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12 呼び出し


 季節は夏真っ盛り。

 一年で一番暑い時期だが、ピアニの朝は涼しかった。

 中州にある町だからだろう。

 水路も多い。

 窓を開けていれば、水面で冷やされた風が吹き込んでくる。


「天然のクーラーだな」


 俺はひとつ伸びをしてから、体を起こそうとした。


「……」


 しかし、できない。

 体の左側が重い。

 そして、熱い。

 じっとりと汗ばんでいる。

 そりゃそうだ。

 全裸の女が寝ているからな。

 俺に抱き着くようにして、だ。

 言うまでもなくクラウである。


「またか……」


 ピアニに来て5日。

 4夜すごした。

 こいつは、4夜とも夜這いしてくる。

 毎晩泊まる宿を変えているのだが、あまり意味はないらしい。

 どの部屋に逃げ込んでも見つけ出されて忍び込まれる。

 名探偵かよ。

 そして、怪盗でもある。


 俺は首から上だけ起こしてドアを見やった。

 ドアノブは無事。

 溶断された形跡はない。

 ということは、窓から入ってきたのか。

 こうなるのが嫌で水路側の3階の部屋を選んだのだが……。

 狂狼族の脚力の前には無意味だったらしい。


 クラウは気持ちよさそうに寝ている。

 よだれの量には辟易とさせられる。

 だが、朝日に照らされた真っ白な肌にはグッとくるものがある。

 こんな犬みたいな奴にグッときてどうする?

 俺の心の中で誰かがそう言った。

 でも、くるものは、くる。

 仕方ないだろう。

 俺も男だ。

 美少女の添い寝は願ってやまないシチュエーションだ。

 いいものは、いい。

 多少、犬臭かろうともだ。


 俺は大いなる背徳感に胸をざわめかせつつ、真っ白な髪に触れた。

 指を通してみる。

 シルクのようにさらさらだ。


「んぅ」


 クラウはくすぐったそうに身をよじった。

 すると、押し付けられていた脂肪の塊がプリンのように形を変える。

 今はまだ自制心で耐えられている。

 だが、これがあと数日続けば、どうだ?

 妙な気分になるかもしれない。

 無駄に綺麗な寝顔しやがって。

 けしからん。

 丸出しの尻を叩いてやった。

 ぺん。


 朝食を食べ終えたところで、冒険者ギルドから使いが来た。

 呼び出しのようだ。

 使いの者は、急ぎの用、としか言わなかった。

 詳しくは知らされていないのだろう。


 俺の等級はE。

 冒険者としては最下級だ。

 でも、赤亀竜討伐の件で町一番の冒険者みたいな扱いになっている。

 そんな俺に持ちかける急ぎの用。

 となると、ヤバい魔物を狩ってこい的な展開になることは想像に難くない。

 行きたくない。

 ……が、これも仕事か。

 就職早々投げ出すわけにもいかない。


 俺は重い腰を上げた。

 寝ているクラウを起こさないように宿を出る。

 冒険者ギルドまで使いの人が小舟ゴンドラで送ってくれた。

 気分はヴェネツィアだ。


 ギルド前の舟着き場に到着。


「シオン様っ! おはようございます!」


 わざわざ出迎えに出ていたらしい受付嬢のツアミが、俺を見つけるやパーッと笑顔になった。

 今日は三つ編みに赤い花飾りをつけている。

 日に日に化粧が濃くなっていく気がするが、気のせいだろうか。


「シオン様だわ!」


「きゃー、今日もたくましい!」


 ロビーに入ると、今度は受付嬢たちが総出で迎えてくれた。

 きゃー、だと。

 ハリウッド・スターじゃあるまいし大袈裟な。


「あの、これ」


 ツアミが紙の包みを取り出した。


「クッキーを焼いてみたんです。シオン様のことを想いながら。よかったら食べてください」


 そう言って、俺の手を取り、包みを握らせてくれる。

 恥じらいを浮かべた赤い頬が可愛らしい。


「ツアミばっかりずるい! 抜け駆けだわ!」


「私たちもシオン様と仲良くなりたいのに……!」


 と、ほかの受付嬢たちがブーブー言う。

 モテモテだ。

 もう一度言う、俺はモテモテだ。

 女子アナがプロ野球選手と結婚しがちなように、冒険者ギルドの受付嬢は高位冒険者と引っ付きがちだ。

 将来有望な冒険者はモテると聞く。

 今の俺がまさにコレだ。


 ――チッ。


 舌打ちが聞こえた。

 俺の耳でないと聞こえない音量だった。

 ちらっ、と目線を上げると、吹き抜け越しにチョイ悪オヤジと目が合った。

 ロックだ。

 2階の居酒屋で朝から飲んでいたらしい。


 目が言っている。

 調子乗りやがって、と。


 そうだな、と思った。


 俺は今、調子に乗りかけている。

 行く先々で恐れられたり、黄色い悲鳴を上げられたり。

 勲章もたくさんもらった。

 金もまとまった額が手に入った。

 いい宿に泊まって、おいしいものを食べる日々。

 おまけに、毎晩美少女が添い寝してくれる。

 そりゃあ調子にも乗るだろう。


 だから、なんだ?

 調子に乗って悪いか?

 人生1回くらいはそんな時期があってもいいはずだ。

 だから、遠慮はしない。

 キャーキャーしてくれるうちは、ニヤニヤさせてもらおう。

 ちょっとハメを外すくらいよいではないか。

 自分を見失わなければな。


「ひぃ……」


 受付嬢たちが急に青ざめた。

 みんな、俺の脇のあたりを見ている。

 俺は視線を落とした。

 そして、ひ……っ、となる。


 クラウがいた。

 すごい顔で受付嬢らを睨んでいる。

 俺の脇の下からだ。

 それはもう殺意に満ち満ちた顔だ。


 俺はサッとクッキーを隠した。

 クラウに見つかったら魔爪の餌食になってしまう。

 あとで、こっそりいただこう。

 ニヤニヤしながらな。


「で、急ぎの用というのは?」


 俺は刃傷沙汰にならないうちに尋ねた。

 ツアミはクラウに怯えつつ答える。


「ギルドマスターがお呼びです」


 俺は浮ついた気持ちをスッと正した。

 ギルドマスターといえば、この町の冒険者のトップだ。

 社長がお呼びです、と同義だ。

 失礼なきようにしなければ。


 俺は脇の下でうなる犬にヘッドロックをかけた。

 こいつは、来るなといっても勝手についてくるだろう。

 そして、「待て」も「ステイ」も聞かない。

 だから、「ロック」だ。


 さて、行くか。

 ギルマスのところへ。


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