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第6話 株式市場の夜明け

 薄明の輝きトワイライト・スパークルの株式――『薄明トークン』の販売価格は銀貨5枚で、その販売数は25個。


 エリザベートの協力のもと、冒険者ギルドの受付での販売となったが、当初の売れ行きは穏やかなものだった。


 前例がないし、薄明トークン1個あたり1パーセントの配当が貰えるという仕組みに人々はピンと来なかったようだ。


 しかし――どんな世界にも先見の明があるやつはいる。じわじわと売れて、1週間ほどで薄明トークンは完売の運びとなった。


 ――そして、薄明トークンが完売してからちょうど1カ月後。


 俺とニサンは冒険者ギルドの会議室で、第1回の株主総会の準備を進めていた。


 ずらっと並んだ長机に報告書を配り終わると、俺たちは顔を見合わせてうなずきあった。


 ――資料に不備はない。これなら上手くいくはずだ。


 そう意気込む俺の前に『薄明の輝き』が姿を見せたのは、総会の開始20分前だった。


「にゃにゃっ! 聖女さまにウォーレンさま!」


 駆けよって来たのは相変わらず貧乏そうな装備の猫侍、ミィャだ。少し耳の先の毛が焦げているところをみると、ダンジョンから返ってきたばかりのようだ。


「久しぶりだな。元気にしてるか?」


「もちろんであります!」


 びっと敬礼すると、仲間たちを厳しく睨みつける。


「みんなも――そうでありますね!?」


 仲間たちはめんどくさそうに苦笑しつつも、「はいはい」と手を挙げてそれに応える。そんな個性豊かな彼らも生傷こそあれど元気なようだ。


 ダンジョンの話や世間話などをしていると、ぽつりぽつりと関係者が会議室に入って来た。


 そのほとんどが小口の株主だ。興味本位で『薄明トークン』を買った商人や、冒険者、それから珍しいところで町のパン屋の娘さんなどだ。


 彼らは指定された席に着きはするものの、そわそわと落ち着かない様子だ。


 ――まぁ無理もないか。株主総会なんて言われてもよく分からないだろうしな。


 資料を見ていたニサンが首をかしげたのは、そのときだった。


「……これは誰なのかしら」


 彼女が見ているのは株主名簿だ。ひとつかふたつしかトークンを持っていない株主が並ぶ中で、やけに目を引く人物がいる。


「――10個所持の筆頭株主、『町の便利屋さん☆彡』か」


「どういうテンションならこんな名前を付けようと思うのかしら。顔が気になりますわ」


 ぱっと見た感じ、まだ会議室には来ていないようだが……。


 そう思ったときだった。


「――やぁ! 久しぶりだね」


 元気よく冒険者ギルドに現れたのは、ボーイッシュな短めのボブカットの女。今日は私服ではなく、付術師らしい青色のローブを着こんでいる。


「フィロ!? どうしてあなたがここに……!?」


 思わず椅子から腰を浮かせるニサンの目の前で、フィロは自分の椅子に堂々と座る。筆頭株主らしく、最前列の中央席だ。


 壇上の俺たちを不敵に見上げつつ、にやっと笑うフィロ。


「私も株主だからに決まってるでしょ」


 そして懐から『薄明トークン』をじゃらりと出した。ふたつみっつではない。10個はある。


 俺は手元の資料を見ながら、まさかと口を開いた。


「この『町の便利屋さん☆彡』って、お前のことだったのか……!?」


 目を丸くする俺たちに、フィロはぱちっとウィンクを返す。


「いまどき付与術師だけだと厳しいからね。土地でも買って地主でもしようかなって思ってたんだけど、こっちのほうが儲かりそうだから」


 こいつ、こう見えて資産家だったのか。俺はすこしフィロを見る目を変える。


 薄明トークンの材料となったヒスイの小石は、フィロの店で購入したものだ。そのときにちょろっとだけ『薄明トークン』の話をしたが、まさか買っているとは……。


 俺は少しだけ含みを持たせるようにフィロに言う。


「お前の判断は正解だ。――期待していいぞ」


 どういうこと? と俺を見上げるフィロ。だがもう時間切れだ。時計の針が10時を指すと、俺は壇上で手を叩いた。


「――ではここに、第一回『薄明の輝き』の株主総会を始める」


 さっと集まる視線。俺は某ちょびひげの独裁者よろしく、たっぷり溜めを作ってから――ミィャに声をかけた。


「まずは事業報告からだ。薄明の輝きのリーダー! この1カ月の成果を報告してくれ!」


「にゃっ!?」


 と変な声を上げつつ、右手と右足を一緒にだす猫侍。ぎこちない動きで壇上まで上がると、どもりながらも口を開く。


「えっ、えっと……」


 口を半開きにしたままかちんと固まってしまうヘタレ猫の耳に、ニサンがそっと囁く。


「資料の3ページ目ですわ。上から順に読み上げてくださいまし」


「そ、そうでありました……!」


 気を取り直して再開するミィャ。


「――『薄明の輝き』はこの1カ月で、ダンジョンに3回挑み……いずれも大きな成果をあげたのであります。その成果をここに周知するであります」


 ミィャにならって株主たちが資料をめくる音が会議室を満たす。こほんとミィャの咳払い。――そして報告が始まった。


「まずは、モンスターから手に入れた素材から。『ジュエルスライム』の核が2個、評価額は銀貨2枚――」


 最初はふんふんと話を聞いていた株主たちだが、報告が後半になるにつれざわめき始める。


「ね、ねぇ。すごい金額になっていませんか……?」

 

 そうフィロに耳打ちしたのはパン屋の娘だ。ずっとにやにやしていたフィロはうんうんとうなずきながら答える。


「だね……。でも――もうそろそろ終わりかな」


 フィロの言う通り、報告は残すところあとわずかだ。


「――ガーネットのシルバーリングが1個、評価額は金貨1枚。ブルーメタルのナイフが1本、評価額は金貨2枚」


 すべてを読み終えたミィャが、ふぅとため息をつく。


「そこから税金や経費、次のダンジョン探索のための準備費などを引いた純利が――金貨62枚と、銀貨2枚であります」


 自信なさげに株主たちを見まわす。


「ど、どうでありますか……?」


 それに最初に応えたのはフィロの拍手だった。それが引き金になったかのように、さざ波のように拍手が伝播して――ついには万雷のようになる。


「――すげぇぞ! やるじゃねぇか『薄明の輝き』!」

「十分よ……! これからもお願いね……!!」


 その声援に最初は戸惑っていたミィャだが、ニサンが背中をぽんと叩くとすぐに誇らしげな顔になった。


 その光景に深い満足感を覚えながら、俺は手をぱんぱんと叩いて視線を集める。


「『薄明トークン』の総発行数は100個。よって、1個あたりの配当金は純利の1%という計算だ」


 1%とはいえ、それなりな金額になることを察したのかもしれない。パン屋の娘がごくっと喉を鳴らす。


 俺の声が、静まり返った会議室に厳かに響く。


「今回の純利は金貨62枚と、銀貨2枚だ。その1%だから――つまり、銀貨6枚、銅貨22枚がトークン1個あたりの配当だ」


 ざわっと揺れる株主たち。銀貨5枚で買ったトークンが、1カ月で銀貨6枚を稼いだのだ。そして恐ろしいことに、この配当は“毎月”ある。


「ら、来月も……配当を頂けるのですよね……?」


 おそるおそる尋ねてきたパン屋の娘に、ミィャは力強くうなずく。


「もちろんであります! 株主さまたちの期待に応えられるよう、全力で精進しますにゃ!」


 調子に乗って、猫背をぴんと伸ばす猫侍。


 ――いまのやり取りで、株主の誰もが気づいたはずだ。自分の手元にあるちっぽけな小石が、自分に大きな富をもたらす宝玉であることに。


 配当についての説明が終わると、総会は進んで質疑応答となった。最初に「はいっ」と挙手したのは、やはりフィロだ。


「えー、『町の便利屋さん☆彡』、質問を許可する」


 変な名前にくすくすと笑い声を漏らしていた株主たちは、フィロの質問を聞いてすぐに顔色を変えた。


「薄明トークンの総発行数は100個だよね。そのうち75個を『薄明の輝き』が持っているわけだけど――それを売る気はないのかな?」


 株主の全員が、穴が開くほどの鋭さでミィャを見据える。


「――ヒッ!?」


 悲鳴を上げておろおろとする猫侍。もう少し観察したい気持ちもあったが、さすがに可哀そうかと助け船を出す。


「あー……。実はな、あと25個は販売しようかと思っている」


 だよな? と視線を向けると、カクカクとうなずくヘタレ猫。それを見た株主たちは一気に活気づいて、たかるようにトークンを求めた。


「俺にも売ってくれ! 4つ……いや5つだ!」「まて、残り25個しかないんだ。抽選にすべきだろう!」


 株主たちの反応は当然だ。銀貨5枚で買えるなら、俺だって全部欲しい。


 しかし、それでは『薄明の輝き』にとってのメリットが少なすぎる。『薄明トークン』の本来の目的は、『薄明の輝き』がより活躍するための資金を集めること。


 そのためには――


「――静かに」


 ――それは水晶の鐘を鳴らしたかのような、涼やかながらよく通る声だった。株主たちが水を打ったように静まり返ると、ニサンはちらっと俺を見る。


 たった一言か……。流石、腐っても聖女さまだ。


 俺はニサンに感謝の会釈を返すと、いまいちど、全員を見回した。


「残り25個の『薄明トークン』については、市場を介しての販売にしようと考えている」


 手を挙げたのはパン屋の娘だ。


「……お店で販売ってことですか?」


 俺は彼女に軽く微笑み、簡単に説明する。


「俺が言ったのは競り市やオークションのことだ。『薄明トークン』が欲しい人に競い合ってもらって、価格を決めようと考えているんだ」


 自分の禿げ頭を「ぺしっ」と叩いたのは、トークンを2個所有する酒場の主人だ。


「そりゃそうだよな……。薄明トークンってのは、そこの猫の姉ちゃんが新しい刀を買うために売るんだろ。銀貨5枚じゃ足りない」


 俺は笑顔でうなずく。


「その通り」


 俺は演壇に手をつき、ぐっと前へ乗り出す


「オークション形式で25個のトークンを販売すれば、『薄明の輝き』は大きな金を手にできる。その資金で彼らは装備を整え、ふたたびダンジョンに向かう。――きっと、いままでよりもっと大きな成果を持ち帰れる」


 誰かが「配当が増えるってことか……」と呟くと、俺はそれにうなずきながら続けた。


 俺はその場の全員に問いかけた。


「――毎月、銀貨6枚の配当を期待できるトークンだ。いくらまでなら買う?」


 すぐに答えたのはフィロだった。


「金貨5枚出してもいいかな~? 1年で原資を回収できるし」


 株主たちがうなずくと、それを見ていた薄明の輝きのメンバーたちは驚いたように顔を見合わせた。


「……と、トークン25個が……き、金貨……125枚で売れるってこと……?」


 興奮したようにつぶやく女神官をいさめたのは、渋い魔法使いだった。


「私たちの活躍次第で、まだ上がる可能性がありますな。……すぐには売らないほうが得策かと」


 彼らの話を聞いていたフィロが、ぷうっと頬を膨らませて言う。


「じゃあ金貨6枚ならどう?」


 そのフィロの提案に応えるものがいた。薄明の輝きのメンバーではない。ずっと後ろの席で沈黙を守っていた気弱そうな男だ。


「あ、あの……本当に金貨6枚で買い取ってもらえるんですか……?」


「うん。何個でも買うよ?」


「じゃ、じゃあ、僕のトークンを……」


「え、いいの!? じゃあさっそく……!」


 財布を取り出すフィロを、俺は慌てて止める。


「こら待て! ……盗んだり奪ったりするやつがいるかもしれないから、トークンのやり取りは無効だ。説明があっただろ?」


 ぺろっと下を出すフィロ。


「いっけなーい、つい忘れてた」


 絶対に嘘だな。ため息をつきつつも、俺は一連の株主たちのやり取りを見て確信を深める。


 売りたいやつと買いたいやつがすでにいる。これなら上手くいくはず……。


 俺はころあいを見計らって、ひそかに計画していたことを明らかにする。


「さっき、俺は“トークンのやりとりは禁止”と言ったが、それに例外を設けるつもりだ」


 どういうことだと首をひねる株主たち。俺はこの例外が、自分だけでなく彼らにとっても有益であることを祈りながら続けた。


「取引所だ。俺とニサンが整備した取引所を介してなら、株主は自由にトークンを売り買いすることを許可する」


 そしてさらに――。


「取引所の開設と同時に、2組のパーティがトークンを発行予定だ」


 どのパーティなのだろうかと一気に賑やかになる会議室。俺はそろそろだなと時計を見る。


 誰かが会議室のドアをノックしたのは、ちょうどそのときだった。


「入ってくれ」


 エリザベートに引き連れられて室内に入ってきた者たちを見て、その場の全員が凍り付いた。


 たとえ冒険者でなくとも、そのふたりの名前を知らない者はこの町には居ない。


 ――まぁ……必要ないだろうけれど、一応は紹介しておくか。


「S級パーティ『虹に駆ける(レインボー・ダッシュ)』のリーダー、エリエゼルだ」


 ども、と気さくに会釈したのはハーフリング(小人族)の魔法使いの男。いや、この前、王から称号を与えられたからいまは賢者か。


 そして、もうひとり。


「同じくS級パーティ『仏/陀(ぶった斬り)』のリーダー、アハトアハト」


 会釈ひとつせず、ただめんどくさそうに腕を組む男。無礼ともとれる態度だったが、それを咎めれる人物がこの町に何人いるだろうか。


 ――株主たちは、この町の冒険者たちの頂点に君臨する2人の登場に、ただあっけにとられていた。


 そんな彼らに、俺は追い打ちをかけるように言う。


「この二人のパーティを筆頭に、段階的に32組のパーティがトークンを発行する予定だ。欲しいやつは買ってくれ」


 フィロの手からぽろりとトークンが落ちて、かつんと跳ねる。


 その激震は、株主たちだけではなく――この町の全てを呑み込もうとしていた。

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