第5話 冒険者×株式トークン
ここで立ち話もなんだ。もっと落ち着けるところで話したい。
そんな俺の意見が通り、俺たちは教会の聖堂へと入った。
がらんとした寂しい聖堂のベンチにエリザベートが腰かけると、それに向かい合うようにニサンが座る。その横に俺が着くと、『薄明の輝き』の面々も思い思いの場所に落ち着いた。
さて、どんな話が飛び出すか──身構える俺に向けて、ギルドマスターは真正面から問いを放つ。
「うちの給料泥棒、カタリナが君のことを“投資家”と呼んでいたが……それはどういう意味なんだ?」
──うおっ、いきなり核心!
あの食っちゃ寝エルフが、俺をどこまで“鑑定”しているかは不明だが、あのとき奴は俺を「ウォーレン」と呼んだ。──つまり本名や、異世界から来たという事実までは見抜かれていないはず。
俺は慎重に言葉を選びながら答える。
「俺の故郷には“ノブレス・オブリージュ”って考え方がある。偉い人、影響力のある人ほど社会のために義務を負う、ってやつだ」
エリザベートは「当然だな」と言わんばかりにうなずく。
「為政者や権力者は、暴君であってはならない」
「ああ。そして金持ちもな」
「……ほう? 私は根っからの冒険者でね、商売には疎いが──“金を多く集めた者こそ正義”ではないのか?」
それ、かつての俺だよ……。ただ数字を増やすことだけに執着し、目的と手段が入れ替わった哀れなモンスター。
――だが、今回ばかりは違った。俺とニサンは『薄明の輝き』に投資し、その実りを手に入れることができたのだ。これは本来あるべき投資の姿そのもの。
「もうひとつ、覚えてほしい言葉がある。――“三方よし”だ」
さすがにこの言葉に類するものはなかったようだ。エリザベートが首を傾げたことに気を良くして、俺は続けた。
「買い手よし、売り手よし、世間よし。誰も損しない、そんな取引が理想だって意味さ」
俺が見やると、『薄明の輝き』は同意するようにうなずいた。俺と彼らの関係はまさにWin-Winだ。誰も敗者を生み出さないビジネスこそが至高にして王道。
まぁそこに至るまで、俺はゼロサムゲームのFXやら先物(※)やらで何度も痛い目を見てきたわけだが……。
「――つまり、それを目指すのが『投資家』だと?」
「ま、理想論だけどな。それに、金を大きく集めたものが勝っていうのは実情を表す言葉としては正しいんだ。金持ちはその金でより多くの金を稼ぐ。だが、貧乏人は貧乏ゆえに金が貯まらない」
俺のシニカルな言葉に思うところがあったようだ。エリザベートはかすかに苦笑して目元のシワを深くすると、何かを思い出すように言う。
「私はもう50になる」
俺は驚いてエリザベートの顔を見た。確かに――言われてみれば、それくらいに見えないこともない。凛々しさと混じり合って、その老いは味わい深いものへと昇華されているが。
「多くの才有る冒険者たちが志半ばで倒れる理由の半分が準備不足だ。もう少し金があれば回復薬を1本多めに用意できて助かったはずなのに。そんなことがいくらでもあった」
「金がないからいい装備が買えない。いい装備がないからリスクを取るしかない……ってことか」
「そうだ。もちろん冒険者ギルドも手を尽くしているぞ。融資に共済に、それから遺族年金なんてものもある」
なるほど……。この世界のギルドってやつは、どちらかというと非営利のNPO法人のようなものなのか。
その志は素晴らしいが、利潤を追求しない体制にはおのずと限界がある。
真顔を崩さない俺を見て、エリザベートはくすっと笑った。
「さすが聡いな。察しの通り――いま私が言った冒険者ギルドの制度はすべて中途半端だ。資本が十分に用意できなくてね」
俺が頭のなかで考えをまとめていると、エリザベートは方眉を上げてみせる。
「愚痴っぽくなってしまったな。――金山でも見つけ出さないかぎり、無から価値を作り出すことはできない。無い袖は振れない。仕方のないことだ」
たしかに彼女の言う通りだ。この世界の価値とはつまるところ労働力。農家も冒険者も、労働力を金に変換している。おのずとそれには限度があり、どうしても有限だ。
だが――俺のいた世界には、無から金を生み出す方法があった。それを、この世界に持ち込めば……?
エリザベートは「さて」と声のトーンを明るくした。
「有意義な話をありがとう。ここからが本題だ。君が『薄明の輝き』に託したダンジョンの『合い鍵』だが、あと9本あるそうだな。ぜひ冒険者ギルドの買い取りということに――」
俺はぴしゃりと言った。
「ただでいい。くれてやるよ」
俺の発言に――その場の全員がざわついた。
「ちょっと……ウォーレン!?」
たまらず耳打ちしてきたのは聖女さまだ。
「この感じだと言い値で売れましてよ!? がっぽり頂戴なさいまし!!」
ほ、ほんとに聖女の言葉かよ……!? 俺は思わず顔を引きつらせた。いい機会だ、ここにいるみんなにも、間違った考えかたを直してもらおう。
「――そこの侍猫!」
「ハヒっ!?」
全身を竦ませ、ぱやぱやになるミィャ。
「な、なんでありますかっ!?」
「俺は成功報酬として、お前らが持ち帰った財宝や物資の評価額の25%を渡すつもりだ」
「へ」
ミィャの頭の上に、砂時計のアイコンが――って古いな。とにかく、思考停止になってしまったようだ。
待つことたっぷり10秒。
「――にゃあああああ!? そ、そんなにでありますか!?」
「むしろ少ないほうだろ。風〇嬢だってもう少しもらってるぞ。……ってそれはいい。んで、お前はその金で何を買う?」
ミィャは仲間たちをうなずき合うと、嬉しそうに言った。
「まずは祝賀会であります! 我らの栄光を胸に刻むのでありますよー!」
まぁそれくらいは良いだろう。
「うん、それから? 金はたっぷり残るぞ?」
「えっと……そろそろ貯金が貯まるのであります……! そのお金と合わせて、念願のマイホームの頭金に……!」
俺は息を吸い込んだ。
「――はいダメー!!」
もちろん両腕で大きなバッテンを作ることも忘れない。
「な、何でありますか!? マイホームこそ冒険者の夢! 家さえあれば老後も安泰でありますよ!?」
冒険者のくせして堅実すぎるだろ!
俺はツッコミたいのを堪えて、正解を言う。
「装備品をしっかり整える。んで、またダンジョンに行く。すると今回よりもっと楽に良い物が手に入るかもしれないだろ」
俺はみんなを見渡して言う。
「金に金を稼がせる。それが金儲けの基本で――それを“投資”っていうんだ」
しんと静まった聖堂に、かつんと音。足を組みなおしたエリザベートが面白そうに笑う。
「つまり――君が無料で鍵をギルドに譲るのも、投資だと?」
さすがギルドマスターさまだ。呑み込みが早くて恐れ入る。
「ああ。ここで合い鍵を普通に売ったらそれで終わりだからな。俺は恩を売りたいんだ。あんたとのコネクション――冒険者ギルドとのコネクションを作るために」
ぴりぴりとしたものが漂い始めるとニサンがごくりと喉を鳴らした。
「何を……考えていますの?」
「んなもん決まってる。寝ているだけで金が転がり込んでくるような、究極の金儲けだ」
“働かざる者食うべからず”。そんな封建主義的な価値観に染まった面々には刺激的すぎる言葉だったのだろう。
俺の大言壮語に呆れたのか、女神官が半笑いを漏らす。
「――第3章、34ページ、第3節。汗なき金は葡萄酒に混ぜた鉛。甘く、重く、やがて人の魂を沈める」
俺は肩をすくめて言い返す。
「神の野郎は大損ぶっこいたことがないからそんなこと言えるんじゃねぇかな。資産の10%……いや、5%でも含み損を抱えたら、冷や汗で寝れなくなるぞ?」
ふたたび静まり返ると、俺はポケットから小さな石を出した。それはフィロの店で買ったヒスイを丸く削った小さな石で、子供でも簡単に買えるくらいの価値しか持たない。
だが、これに――。
俺はそれをニサンに握らせる。
「『聖別』してくれ」
「わ、分かりましたわ……」
光が集まり刻印が刻まれると、俺はそれをみんなが見えるように掲げた。
「ミィャ。何て彫ってあるか見えるか?」
「えっと……『薄明の輝き』……!? ど、どうしてそれがしのパーティ名が……!?」
不安げなミィャに力強くうなずいてみせてから、俺はエリザベートをしっかりと見据える。
「これを冒険者ギルドの名のもとに売りたい」
「名前を彫っただけの石を……か?」
俺はポケットから同じような石をまとめて取り出して、じゃらりと鳴らした。
「――さっきあんたは言ったな。『無から価値を作り出すことはできない』と」
「ああ……。それが?」
俺は首をゆっくりと振る。
ところがあるんだ。いまは無でも……その先には。
「未来からならどうだ。『薄明の輝き』の未来を、“今”売るんだ」
漠然と――けれども、そこに希望を感じたように、ミィャがつぶやく。
「それがしたちの未来……でありますか」
もう十分に興味を惹くことはできた。これ以上、もったいぶっても仕方ないだろう。俺はタネばらしを始める。
「――この『薄明トークン』の所有者は、1個ごとに1パーセントの配当金を受け取れる」
「配当金? ……もしかして我々が支払うのでありますか?」
「そうだ。お前らはダンジョンから帰るたびに、持ち帰った物品をギルドで買いとってもらって現金化するだろ。その金をトークンの持ち主に分配するんだ」
しきりにうなずきながらニサンがつぶやいた。
「その配当金を受け取れる権利を形にして、販売するためのものが薄明トークンってことですわね……!?」
俺は我が意を得たりとうなずいた。
――そう、薄明トークンは『薄明の輝き』というパーティを株式会社として市場に上場させるための株券なのだ……!
固唾を呑んで俺たちの話を聞いていたエリザベートが、待ったをかけるように口をはさんだ。
ミィャたちを見ながら、ためらいがちにぽつりと言う。
「だが……もし『薄明の輝き』に何かあったら?」
彼女の疑問はもっともだ。もし薄明の輝きが全滅したり、ありえないと信じたいが――どこかに姿をくらました場合、トークンを買った投資家たちは丸損をすることになる。
「投資にはリスクがつねに伴う。取引は自己責任ってやつだな」
だが、そういうことが起きにくいようにするシステムづくりも大切だ。たとえば――冒険者ギルドのような。
「だから“信用”を担保する機関が必要なんだよ。まだどうするかは決まってないが――だからこそ、あんたの知識と経験が必要だ」
俺はエリザベートに手を差し出した。
「それにな、世の中ってのは、“何を言うか”よりも“誰が言うか”が大事なときもあるんだ。……あんたが協力してくれれば、多くの冒険者たちに可能性を与えられる」
はっとしたようにエリザベートは俺の瞳を見る。
「まさか――このトークンを他の冒険者パーティにも発行させるつもりか……!?」
「ああ……。実力や実績がある冒険者は、トークンを発効することで資金を簡単に集められるようになる」
俺は手を強引に取る。少しカサカサとしていて、途方もなく熱い手は、ぶるぶると戦慄していた。
「こ、これは賢者たちですらたどり着けなかった錬金術そのものじゃないか……! お前は……いったいどうやってこれを思いついた……!?」
俺はそれには答えずに、とどめの言葉を紡ぎ出す。
「――俺と理想を追いかけてみないか? 上手くいけば、回復薬が買えずに死ぬ若者はいなくなる」
その言葉が決定打となった。エリザベートは遠い目をしながらも俺の手をぐっと握りしめる。
「ふ……理想か……。――いいだろう。私も心だけは、いま一度、冒険者に戻ろう!」
◇◆用語説明◆◇
(※1)ゼロサムゲーム
誰かの得は誰かの損。利益と損失の総量が常にゼロになる勝負構造のこと。FXやギャンブルに多い。
FX/先物
FXは通貨の売買、先物は未来の商品価格を取引する金融商品。大きな利益も損も出やすく、初心者が手を出すと危険。