1 指パッチンで追放!?
「シオン、お前には感謝している。お前がドえらい音で魔物や獣を追い払ってくれるから、オレの畑は一度も荒らされたことがねえ。ありがとな」
俺の雇い主ノーエンはいかめしい顔で微笑んだ。
肩に置かれた手には温もりを感じる。
10年前は猫の額ほどだったノーエン農園も、今じゃ移動に馬車がいるほどの大農地だ。
「すべてお前のおかげだ。……だがな」
肩に指が食い込んだ。
怖い顔が見下ろしてくる。
「なあ、教えてくれよシオン。どうすりゃ指パッチンで家が全壊するんだ? えェ?」
「そんなことを言われてもな……」
俺は苦笑した。
畑のド真ん中に建てられていたノーエン邸。
ついさっきまで新築特有の煌びやかな光を振りまいていた。
それが、今は瓦礫の山と化して風に吹かれている。
俺の指パッチンの衝撃で薙ぎ倒されたのだ。
嘘じゃない。
これは、本当の話だ。
「中に誰もいなくてよかったよな」
「まったくだぜ。……じゃッねえよゴラァ!」
ノーエンは涙目で俺を揺さぶった。
「はっきり言ってオレ、お前が怖ぇーよ。なに食って育ちゃ指パッチンで家を消し飛ばせるようになる? しかも、ボロ小屋とかじゃねえ。オレが50年ローンで建てた大豪邸がだぞ? おかしいだろ、びゃあん……」
言葉の後半は涙声で聞き取れなかった。
俺も胸が痛い。
だが、言いたいこともある。
「ノーエン、この家を崩してしまったのは俺だ。素直に悪かったと思っている。だが、やれと言ったのは誰だ?」
ノーエンの目が点になった。
「……オレ、だな」
「そうだ。お前は俺にこう言ったんだ。――おい、シオン。お前の指パッチン、すげえな。本気出せばどんだけデケエ音が出るんだろうな? 試してみろよ。ほら、やれって。やらなきゃ今月の給料抜きだぜ、へへ!」
「言っ……たな。たしかに言った」
「で、俺は嫌々指を鳴らした。そして、どうなった?」
「……オレの屋敷が倒壊しました」
ノーエンは膝から崩れ落ちて大きな拳でバシバシ地面を叩いた。
「だって、だってよぉ、誰も思わないだろ? 指パッチンの衝撃で家が倒壊しちまうなんてよぉ」
そこから、男泣きが30分ほど続いた。
かける言葉もない。
俺は半目で棒立ちした。
流れていく白い雲が綺麗だった。
俺がノーエン農園に来たのは6歳の頃だ。
口減らしも兼ねて奉公に出された流れで、農奴に交じって働くことになった。
あるとき、俺はパチンと指を鳴らした。
それに目を輝かせたのはノーエンの一人娘だった。
「シオンってすごい! どうやって鳴らしているの?」
ダイヤのような大きな瞳が陽光に煌めいていた。
「綺麗な音。わたし、その音、好きよ」
その日以来、俺は暇さえあればパチパチやるようになった。
続けていくうちに、出せる音も大きくなっていった。
ある日、指を弾いた音で農具や靴にこびりついた土を落とせることに気づいた。
またある日、指を鳴らせば猿やイノシシを追い払えることを知った。
俺の指パッチンはいつの間にか農園に欠かせないものになっていた。
そして、16歳の夏。
今日、悲劇は起きたのだった。
「おい、シオン。お前の指パッチン、すげえな。本気出せばどんだけデケエ音が出るんだろうな? 試してみろよ」
まぶしい笑顔でそう言ったノーエンは、まだ俺の足元でむせび泣いている。
俺が思いっきり弾いた指は爆音を轟かせた。
その衝撃は広大な畑を突き抜け、遥か遠くに見える山肌を叩いた。
爆心地にいたノーエンなんて20メートルは吹っ飛んだ。
ふかふかの土には、人型が残されている。
一念、天に通ず。
いや、好きこそものの上手なれ、か?
どうやら、俺の指パッチンは来るところまで来てしまったらしい。
「まあ、お前が畑を守ってきてくれたおかげでオレは大農園の主になれたんだ。がっぽり稼がせてもらった。だから、弁償しろとは言わねえよ。だが、お前は異常だ、シオン。この平凡な畑には置いておけねえ」
ノーエンは俺の前に這いつくばった。
額をこすりつけながら言う。
「頼む。出て行ってくれ」
雇用主に泣き土下座で頼まれてはノーが言えない。
俺はやむなく農園に背を向けた。
だが、すぐに足を止めて振り返る。
「最後に一つだけいいか?」
「……ぅ、なんだ?」
「ノーエン、言ったよな? 本気出せばどんだけデケエ音が出るんだろうって」
「ああ。散々な目に遭ったぜ」
悪かった、と重ね重ね詫びて、俺は言った。
「でもな、俺、まだ本気は出していないんだ」
「出てけよ。こっわ……。走れよ。大至急どっか行け。退職金たっぷり出してやっから二度と戻ってくんな!」
ノーエンはわんわん泣きながら俺に金貨入りの革袋を投げつけた。
こうして、俺は奉公先から追放されたのであった。
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