2 山賊発見
俺には薄ぼんやりとだが、前世の記憶がある。
それによると、今いるここは異世界らしい。
指パッチンで家屋を倒壊させることができたのも、この世界が魔法アリの世界だからだろう。
俺が転生したのは、ソ・ノーラ王国の東方、トーブ地方。
中でも奥トーブと呼ばれる辺境地にある、小さな村だった。
村は急峻な山岳に囲まれた盆地にあり、ノーエンの畑以外には何もない。
景色がいい以外にはこれといった見どころもない場所だったから、追放されても特別な感傷はなかった。
「やっぱり冒険者かな」
村には仕事なんてないから、町に出るしかない。
行き詰まった男の選択肢といえば、サン・ナン・ボー。
山賊・男娼・冒険者と相場が決まっている。
一番稼げるのは男娼と聞く。
だが、お天道様の下を堂々と歩けるのは冒険者だけだ。
俺は剣も魔法も使えない。
腕っぷしも貧弱。
でも、指パッチンがある。
家屋を倒壊させる力があるのだ。
引く手あまただろう。
ひとまず大きな町を目指すことにした。
西に1日歩けば、ピアニという町がある。
陸運と水運が交差する通商上の要衝という話だ。
そこなら、冒険者ギルドもあるだろう。
「手間かけさせやがってクソがァ!」
「チクショー、3人も殺っちまいやがった、この腐れアマ……!」
山道を進んでいると、そんな声が聞こえてきた。
岩場から声がするほうを覗いてみる。
男が8、9、……10人。
顔つきと身なりからして山賊だ。
3人はもう死んでいる。
体が真っ二つになっているから、見ればわかる。
断面から湯気が出ている。
なにで斬ったらああなるんだ?
「このクソ女ァ!」
「死にさらせオラ!」
山賊5、6人がかりで誰かを蹴っている。
よく見えないが、女と言うからには女なのだろう。
そして、その女とやらが、襲いかかってきた山賊を3人ばかし返り討ちにした、ってところか。
「やめねえか、お前ェら」
ひときわ貫禄のある男がリンチに待ったをかけた。
「傷ものにするんじゃねえ。売り値が下がっちまうだろうが」
「しかしよぉ、お頭ぁ。狂狼族の女なんか売れんですかい?」
「そうですぜ。こいつめ、マジでケダモノみてぇに凶暴だ」
「噂にたがわぬイカれっぷりだったなぁ。バッサルの奴なんて、尻なでただけで股から頭にバッサリだぞ?」
「まあ、そりゃ、ツラはかなりのモンだがよぉ……」
山賊の隙間にチラリと見えたのは、まだ15かそこらの少女だった。
白い髪の間から大きな三角の耳が生えている。
獣人族だ。
「つべこべぬかすんじゃねえ。ケダモノなら調教すりゃいいだろうが」
「調教かぁ。ならよぉ、売っちまう前にオレらで使おうぜ」
「綺麗な脚してやがるぜ。オレ、もう我慢できねえ」
「まあ待て、ブッサス。この先にナントカっつう小っせえ村がある。住民皆殺しにしてオレらの根城にするぞ。そいつを犯すのも売るのもそれからだ」
だいぶ聞き捨てならない会話をしている。
この先の小さい村といえば、ノーエンたちのいる村だ。
新築の邸宅を薙ぎ倒されたところに山賊襲来か。
泣きっ面に蜂だ。
俺にできることは……。
自分の指を見ながら、俺は眉間にしわを寄せた。
急峻な傾斜地だ。
思いっきり指を弾けば土砂崩れを起こせるかもしれない。
落石くらいは確実にいけるだろう。
せっかく有利な上を陣取っているのだ。
やるなら今だ。
でも、獣人の女の子が巻き込まれるかもしれない。
なら、村に戻って山賊の襲来を知らせるほうが賢いか?
迷った末に、俺は踵を返した。
足音を聞かれないように慎重に距離を取る。
「おい、ブッサス。あんま近づくなよ。こいつの魔爪の斬れ味、忘れたのか」
「ばぁーか。もうとっくに魔力切れだろ。うおお、脚すべすべだぜ」
「ギャハハ! こすりつけてんじゃねえよ。カクカクしやがって」
「――ぅ」
「おいおい、もうイっちまったのか? どんだけ早撃ち……なん……だ、よ?」
山賊たちが急に静まり返った。
何があったのか気になり、俺は岩陰から見下ろした。
少女が上体を起こし、指を指していた。
指の先から伸びるのは、光る爪だ。
魔力を束ねて作った爪――『魔爪』。
獣人たちが好んで使う武器だ。
魔爪はブッサスの股間から入り、尻から抜けていた。
じゅぅぅぅ……、と肉を焼くような音がして、白い煙が噴き出ている。
真っ赤な血と一緒に。
「あぎゃああぁあああ……ッ!!!」
ブッサスが絶叫して倒れた。
山賊たちが蛮刀を抜き放ち、少女に殺到。
気づけば、俺は指を弾いていた。
パァァァン、と。
銃声じみた音が急斜面に響く。
殺気立った目が一斉にこちらを向いた。
やっちまったな、と思った。
選択肢A――。
少女を見捨て、村に帰って山賊に備える。
選択肢B――。
少女を守るために、単身山賊と戦う。
どう考えても正解はAだ。
後悔しかない。
でも、もう後には引けない。
俺は中指と親指をくっつけて、腹をくくった。




