指を鳴らした。
音の周波数を変えながら核の共振周波数を探していく。
「い、今拙者、体がビリっときまヒた……」
「あたしもビリリってなった」
何度目かの指パッチンで二人がそんなことを言った。
俺は顔をしかめた。
「困ったな。あいつの核の固有振動数は人間の体とほぼ同じだ」
つまり、スライムを破壊すれば、もれなくクラウたちも木っ端微塵になってしまう。
指向性音波もダメだ。
狭い洞窟内ではどう反射するかわからない。
「あたしがチャンス作る!」
クラウが俺の背を離れて風のように突っ込んでいった。
軽やかにジャンプし、5本爪を閃かせる。
……刃渡りが普段より短い。
魔力が足りないのだ。
中途半端な魔爪は透明な粘液部分を引き裂いて、核に浅い傷をつけるに留まった。
すると、スライムが激烈な反応を示した。
沸騰したみたいにボコボコと波打つ。
核から直接触手が伸びてきた。
赤黒い触手。
核に近い触手は動きが速いらしい。
クラウは避けようと地面を蹴った。
だが、その足がスリップした。
糞で滑ったのだ。
苦し紛れに魔爪を伸ばそうとする。
が、派手に火花が散っただけ。
また魔力切れか。
俺はマントを着たスーパーヒーローみたいに空を飛んでいた。
クラウの腰のあたりに組み付き、押し倒す。
背中の上に風圧を感じた。
空振りした触手が何かの頭蓋骨を粉砕して止まった。
俺たちは糞の海に倒れ込んだ。
臭いだけじゃない。
脚の多い虫が這い回っていて、もう最悪。
おえ……。
「なんか面倒臭くなってきたな」
なぜスライムごとき雑魚に、こんな目に遭わされなければならない。
段々腹が立ってきた。
俺は立ち上がりざまに一発、野太い音をカチ上げた。
ぼごん、と洞窟が揺れてスライムの体が弾ける。
酸の雨が降った。
まあ、少々火傷してもポーション飲めばいいだろう。
スライム・ボディーが崩れて、核が手に届くところまで垂れてくる。
俺は核を挟む位置に両手を構えた。
左右同時に指を鳴らす。
2つの音をぶつけて核に収束させる。
これなら、クラウたちを巻き込まなくてすむ。
核はチンした卵みたいに破裂した。
透明な粘液が潰れた核に集まってくる。
破裂した残骸を一か所に集めて再生を試みているようだが、もはや手の施しようがない。
スライムは溶けるように崩れ、やがて、ただの液体となった。
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